子パンダチロル
しとしとしとと、外は雨が降っています。
空も暗く。
今はお昼を回ったばかりなのに、もうすぐ日の入りかというようなどんよりした空から柔らかな雨がしとしとと降っています。
窓から外を見ていた子パンダのチロルは急に外に出てみたくなりました。
しまっておいたお気に入りの緑色のカッパを羽織り、靴箱から緑色の長靴を出しました。
チロルはこの二つのを身に付け、外に出ると自分が蛙になった気分になれました。
今蛙としてやっている蛙はずっとこの二つをずっと着けていたから蛙になれたのだとまで思っていました。
しかし2つの秘密道具(?)を持っているチロルは蛙にはまだなりたくないので、たまに着るだけでした。
玄関のドアを開けて外に出ると、チロルちゃん以外誰もいません。
フードを取って数分で頭から水滴がたれてきました。
お風呂の時にシャワーでもやってみるのですが、どうもうまくいきません。
しかし、この水滴が落ちるじれったい感じが子パンダは好きでたまりませんでした。
何分もそうやっていると
「こんにちわチロルちゃん」
と前から声がしました。
水滴に集中していたチロルは、前にいた子狐に気づきませんでした。
「こんにちわ、きつねさん」
一応挨拶をしておきましたが、この子が誰なのか、全くわかりません。
同じぐらいの年齢だったら、毎日公園で顔を合わせます。
違っても、この村の人口はそれほど多くありません。
すぐにだれかわかるはずです。
(この子誰だろ?)
顔には出しませんが、チロルはそう思っていました。
「あ、ぼ くのこ と だれだろ ?ってい うかおで み て い るね」
といっているようでした(ちゃんとした言葉として耳が聞き取ってくれません)。
子狐は子パンダからみて、普通の子ではありませんでした。
発音ー少し舌足らず
イントネーションーどこか北国だろうと推測される
目線ーあわせようとしない
危険だと頭から信号が出ましたが、チロルは怖くて動けません。
「ぼ くをだれだとお もっている?」
「わから ないでしょ?」
「だ ってぼくに もわか らないもの」
「ねえ、チロルちゃ ん、なに かしゃべってよ う 」
だんだんと狐の発する言葉に間ができるようになりました。
妙なところにできるので、余計に怖くなりました。
「そう だ、 チロルちゃんに と もだちを しょうかいしよう」
そういって、くるりと向きを変えると、小走りで駆けていきました。
やっと見たことの無い狐から開放されたチロルちゃんは急いでお家に戻りました。
怖くて怖くて、早くあの狐の前から逃げたかったのです。
玄関のドアを閉めて、鍵を急いでかけます。
ふぅ、と息をつくと後ろから声がしました。
「チ ロルちゃん、おともだちのチロルちゃんです」
「こんに ち わ、チ ロルです、いっしょのなまえ だね」
背筋がぞっとし、聞き覚えのある声がしました。
さっきまで、家の外にいて、逆方向に走っていった狐が今自分の家の中にいて、しかもチロルという自分と同じ名前のお友達を連れてきただなんて。
振り向くとやはり狐が立っていて、笑っていました。
そして、狐のそばにはチロルちゃんが立っていました。
お友達のチロルちゃんは、チロルちゃんそっくりの子パンダだったのです。
「どういうこと!?」
チロルちゃんは叫んでしまいました。
「あ のね それ はね 」
もう一人のチロルちゃんは狐と同じしゃべり方で説明しようとしていましたが、あのね、それはねを繰り返すばかりでした。
「じ かん が それ をお しえ て く れるよ でしょ」
狐がそう言いました。
「時間が教えてくれるの?」
こくんと狐が頷きました。
「また ちろる ことば わすれて だめなこ」
「だめじゃないよ、ぼくもわすれていたもの」
二人であはは、ふふふと笑っていました。
「チ ロルちゃ んはい まのおも しろかった かい ?」
「そ、そうね…おもしろかった…かな?」
ちっとも笑うところじゃなかったのに、と思ってしまいましたが、何かされたら怖いので誤魔化しました。
「よかっ たよ かっ た チ ロルちゃん は おも しろかった って」
「よかっ たね ふ たりで ま んざいこんてす とにで れるかもね」
二人はお互いの顔を見て笑っていましたが、急にこっちを向きました。
「「あ いそ わ ら いがば れ ばれでチ ロルちゃん もおもし ろいね」」
声が同時に聞こえました。
声がいつもの聞こえ方ではありません。
耳から聞こえるのではなく、脳に響くのです。
大きい声だったので脳が揺れます。
「うっ」
とっさに頭を押さえようと思いましたが、腕が動いてくれません。
金縛りにあっているように体がいうことをきいてくれません。です。
「チ ロルちゃん うご けな いよ」
「だって い まから 死ぬ のだもの」
「え!?」
チロルちゃんには何がなんだかわかりません。
「わた し は し にが み」
「チ ロルち ゃん はこうなる の」
もう一人のチロルちゃんは自分のお腹を指差し、笑いました。
間髪入れず狐がチロルちゃんのお腹にグサっとためらいもなく包丁を刺しました。
内側からの尋常じゃないくらいの痛みに気が遠くなり、意識が飛びそうになります。
「あら、まだ 死な ないの ね」
狐は手にしていた包丁を半回転させました。
チロルちゃんは立っていられなくなり倒れそうになりますが、耐えています。
「じ かんがおし え て くれた でし ょ」
もう一人のチロルちゃんが言いました。
外はまだ、しとしとしとと雨が降っています。
もう少しだけ、降りそうです。
おわり。
読み返したら病んでて笑いました。