辺境騎士団 アラフの後悔の物語
「お前のような女が私の婚約者なんて、恥以外の何物でもない」
夜会の中央で一人の金髪に青い瞳の美しい青年が、一人の女性に対して暴言を吐いている。
その女性は茶の髪に青い瞳の平凡な顔立ちで、床に手をついて、泣いていた。
周りの人達が、噂し合う。
「何があったのかしら?」
「何でも、ベルク・アシェド公爵令息が怒っているみたいよ。何でも、婚約者のメルリーナ・カレント伯爵令嬢がダンスを上手く踊れなかったとか」
「ああ、それは気の毒だわ。25歳で、夜会の華と言われているアシェド公爵令息と、17歳の令嬢とではね」
「今まで結婚出来なかったのは、どこぞの未亡人に入れ込んでいたからとか?」
「そうそう、派閥のカレント伯爵家の令嬢を命令で婚約者にしたとか」
「あの方、性格も粗暴ですものね。すぐに暴言を」
「困った方ですわ。いくら顔が美しくても」
床で泣く令嬢に手を差し伸べた男性がいた。
金の髪に青い瞳。肩までさらさらの金髪を流して。
その男性は、令嬢に向かって、
「大丈夫ですか?お嬢さん。よければ、私と一曲如何です?」
メルリーナ・カレント伯爵令嬢は顔を上げた。
手を差し伸べた男性アラフは思った。
メリーナに似ているな…何だろう。髪色も違うし、メリーナは娼婦、この令嬢は伯爵令嬢なのに。
なんか、雰囲気と言うか、似ているんだよな。
公爵令息ベルクが怒り出した。
「私の婚約者にダンスを申し込むとは無礼であろう。このベルク・アシェド。アシェド公爵家を怒らせたら、お前の家なんぞぶっつぶしてくれるわ。どこの家の者だ?」
アラフは平然と、
「この王国の者ではないな。伝手で招待状を手に入れた。お前の婚約者?泣かせたら可哀そうだろう?」
「たかが伯爵家の令嬢。私は公爵家の息子だ。私の方が上だろう。それに女は男に従っているがいい」
「だったら何をしても良いと?」
「当たり前だ。結婚したら、私が浮気をしようが、朝帰りしようが、黙って出迎えるのが妻たる女性の務め。父上だって同じことを母上にやっている。私を敬い、恥をかかせないようにするのも私の婚約者たるこの女の務めだ。こんな未熟なダンス。私に恥をかかせよって」
「お前はダンスは完璧に出来るというのか?」
「私のダンスは王妃様も褒めてくれる程の腕前だ。はぁ?そういうお前は人の婚約者にダンスを申し込むなんて。どういうつもりだ?ダンスを踊れるのか?私よりど下手だったら、どうしてくれよう。ちょっと位、顔がいいからって威張るなよ。私の方が美しい。そうであろう?」
周りの貴族達に同意を求める。
皆、同意するしかないようだ。なんせ公爵家の令息。後々、怒らせるのはまずい。
「お美しいですわ。ベルク様」
「本当に。メルリーナ様が羨ましい」
アラフは、平然とメルリーナに手を差し伸べて、
「ダンスを一曲、踊りましょう」
「わ、私っ‥‥‥」
ベルクはアラフに向かって、
「それでは私は妹のマリディアと踊ることにする。お前らのつたない踊りと比べて、公爵家の踊りをとくと見るがいい」
マリディアは兄と似て、とても美しい金の髪に青い瞳の令嬢だ。
マリディアは口端を引き上げて、
「まぁメルリーナ。恥をかくといいわ。わたくしと兄とで素晴らしいダンスを披露しましょう」
そう言って、ベルクとマリディアは踊り出した。
完璧なステップ。華麗なダンス。皆、思わず見とれる。
「さすが、アシェド公爵家の‥‥‥」
「素晴らしいダンスだ」
「美しいですわ」
アラフはメルリーナに、
「俺達は俺達で、踊れるダンスを踊ろう」
アラフは元、某王国の伯爵家の令息である。
ダンスの心得は一通りあった。
メリーナに似ているメルリーナ。名前も似ているな。
泣かせたままにしておけない。
メルリーナの手を取って、フロワーの中央に躍り出る。
メルリーナを上手くリードして、
「そうそう、右へ回って、左へ。上手いぞ。ダンスは完璧でなくてもいいんだ。楽しければね」
