8話・王子が来たりてホラを吹く
1 郵便馬車から届けられるコメントは多い。
「あの女が、お淑やかだってさ。猫を被ってるんだよ」
「そうやなー。さっそく、取り巻きになりたい人がおるかもやでー」
王子の花嫁候補として、王女という地位は魅力的に感じる者もいるだろう。権力や金に群がり集まるはず。
「不倫では注目もされないか」
「予想もできてることやでー。縁談だと思ったんは、ケリーヌさんの大らかというかズレてるところやでー」
「ま、いいか。なにか新しい情報が必要だよね」
「あの、ジョーキキカンもなー。買ってまで読もうとしないでー」
たしかに、コメントもないまま、新しいスレッドに押されて片隅に見え隠れしている。
掲示板へコメントの紙を張り終えたころにマイカルが来た。
2(来るのはしかたないけどさ。冷えきった天ぷらみたい)
あんがい冷静になれる。いつかは芽生えると思った愛情も、初期設定で間違えていたわけだし、どこかで拒絶もしいた。
「一人だけらしいでー」
「不倫女に頼まれたんだよ、きっと」
(顔を見せたこともないけど。そういえば、まえから会いたいって思ったことはなかったよね)
これは恋でもないし、わるくいえば打算的な結婚だったかもしれない。
(それでもさ。やりかたが気に入らないよ、あの女は)
なにか企んでいると話し合いながら、縁側を前にして向き合う。
「有料記事は高尚すぎて買ってないようじゃな。特別に教えてさしあげよう」
マイカルの手には、折りたたまれた瓦版用の紙。
3「SNSへ興味もない顔をなさってたけど。使い走りにされてますのね」
「そうではない」
思い切り首を横に振り、威厳は保ちたいらしい。
「庶民へ知らせるべき重要な情報じゃ。拡散いたせ」
「スレだては自由ですって。お姫ちゃんから聞いてませんの」
(まだ仕組みを知らないんだよ、こいつは。もう、以下同文っていいたいけど)
しかし、マイカルはカエレンの立ち位置に拘るようす。
「カエレンは新しい王女候補であるぞ。王女様が直々に教えておるところだ。言葉を弁えてはどうか」
「それは大変ですね。それで、王子様がいらっしゃったと」
(王女様も、あの女をしつけるのに苦労すると思う)
4 いつも別の見方ををするサユリーが予想する。
「売れてないんかー。それで、スレをたてるんやなー」
「有りえる。利益がないからでしょ」
SNSで儲けるのも簡単ではない。
「詮索いたすな」
マイカルは筋書き通りに話を進めたいらしい。
「恐ろしい武器のイラストが手に入ったのでな」
あいかわらず、勿体ぶった手つきで瓦版を広げて、書かれたイラストを見せる。
「これがジョーキキカン。祖母様の教えてくれたのと違うけど」
台に備えた筒から炎と煙が伸びる。火炎放射器みたいなものだ。
「怖いであろう。愚かな庶民も、敵を懲らしめるのに納得いたすはず」
「敵がおるのかー。噂にも聞かんで―」
5 地域の言葉は、標準的な敬語を使わなくてもいい。サユリーの柔らかな口調は反感も買わないようだ。
「これから現れるのじゃ」
「わざわざ敵を作るとか。おとなしくなさっていれば平穏な世の中ですのに」
(勝手に女遊びでもしてたらいいさ。もう、私とは関係もないし)
ケリーヌは不倫女をざまぁしたいだけだ。庶民を混乱させるのは控えて欲しいと考えていた。
「この危機感は、しょせん女に分からないであろう」
マイカルは、畳座へ歩み寄る。
紫のマントを翻して腰に手を当てた。
「ウミパタ王国と戦争じゃ。貴族は騎士たちと一緒に戦うのが義務ですぞ」
(へえー。格好つけちゃって)
「王子様も剣を持つのでしょうか」
6 それには、思わず吹き出すのを堪えるような仕草の若い貴族たち。武芸に疎いのはみんなが知っていた。
