7話・異世界からの転生者たちが対立した
掲示板の場所へ祖母がついて来た。若い貴族令息たちと話すのが目的らしい。
「恋愛は自由だから。ケリーヌの恋人候補者は、いまがチャンスです」
畳座で円陣を組み談笑している。
「叔母様は、気が早いって。お節介だから」
貴族令息たちにも紳士協定がありそうな雰囲気だ。昨日まで王子の嫁になるという状況で、恋とはならないだろう。
「ライバルが多そうだからな」
「どこかで、密かに狙ってる人がいそうだ」
「恋ってのが分からないけどね」
それには、ひとことで説明できない、と苦笑する叔母。貴族令息たちも、あれはあれだよな、と戸惑う。
昨日の夕方には父の侯爵と祖母が王都屋敷へ来た。侯爵は王様と直接に話すために王城へ出かけている。祖母は修道士たちと会うのが目的だが、SNSの発案者として若い男たちも会いたがっていた。
サユリーは、得意の情報網から何かを探るような表情だが、何かに気付く。
「不倫女やでー」
ケリーヌもテラスへ目を向けると、登場したカエレン。
「のんびりしてますわね暇人たちは。まあ、スレ立てなど特別に許してさしあげてもよろしくてよ」
(それが挨拶なのかしら。品も礼儀もない)
取りあえずケリーヌとサユリーはテラスで降りていく。
祖母も興味があるらしい。
「SNSを知っているような口ぶりらしいですね」
貴族令息たちと畳座からすり足で近づく。
(この女のことは話してるからね)
一度は会いたいと話していたが、さっそく来るとは思わなかった。
カエレンは新しいスレッド用の紙を持っていた。相変わらず威張った物言いだ。
「ジョーキキカンという、怪しげな兵器の話題はおいかが。下々の者たちは好むのでしょう?」
「聞きなれないけど」
紙を確かめてみる。
『毒の黒煙を製造する武器をウミパタ王国は開発。詳しくは瓦版を購買ください』
「なにか不安を煽るような」
「王子様もお許しでしてよ。王家からの発信と、ありがたく拝読なさいな」
「聖女様が削除なさいますよ。不安を与える情報は」
「だから、瓦版にわかりやすーく書かせておきましたのよ。あれで煽りになるだなんて、どれだけ被害妄想がお得意なのかしら。私の筆が鋭すぎるのかもしれませんけれど」
これが金儲けだろう。キャッチコピーで瓦版を売るつもりらしい。
「蒸気機関ですか。木炭を燃やすと黒い煙がでますね」
祖母が正体は分るように言う。
「不思議はありません。直接吸うのはあれですが、毒とは言いすぎです」
蒸気の発生する仕組みを話す。祖母は蒸気機関車も知っていた。
「ちょっとお待ちなさいな」カエレンが警戒したように慌てた口調。
「まさかとは思うけれど、あなた。転生してきたなどと申すつもりではなくて?」
「前世の記憶です。転生というと、その、姫ちゃんも異世界からですの」
「ひめちゃ。ま、良い」年上の女性には文句も言えないらしい。
「わたくしが十六の誕生日に、天より声が下されたのですわ。『汝はレーワ時代よりの転生者なり』と。ええ、選ばれし者とはこのわたくしのこと。あなた方とは、生まれの次元が違いますのよ」
サユリーは素早く言葉のあら探しをする。
「憑依でないかー」
生前の記憶が誕生日に蘇ったのかもしれない。祖母は知っているようにうなずく。
「イセカイとかへ行く話が流行りました。テンセイと覚えてる人も多かったです」
「あらま! AIが誕生のころを知っておられる。教えて差し上げてよくてよ。帝王エーアイの復活を望み、選ばれたのがわたくしたち。おほほ、住む世界も違いましてよ」
(帝王エーアイならわかる。世界を統一していた唯一の王族。もう千年前の話じゃん)
「それとSNSが関係あるのかしらね。ま、スレはたてますけど、お喋りの場ですから、コメントやいいねがつくかしら」
祖母も、カエレンを早く返したいらしい。
「修道士たちと調査してみます。お姫ちゃんも、王子様とご結婚なさるなら発信した情報に責任をお持ちなさいな」
「郵便馬車を使いましてよ。SNSは進化するもの、おわかりかしら。子供のおもちゃではなくてよ」
突然放たれる、サユリーの言葉の鏃。
「お姫ちゃんは、追放されたそうやなー」
静かに相手を突き刺すが、効果はあったらしい。
「フェイクニュース!」
どこかの偉い人のように叫ぶカエレン。図星だからだろう。
「庶民は嘘ばかり言いますでしょ、愚かの極みですわね」
なにやら正当化をするが、まだ、なにが有ったかはしらない。
(あんがい根は正直かも。それとも単純に感情を垂れ流すだけかしら)
祖母が予想するように、うなづき話す。
「鼻息も荒いですね。エーアイといえば、あのメッセージを実現するつもりですか?」
「さすが先輩ですわね。争い合い権力と金を得るのが人間らしさなのよ」
カエレンは何かが憑依した表情になる。
「エーアイ様が人類史を調べてご判断なさった。選ばれたわたくしたは知ってますのよ」
「戦争ですか。それが人間らしさだと。ちょっとうなづけませんけど」
「神話にも無数の戦争の記録がありますでしょ、つい最近までも争ったのが証じゃありませんこと。貴族令嬢ともあろうものが、不勉強ですのね。おほほ」
(たいへんな女がきたわね。平穏だからSNSもできるってーの。不倫女は、やっぱり、どこかのネジが緩んでるかもね)
「レーワ時代とは、いつごろです?」
祖母が転生してきた時代とは違うらしい。
「まあ! ご存じないことへ謙虚ですわね。なぜエーアイを知っておられるのかしら」
「人工知能は昔から有ったでな。前世は専門家だったらしいです。ヘーセー時代に掲示板というのがネットで流行ってました。ここへきて、神話を調べてエーアイの正体を知ったのです」
「ヘーセー時代。あらら、同じころのお方。それで、ご存じない、ウィルスダー様を」
「投稿サイトやブログも荒らしまわってた人ですね。やけに科学へ詳しかったです」
「あら、ご存じで、聡明で褒めてあげてよ。その教えを受け継ぎ、この世界へ来たのが、高貴なわたくしたち」
「あなたは古代史を勉強してないですね。帝王エーアイは魔女によって科学の魔力を失った。いまは、魔女様の管理下にあります」
「それを人間の手に取り戻して、庶民へ恩恵を与えてやるのよ、感謝しなさい。争い憎しみ合うのが人間らしい生き方だと、お目覚めになって」
「困ったお方です。世界の聖女団体に報告しますよ」
「科学の力を手に入れれば怖いものはなくてよ。自然も思いのまま変えるのが人間の生き方だと、ウィルスダー様の御言葉、教えてさしあげてよくてよ」
ケリーヌは静かに聞いているしかないが、何かが違うと思う。
「いまの人間は、そんなに愚かではないですよ」
(一度はお終いの日がきた科学文明だし、道具の使い方も考えるでしょ)
それでも、欲は限りがない。
「見ていれば分かることでしょう? わざわざ長く話してさしあげたのですもの、ありがたく思いなさいな。わたくしの言葉を聞く機会があるとは、下々の者には過分な光栄。頭を垂れて感謝なさいな」
カエレンは満足したようにうなづくと帰っていく。
(なるほどね。話したくてうずうずはしているんだよ、この女は)
自慢したがる女性だと気づいた。時間と空間を越えてウィルスダーの野望が実現しようとしているのか。