餓欲のアクライズ
……よし、次。
「……アクライズー」
これだけの人数が部屋にやってきてもなおベッドから出てこようとしない男を引き摺り出すのが次の任務である。これがかなり面倒くさい。
天蓋付きという学生寮にあるまじき豪奢なベッドの端に腰掛けて、こんもりと膨らんだシーツをノックする。
ベッドの周囲には甘くて重い、重厚な花のような香りが立ち込めている。彼とマリナの香水と二人分の汗、それから淫魔特有のフェロモンを含んだ体臭だ。
「ライズ。朝だ、マリナももう出て行った。起きなさい」
「うぅん……あと十時間……」
「それじゃあ今日が終わる。起きなさい。一時限目は天文学だろう。次遅刻したら廃惑星の探索に行かせるとゲヘナ女史が息巻いていたぞ」
未だぐずる遅刻常習犯である問題児の目を覚ますため、手触りのよいシーツを思いっきり捲り上げる。バサリ、と盛大な音を立てて少し湿ったシーツが宙を翻った。
突然肌寒い空気にさらされた男は情けない悲鳴をあげて頭を抱える。ガーネットのようなふわふわの赤髪が振り乱された。
「寒ゥい! もーうるさいコージチャン、お母さんかよ!」
「出来れば父親の方がいいが、贅沢は言ってられん。母親でもなんでもなってやろう。寮から留年者が出たら寮監の名折れだ」
「自認母親かよー。なら近親相姦セックスでもせん? オレあんたなら全然抱けるなーマイマム♡」
「馬鹿なことを言うな」
シーツに寝そべった全裸の男が、濡れた色気を振りまいて見事な赤い髪をかきあげる。
蛇のようにつり上がった瞳とにんまりと歪んだ口元。淫魔特有の縦長の瞳孔は、人間しか居ない世界で育った俺には物珍しく見える。
アクライズ・スコピット。俺が寮監を務めるペルディティン寮所属の三年生であり、万年発情期の燃費が悪い色男。
燃費は悪いが要領はよく、その軽やかなコミュニケーション能力から彼の周りに人は絶えない。
万年発情期、というのは淫魔という種族ゆえではあるが、それにしたってこの男は燃費が悪い。寮住まいの学生なのだから大した魔力を使用する場面も少ないというのに、三日に一度は誰かから精気を分け与えてもらわないと死にかける貧弱ぶりだ。
赤く豊かな長髪と小麦色の肌、愛嬌のあるそばかすが散った頬。太陽の下で快活に笑う姿と褥の中で艶やかに笑む姿のギャップは、この男の恐ろしいほどの魅力だ。
そしてこの男もまた、この寮に所属している問題児である。
「ン、マリナは?」
「さっきも言っただろう、もうスヴィニグが送っていった」
「あっそ。スヴィンはいっつもいいとこ持ってくナ」
「お前が捨ててるだけだろ、いいとこ」
くあ、と大きな猫のようにあくびをするアクライズをよそに、備え付けられた衣装ダンスを適当に漁って下着と靴下を投げつける。何を着たって決まってしまう色男なのだから、拘って選ぶ必要も無いだろう。
「さっさと顔洗って下に来い。二度寝するなよ」
「えー、冷たァい。着替えさせてくンねーの?」
「あいにくママじゃないんでな」
「ママ扱いじゃ嫌だった? 拗ねんなよベイビー、いつでも相手してやるって」
「ママじゃないし拗ねてないし生徒と淫行もしない」
にやにやしながらふざけた事を抜かすアクライズにクッションを投げつけてから部屋を出る。今日は意外とすんなり色んなことが片付いたのでありがたい。
このまま上手くいけば飴が降る前に洗濯物も片付けられるだろう。とてもいい日である。