メルリーナは頷いて、
ああ、メリーナの笑顔を思い出すな。娼婦だったメリーナ。
勇者が持ち込んだ毒で娼婦達が皆、亡くなった。
アラフが気に入っていた娼婦メリーナもその毒に感染してなくなったのだ。
「沢山の男の人に抱かれたけど、アラフ様に会えた時が一番幸せだった……私の事、忘れないで。ううん。忘れてくれていいの……忘れて……」
メリーナの最後の言葉が思い出される。
忘れる事なんかできない。一生、覚えているよ。
メルリーナとダンスをする。
グリーンのドレスのメルリーナ。
彼女はダンスが下手という訳ではない。
ただ、あまりにもベルクが高圧的で緊張して上手く踊れないのだと、アラフはそう思った。
アラフはメルリーナに、
「ダンス、上手じゃないか。緊張しないで、そう、楽しく‥‥‥」
「有難うございます。わたくし、初めてダンスが楽しいと感じましたわ」
アラフとメルリーナが踊り終えると、皆が拍手してくれた。
ベルクが悔しそうに、
「何で私と踊る時は失敗する。恥をかかせるんだ。メルリーナ」
「申し訳ございません」
アラフはベルクに、
「男は紳士でなくてはならない。そうだろう?そんなに怒ってばかりではメルリーナが可哀そうだ」
「煩い。私の婚約者だ。どう扱おうと構わないだろう」
ベルクの妹マリディアも、
「そうよ。貴方、コネでここに出席しているって言ったわよね。生意気だわ。この国の人間でなければ潰している所よ」
アラフはマリディアに、
「これは失礼しました。アシェド公爵令嬢。では、失礼致します」
軽く膝を曲げ、彼女の手の甲にキスを落とすと、アラフはその場を後にした。
美男の屑ってどこにもいるんだよな。獲物に困らないよな‥‥‥
メルリーナを助けたい。
でも、ここでベルクをさらったとして、メルリーナが困ったことにならないだろうか?
家と家の婚約。カレント伯爵家が困窮していて、アシェド公爵家と婚約を結んでいたとしたら?
メルリーナとの婚約が解消されたとしても、カレント伯爵家が困るのではないか?
もっと調べてから屑の美男をさらえばいい。
そう、アラフは辺境騎士団の四天王。
情熱の南風のアラフとして有名だ。
辺境騎士団は魔物討伐を主とする160名からなる騎士団である。
どこの王国にも属していない。
しかし、最近では屑の美男をさらうことで有名になってしまった。
騎士団長バルトスは頭が痛いと言っていて、
「本業は魔物討伐だ。屑の美男なんてお前らの欲でしかないだろう?いい加減に人数を増やすな」
現在30人程いる屑の美男達。5年の間に実は20人程がこの辺境騎士団を密かに去っている。
騎士団員達の性の餌食と、正義の教育、孤児院への慰問などを2年間受けた後、改心したものは、教会に預けるのだ。
バルトスいわく、30人もいれば十分だろう。いい加減にしろという事なのだが、
アラフは仲間達が待っている辺境騎士団の詰所へ、魔族に転移魔法で転移してもらって戻った。
魔族を雇っているのだ。転移魔法がなければ、あちらこちらの王国に出没出来ない。
他の四天王の仲間、北の夜の帝王ゴルディル、東の魔手マルク、三日三晩の西のエダル。
の三人が食堂で酒を飲んでいた。
アラフが戻ると、エダルが、
「獲物はどうだった?」
「もう少し、調べてからだな。いかに屑の美男といえども、さらって相手の令嬢が困ることになったらまずい」
ゴルディルが豪快にエールを煽りながら、
「そりゃそうだ。俺達は正義の騎士団だからな」
マルクが触手でつまみを器用に掴みながら、
「まぁ、アラフ。上手くやれよ。情報部は忙しいからな。オルディウスに頼む訳にはいかないし」
今、情報部は騎士団長の怒りに触れて、魔物討伐の情報集めに忙しいのだ。
だから、屑の美男情報は自分達で集めなければならない。
アラフは思った。
あのメルリーナを助けたい。
でも、慎重に動かないと。
どうしたらいい?