それでも王子から問われて、真面目ぶって答える。
「敵から攻められたら戦う覚悟はござるが」
「ウミパタ王国は友好国でござる。勝手に決めるのは義に反するでござらんか」
マイカルは首を横に振り、そしてうなづいた。なにか微妙なことを演技で示しているようだ。
「結婚式とともに、僕が摂政になるゆえな。戒厳令を発するつもりじゃ」
「国を混乱させるだけです。ほんと、革命が起こりますよ」
マイカルが不満げな表情になる。
「それを防ぐためじゃ」
(なにか注意するとふてくされる人だよね)
「何をなさるおつもりですか。取り決めには大臣たちの許可も必要でございましょう」
7「戒厳令をだせば、貴族の行動も制限されるであろう。SNSも王家が情報操作に使わせてもらうゆえな」
「SNSを強引に巻き込むなら手加減しないわよ。じゃなくて、私にも考えがございますのよ」
いちおうは丁寧に言いなおす。
(会議では父の侯爵が主導権を握ってるし。勝手にさせてたまるかって)
「非常事態のときは王の意思が優先である。その代理となるゆえ。言葉も弁えられよ」
「ご結婚なさって摂政におなりあそばれたならね。庶民が納得しないと思いますけど」
(強引に戦争へ持っていくきだよね。あの女のスキャンダルだけで止められるかな)
不安もあるが、それしかない。
サユリーが若い貴族たちとも何か囁いてから言う。
「隠し子がおったなー。どうするんやー」
微笑みながら反応を待っている。
8「それは。ない。噂じゃ」
マイカルは焦った表情で腕を動かしてマントに触れる。それで、持っていた瓦版に気付いたらしい。
「いまは、この武器についてじゃ」
「はいはい。スレ立ては自由ですから。拡散されるかはわかりませんよ」
「各地の掲示板へスレをたてに参るでな。情報の流し方はカエレンが知っておったぞ」
転生者だから知っているのだろう。
「はかどらないやりかたでんなー。読む人はおるんやろかー」
「素人は分からぬか。ダイレクトメールも送っておる」
「迷惑メールですよね」
(結局は無料で公開するみたいだけどさ。イラストで見せられるとね)
広告も無意識に見せて買ったり利用したいと思わせる。武器だ、と絵を見せられると信じる庶民も多いだろう。
9「よろしいけど、聖女様からお叱りを受けますよ」
「聖女様には説明いたす。ケリーヌ様も、ことを荒立てないようにお願い申す」
(あらま、下手に出たよ)
王家より影響力のある世界組織が聖女の集団サンクタフェミアだ。聖女を持ち出されたら、マイカルも強気にもなれない。
「お忙しいところを。それでは」
さし出だされたイラストの描かれた瓦版を受け取ると、若い貴族へ渡す。なにやら胸を張り、格好つけて去りたいらしいマイカル。
「なんじゅうしたなー。そいでは」
サユリーが若い貴族たちも誘って、送り出すように並ぶ。いちおうは王族だし、礼儀は通した。
マイカルが帰ると、隠し子のことが気になる。
「それより。隠し子のことが分かったの」
0「認知するかどうか、騒ぎはあったらしいがなー」
先輩たちから聞かされた話だという。それで、カマをかけたらしい。
「お坊ちゃん王子のあの反応はね。なにか隠してはいるんだよ」
王家継承に関わるトラブルが起こるかもしれない。
「ここで押していけば白状するぜ、王子様は」
令息たちは乗り気だ。
「それより、あの不倫女だよ。そろそろアケーミさんから情報が入ると思う」
「婚約破棄した男はいいのかよ。なんで相手の女を恨むとか」
「不倫女はなー。女の敵やでー」
男には分からないらしいが、付き合ってた男は見限ることもできる。
「第三者として、しゃしゃり出た邪魔者は許せないのよ」