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小話:管理者の焦燥・不成立の断罪『無機質の盾』

上司命令は絶対

「そこに跪け。服を脱げ、アーヴィング」


アレスの声は、嫉妬と独占欲で低く、濁っていた。

ルーカスに四六時中つきまとい、その「摩耗損耗率」だの「運用効率」を淡々と管理するこの若造が、自分の聖域に土足で踏み込んでいることが、帝国の傲慢の権化アレスには我慢ならなかったのだ。


「閣下!」


「お前は黙ってろ」


秘書官ガウェインの静止を一声で切り捨てる。


アレスは期待していた。

この若きエリートが、自分の命令に羞恥で顔を赤らめ、あるいは恐怖で震え、ルーカスの前で「道具」としての身分を分からされる瞬間を。


「はい。了解しました、閣下」


だが、返ってきたのは、あまりにも平坦な承諾だった。


「……は?」


アレスが息を呑む。

そこにあるのは、ただの「上官命令」という無機質な解釈だった。

アーヴィングの瞳には、羞恥の欠片もない。ただのタスクをうけただけという虚無。


「……チッ……不愉快だ。もうよい」


アレスは苦々しく吐き捨て、視線を逸らした。

どれほど蹂躙しようとしても、相手に「情動」がなければ、それはただの物理現象に過ぎない。

ルーカスの前でアーウィングを辱めようとしたアレスの「嫉妬」は、この最先端の無機質な若者の前で、音もなく霧散した



「なんなんだあいつは……! 私の命令にあんなに平然としていられる奴があるか!」


執務室に、アレスの苛立った声が響く。

隣で書類を整理していたガウェインは、溜息を吐くのを辛うじて堪え、眼鏡のブリッジを押し上げながら淡々と告げた。


「閣下……。そもそも、何があってもルーカス様に揺らがず、私情を挟まず、どんな閣下の命令も『ただのプログラム』として遂行する護衛を、とご命令されたのは閣下ですよ。……アーウィングは、その要求に対する帝国の『最適解』です」


「……ぐ、っ」


アレスは二の句が継げない。

確かに、情動に目が眩んでルーカスに群がる羽虫を排除するために、自分と同じレベルの「冷徹な執行者」を求めたのは自分だ。


だが、その結果として、自分の『嫉妬』という最上級の情念までもが、ただの「データ入力」として処理されてしまう。これほどの屈辱があるだろうか。


「あはっ! 父上、アーウィングは本当に優秀だね! 兄様が泣いても、父上が怒っても、心拍数一つ変えずに『仕事』を続けてる。……ねえ、これこそが帝国の目指した『全能の管理』でしょ?」


ランスロットが横でケラケラと笑う。

一方、当のアーヴィングは、アレスの怒号さえも「閣下のバイタル異常:血圧上昇、発話音量の増大。情動不安定傾向」として冷静に記録し、次の公務の準備を進めていた。


「……閣下。私の忠誠評価フィードバックが終わったのであれば、エルミタージュ卿の次の公務準備に入りますが。よろしいですか?」


「……ええい、勝手にしろ! 出て行け!」


「了解しました。……失礼します」


無機質な一礼。

アーウィングが去った後の室内には、やり場のない嫉妬を抱えた魔王と、そのあまりの滑稽さに笑い転げるランスロット。


「だから言ったのに……」


そして、頭を抱えるガウェインの、なんとも言えない『家族の時間』が流れていた。





「アーウィング。……ルーカス様の最近の状態コンディションはどうだ」


ガウェインは自宅で、筋トレをしているアーウィングに期待を込めて尋ねる。


「……父上。ランスロット様による魔力干渉の影響で、閣下の情動解消効率が 12% 向上しました。……物理的な『帝国の備品』としては、極めて良好な反応( SUCCESS )を維持しています。ただ、いまだに摩耗損耗率が激しいため今後も微調整が必要でしょう。ランスロット様とメンテナンス相談をまたすぐ試行します」


「…………そうか。……お前自身には、何か……その、湧き上がるような『反応』はないのか」


「? ……ありません。……心拍数、体温ともに平時デフォルトの範囲内です。……父上、私のバイタルに異常バグを検知しましたか?」


ガウェインが、深く、深く、肺の底に溜まった澱みをすべて吐き出すかのように溜息をつき、天を仰いだ。


視界の端では、帝国の最新鋭の重機を思わせる、美しくも無機質な息子の筋肉が、規則正しく収縮と弛緩を繰り返している。その瞳には、自分の絶望を「バイタル異常」としてすら認識しない、圧倒的な虚無が宿っていた。


「……次の見合いは、流行のプロテインの味ではなく最新のスイーツでも話すんだ。分かったか、アーウィング。これは『命令』だ」


絞り出すような父の言葉に、アーウィングはダンベルを置くことすらなく、眉ひとつ動かさずに応じた。


「また見合いですか。前回のサンプリング結果から推測するに、私の適合率は著しく低いと判定されていますが」


「……っ、後継者の自覚はあるのか、お前は!? ヴァランタンの血を繋ぐという『演算』が、お前のその効率化された脳のどこにも入っていないのか!」


ガウェインの声が、激昂と悲哀の混ざった不協和音となって響く。だが、アーウィングは心拍数一つ変えることなく、ただ「最適解」を口にした。


「弟に譲っていただいて構わないと、何度もログを送信していますが。血統の維持バックアップであれば、私より情動の安定しない弟の方が、繁殖のトリガーを引きやすいはずです」


「……っ、アーウィング……!」


名前を呼ぶ。それは、もはや対話ではなく、崩れゆく理性を繋ぎ止めるための、ガウェインの最後のアドレスだった。

対する息子は、父のその「叫び」を『音声入力:高デシベル、感情過多』として淡々と処理し、わずかな沈黙の後に、「兵士の一礼」を返した。


「……承知いたしました。スイーツの糖度と流行の推移を、暗記ロードしておきます」

ランスロット:「君、お見合い失敗何回?」

アーウィング:「覚えてない」

ランスロット:「あは、頑張ってね。早く君と育児談義してみたいな。うちの子結構大きくなったよ」

アーウィング:「お前は最低数抑えたからな....義務など投げ出してしまいたい」

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