メリーナに似ているメルリーナ。
メリーナが泣くところを見たくはない。
メルリーナが泣いていると、メリーナが泣いているみたいで、胸が締め付けられる。
アラフは慎重に調べる事に決めた。
三日後、夜会に行ってみると、壁際に一人、メルリーナ・カレント伯爵令嬢が立っていた。
アラフが声をかける。
「今日は婚約者のアシェド公爵令息はいないのか?」
アラフを見ると、メルリーナは柔らかに微笑んで、
「この間は有難うございました。お名前を伺っていましたかしら?」
「アラフと申します。家名は今はないですね」
「そうなのですか。わたくしは、メルリーナ・カレントです。カレント伯爵家の長女ですわ」
「カレント伯爵家。知っているよ。君はあのアシェド公爵家に嫁ぎたいのか?」
「わたくしは嫁がないとなりません。父の命令ですので」
「カレント伯爵家が困るのか?」
「いいえ。でも、派閥のトップの名門公爵家と縁が結べるということは、カレント伯爵家にとって良い事だと」
「君自身はどう思っているんだ?アシェド公爵家に嫁ぎたいのか?」
「わたくしは‥‥‥家の為に嫁ぎたいですわ。だって、弟だってわたくしがアシェド公爵夫人になれば、将来、困らないでしょう。カレント伯爵家の為になるでしょう。わたくし、弟が可愛いの。わたくし、年は17歳。弟はまだ10歳なのよ。弟の為になるならば、わたくし喜んでアシェド公爵家に嫁ぐわ。時々、公爵家に行くのだけれども、公爵夫人もマリディア様も厳しくて。辛くて仕方ないの。ベルク様にはいつも叱られていて。公爵家に行く前はお腹が痛くて痛くて。でも、わたくしが行かないと。わたくしがしっかりしないと。わたくしがもっともっと勉強しないと」
アラフは悩んだ。
ベルクは屑だ。屑の美男だ。
だが、メルリーナは覚悟を決めている。
弟の為に、アシェド公爵家に嫁ぐと。将来、カレント伯爵家の為になるからと。
だから、小声でメルリーナに向かって、
「ベルクと結婚するのが嫌になったら、そうだな。ギルドの受付に行って、ヴォルフレッド辺境騎士団のアラフに連絡が取りたいと言ってくれ。俺がどうにかしてやるよ」
「ヴォルフレッド辺境騎士団?」
「変…辺境騎士団だな」
「ああ、あの伝説?だか怪異とか、実在していましたの?」
「ここに実在しているよ。いつでも君の幸せを願っている」
「え?何故、わたくしの幸せを?」
「俺の好きだった人に似ているんでね。それじゃ、メルリーナ嬢。また、いつか」
今はさらえない。そう思った。
彼女がここまで覚悟を決めているのだ。
カレント伯爵家の令嬢として。弟の為に。家の為に。
だから、さらえない。
そして、この時の事をアラフは一生、後悔する羽目になった。
メルリーナ・カレント伯爵令嬢が事故で亡くなったのだ。
その事を偶然、ギルドの受付嬢から知った。
「アラフ様。手紙を預かっておりますわ」
「俺に手紙?誰からだろう」
魔物討伐が終わって、魔物を納品するときに、ギルドの受付嬢から声をかけられて、手紙を渡された。
封を切ってみると、綺麗な字で、
- アラフ様。わたくしの事を覚えているでしょうか?一年前、夜会でダンスを踊って頂いたメルリーナ・カレント。伯爵家の娘ですわ。
わたくしが死ねば、カレント伯爵家を引き立ててくれると、ベルク様が約束して下さいましたの。ベルク様、隣国から離縁されて戻って来たリディア王女様に気に入られたんですって。
だから、わたくしが邪魔だって言うの。後腐れもなく、わたくしに死んで欲しいって。だから、わたくしは死ぬことに致しましたわ。カレント伯爵家を引き立てて下されば弟もきっと幸せになれる。ねぇ、わたくしの人生って何だったのかしら?さようなら。アラフ様。わたくしと踊って下さって有難う ―
アラフは辺境騎士団の詰所に戻ると、魔族に頼んで、転移してもらった。
彼女はどうなった。死んだのか?
