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そうか。とりあえず飯を食え。  作者: 狗空堂
第一幕 ようこそペルディティン寮へ
3/7

特異魔法



 軽くノックをしたが当たり前のように返事は無いので、寮監特権で合鍵を使って勝手に開ける。開け放った途端に眉を顰めるような芳香と、諸々の行為の後の生々しい香りが襲ってきた。


 毎日ふかすガラクのせいで煙草と酒の匂いが染みついた談話室とどっちがマシか、と問われると小一時間悩む難しい問題である。どちらにもそれぞれ平等に嫌な点がある。


「アクライズ。おはようの時間だ」

「あらコージ、久しぶり。今日も簡単な顔立ちね」

「おはようマリナ。お前たちの顔の濃さにはいつも驚かされるよ」


 管理人室や寮監室と違って、一般生徒の部屋はシンプルだ。入ってすぐにトイレと洗面所、それからシャワールームがあって、突き進めば少し広いリビング、折り返す形で振り返ればベッドルーム。


 招待客であるはずの女性マリナは、部屋の持ち主であるアクライズを放っておいて、勝手に朝のコーヒーを入れてリビングでくつろいでいた。もはや寝起きのイチャイチャを楽しむ関係でもないようだ。


 ゆるくウェーブのかかった豊かな黒髪に手櫛を通しながら俺達に微笑みかけてくるマリナは、目がシパシパする程力強く美しい。

 ざっくりと開いた胸元と短いタイトスカートから伸びる足に、寒そうだなとしか思えないから多分俺はつまらない男だ。


「こんにちは、マリナさん。今日も綺麗だな。夜空に浸して星を振りかけたみたいな髪だ」

「あらありがとうスヴィンちゃん。聞いた? コージ、これくらいは言わないと」

「純日本人にはキツいんだよ、そういうの」

「だからモテないのよ」


 マリナは形の良い眉を顰めて刺々しい言葉を吐く。息を吐くように女性を褒めることが出来るオムニテラの人たちは素直に尊敬している。この世界のベースがファンタジーだからか、彼らの精神性は割と欧米寄りだ。


「今日のはなあに?」

「ベーグルだ。スモークサーモンとクリームチーズが挟まってるのと、フルーツが挟まってるのがある。多かったか?」

「いいの、残ったらお昼にも食べるから。コージのお料理は全部美味しくてお気に入りよ。ありがとうね」


 スヴィニグから髪袋を受け取ったマリナは、軽い調子で俺にハグしてついでに頬にキスも落としてくる。

「いいか、年頃の娘さんが、」

「お黙りミスターマム、女からの愛は珍しいんだから受け取れる時にありがたく受け取っておくのがマナーよ」


 ツン、と勝気にはね上げられたアイラインで彩られる目に睨まれて、おじさんである俺は口をつぐむ。

 日本人はマナーという単語に弱い。郷に入っては郷に従え、分かってはいるがやはり親心が優ってあれこれ口うるさく口を出してしまうのは多分悪い癖だ。



「ライジー、ラズ、アクライズ! 私もう行くから、じゃあね!」

 ベッドの方へ向かってありとあらゆる愛称を投げかけたが、布団の山から返事は聞こえない。マリナはハリウッド女優も顔負けの自然な仕草で肩をすくめた。


「じゃ、エスコートお願い、色男」

「光栄だな」

 差し出された華奢な手を恭しく掬い上げて、スヴィニグが指をパチリと鳴らす。二人の足元にスヴィニグ特有の魔法陣が浮かび上がり光り始めた。


「朝食は適当に食べて帰るよ。ホームルームには間に合うようにする」

「お前に限ってないだろうが、送り狼などにならないように」

「あらやだ! こんな色男にならなられてもいいんだけど」

「マリナ」

「はいはい。ちゃんとお坊ちゃんは家に返すわよ」


 腕に絡みつくマリナの腰を優美に抱き寄せて、男は神秘の開始コードを入力する。ぶわり、と辺りに濃い魔力が立ち込めた。

 腐っても名門であるアルカディアアカデミーで、問題児として名を馳せる生徒の一人。流石の魔力量と構築の仕方だ、きっと俺じゃあ勝てっこない。


「『さあ、お楽しみの時間だ。——【どこでだって(ウィッシュフル)食べられる(フィースト)】』」

 軽やかな呪文の詠唱が終わった瞬間に、部屋が一瞬だけ白い光に満たされた。閃光弾のようなその鮮烈な光はすぐに収まる。



 この世界に生きる者は、種族問わず皆特異魔法(とくいまほう)というものが発現する。いわゆる必殺技だ。

 人によってそれらは多種多様で、全員が行使できる魔術にちょっと毛が生えたようなものから、スヴィニグのような希少価値の高い高度なものまである。


 スヴィニグの特異魔法は『瞬間転移』だ。彼は一度行ったことがある場所であれば、空間を繋げてそこまで一瞬で移動できる。彼と手を繋いでいる相手も一緒に連れて行ってくれるのだから、交通機関代を節約できるなんとも便利な魔法である。


 ちなみに俺の特異魔法は『活性化』だ。触れたものの細胞を活性化するもので、多少の怪我であれば癒せるし、誰かの魔法や魔術にバフをかけたりも出来るし、しなびた野菜を生き返らせることも出来る。

 俺自身に強力な力はないが、戦場のコックとしては中々に重宝される能力である。



 パチリ、と瞬きをした次の瞬間にはそこに二人は居らず、ただ魔力の圧によって舞上げられた埃が、窓から差し込む朝日に照らされてスパンコールのように光っているだけだった。


 相変わらず鮮やかな魔法だ。こんなの術者の匙加減でどんな悪用だって出来てしまう、劇物のような奇跡である。


 ゲーム本編だとこの能力をあんなことやこんなことに使用してしまっていたが、懇切丁寧に指導してきた今ならばそんな使い方もしないだろう。




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