雪嵐のオルミル
一階に降りる前に廊下をまっすぐ進み、アクライズの部屋と対岸にある角部屋へと足を向ける。この辺りまでくるとやはり肌寒い。
ノックを三回。二回やると決闘の申し込みになると知った時は肝が冷えた。日本のノック二回はトイレだからやめろ論争が可愛く思える。
「オルミル。起きてるか」
「…………あーい、起きてまぁす……」
乾燥でガスガスになった死にかけの声が返ってくる。ついで、バキバキバキ! と凝り固まった関節が悲鳴を上げる音も。どうせ深夜までネトゲに勤しみ、そのままゲーミングチェアで寝落ちしたのだろう。
何度注意しても彼のネット依存は治る気配が無いが、彼のこれまで受けた仕打ちとその強大過ぎる魔力を鑑みるとあまり強くも言えないのが現状だ。
「もうちょっとしたら飯出来る。今日は行った方がいいんじゃないか」
「えええ……。別に今日の授業全部パスしても大丈夫なんで行きたくないんですが……」
扉越しでも嫌そうな声が聴こえて、ドアの隙間から漏れ出る冷気がぶわりと増す。睫毛の先まで凍りそうな冷気にまた感情コントロールが出来ていない、とため息を吐いた。
オルミル・カ・チェ。俺が寮監を務めるペルディティン寮所属の二年生であり、現代日本でいうところの引きこもり系ダウナー男子。
どうやら魔法の天才らしく、出席点がギリギリだろうが実技とテストで素晴らしい結果を出してしまうため、こうして引きこもりスローライフを送っていても文句を言われない甘やかされボーイだ。
雪蛇という種族であるオルミルは、種族の中でも類を見ない程の魔力量を持って生まれた天才である。あと一歩生まれるのが早かったら、オムニテラの歴史は大きく変わっていたかもしれないと噂される程に。
彼らの放つ魔力は冷気を帯びており、雪蛇が居る場所はすぐに分かる。強大な魔力を持つオルミルは些細な感情の変化でも魔力を放出してしまう為、傍に居る時は防寒着が手放せない罪な男である。
「昨日も行かなかっただろ。陽を浴びてセロトニンを生成しないと健全な生活を送れないぞ」
「陽に当たりすぎたら溶けちゃうすわ」
「お前は強いから溶けないだろ」
「出たーー親特有の精神論。種族的に高気温は天敵だっていうとりますがな」
「親じゃない」
健全な精神を育むには美味い飯と安心できる住居、そして陽の光が必須、というのが自論である。引きこもることが全て悪とは言わないが、動ける身体と精神があるならば多少は外の空気に触れるべきだ。
雪蛇は暑さには弱いが、決して陽の光に溶かされるような生態は持っていない。ならばやはり、少しでも外に出て学友と交流を広げ、健康的に動いて腹を空かせて帰って来た方がいいに決まっている。
「今日は夕方から飴らしい。いいものを拾ってきてくれればそれで大学芋でも作ってやろう」
「…………アイスもつきます?」
「はちみつもかけていいぞ」
オルミルはそのでかい体躯も相まって大喰らいだ。特に俺の作る日本特有のおやつには幼い子供のように目を輝かせて喜んでくれる。やはり食だ。食は人生を豊かにしてくれる。
「……じゃ、ま、行くとしますか……。支度したら向かいますわー」
「ああ。俺は先にキッチンに戻る」
吐く息が白く無くなったことを確認してから階段の方へと戻っていく。
ガラクのバットトリップもなく、アクライズの癇癪も無く、オルミルを部屋から出す約束も取り付けられた。
今日は全てが順調に進むな、と嬉しく思いながら、朝飯の仕上げをするために急いでキッチンへ向かった。