夜会に出て、情報を集めてみる。
貴族の夫人達に聞いてみれば、
馬車の事故で亡くなったと、一週間前に、メルリーナ・カレント伯爵令嬢は亡くなったという事が解った。
何であの時、様子を見た。
ベルクをさっさとさらっておけば、メルリーナは死ぬことはなかった?
― ねぇ、わたくしの人生って何だったのかしら? -
メルリーナ。君の人生は殺される為にあったんじゃない。
幸せになって微笑んで、沢山、人生の素敵な事を経験する為にあったんだ。
まだ若かった。17歳だった。
それなのに、事故に見せかけて殺された。
メルリーナ。ごめん。
俺がもっとしっかりしていれば。
アラフは号泣した。
辺境騎士団詰所に戻ると、情報部長オルディウスに声をかけられた。
彼の部屋に押し掛けて、ワインを飲みながら愚痴をこぼした。
「俺がもっと早く決断をしていれば、メルリーナは死ななくてすんだのか?貴公子、教えてくれよ」
銀髪の貴公子オルディウスはワイングラスを手に持ち、高級チョコレートをアラフに勧めながら、
「そうだな。だが、カレント伯爵令嬢が弟の為に、覚悟をお前に見せたんだ。どうしようもない事だったんじゃないのか?その結果、殺された。彼女の魂を弔う為にやる事はなんだ?」
アラフはワイングラスを握り締めて、
「屑の美男をさらう事だ。徹底的に教育することだ」
「だったら、さらうがいい。騎士団長には、一人ぐらい増えたっていいだろうって事後報告すればいいと思う」
「お前、悪い奴だな」
「そうか?」
オルディウスに相談して気が軽くなった。
ベルク・アシェド公爵令息をさらう事にした。
ベルクが出かけるらしい。
ベルクを乗せたアシェド公爵家の馬車が、王都の公爵家の屋敷から出ていく。
アラフはゴルディル、マルク、エダルと共にその様子を見ていた。
止めておいた馬車を操り、公爵家の馬車に近づく。
人通りの少ない道に差し掛かったところで、先回りをしておいて、馬車で道を塞ぐ。
マルクが触手で御者を絡めとり、ゴルディルが馬車の扉を拳で破壊する。
アラフがベルクを馬車から引きずり出した。
ベルクが喚く。
「私はアシェド公爵家のっ。お前はいつかの夜会のっ」
「辺境騎士団四天王アラフだ。お前を連れて行く。屑の美男としてな」
エダルもベルクをもう片側から押さえつけて、
「三日三晩の教育が待っているぞ」
マルクが御者を触手で気絶させて、
「覚悟するんだな」
ゴルディルが御者が気絶したため、暴れ出した馬をなだめながら、
「さあ、我が辺境騎士団へ帰ろう」
「いやだぁーーー。誰か私を助けろっーーーー」
喚くベルクを気絶させて、馬車に放り込む。落ち合う場所へ行けば魔族が転移魔法で、辺境騎士団の詰所へ連れて行ってくれるだろう。
後日、アラフはメルリーナ・カレント伯爵令嬢の墓へお参りにいった。
「俺が君を早く助けていれば。ベルクは我が騎士団で教育を受けているよ。だから、安心して眠ってくれ」
花束を墓に添えて立ち上がる。
「今度、生まれてくる時は、自分の人生を楽しんで生きてくれ」
- 沢山の男の人に抱かれたけど、アラフ様に会えた時が一番幸せだった……私の事、忘れないで。ううん。忘れてくれていいの……忘れて……-
娼婦メリーナが死ぬ時に言った言葉が思い出される。
― ねぇ、わたくしの人生って何だったのかしら?さようなら。アラフ様。わたくしと踊って下さって有難う ―
伯爵令嬢メルリーナが手紙で残した言葉が思い出される。
さようなら。メリーナ。メルリーナ。
俺は君達の事を一生、忘れない。
今度、生まれ変わったら幸せな人生を歩めよ。