魔女の国へ
唸りが止まり、ドアが開いた。ケンタウルスは待っていたように立っている。
「やはり来ましたか。そこの二人は」
予想したようにいうが、歓迎しないふうだ。アランは自ら言いたいらしい。
「私はアランというものだ。マイカル様と話があるからな。ちょっとゆっくりする場所はないか」
アランが答えるのを歓迎しないマイカル。
「ここは任せられよ。魔女様とも話しておる。この二人はぼくの客じゃ。長居はしないであろう」
「住まいは選り取り選べばいい。魔女様がお会いにくるから、集会場で待ってくれ」
ケンタウルスは、案内するから、と先に進む。芝生の敷かれた道とも公園とも受け取れる広場が続く。いくつも並ぶ煉瓦造りの建物は長屋ふうにいくつか入口が見える。いかにも人工的な場所で、木立ちの影で憩う者や、ボール遊び、ギターの音もどこからか聞こえる。
(のんびりしてるよね。でも、なにか抜けてるような)
おとなしいのだ。あんがい人の数は多いが、静かすぎる。遠くからギターの音が聞こえるほどだ。
「王都の広場とは違うね」
「そうだな。人間の匂いがしないというか。悟りの世界とか、天国というのはここか」
「ちょと退屈だよね」
王都の、疲れて大変そうなオトナには、どこか活気もあった。
「あの二人が満足する世界とは思えないな」
マイカルが話しに関心を持つ。
「なにかな」
「贅沢はできないと思うけど。威張れる相手もいないし」
ケリーヌは元王子にも無関心な人々をみて思う。そこで口を挟むのはカエレン。
「心の贅沢ですのよ。ご存じないでしょ、田舎の小娘には」
(あいかわらずの言い方だね。ま、いいか)
「お姫ちゃんが、心のって、感心ですわね」
「二十歳を越えれば分かりますのよ」
「それにしては幼稚なことを」
また口喧嘩でも起こりそうだ。
「ここだ。待たれよ」
ケンタウルスが声をかけた。さすがに、魔女の使い魔をまえにして喧嘩もない。
「ちょっと、聞きたいこともあるから」
「殊勝なお考えね」
カエレンは相談事だと考えたか、機嫌がよくなったらしい。
なるほど。銀色の家根がテントみたいに広がる。舞台があり、いくつもテーブル席が見えた。
「そこへ座ろう」
珍しく率先して動くマイカル。
「馬を休めてからだ」
アランが馬留になる柱に馬車を停める。男同志の静かな主導権争いの戦いでもあるのだろう。
集会場でテーブルを囲むとケリーヌは話す。
「マイカル様は、女王様のお気持ちもしらないのですか」
「もう済んだことであろう。いまはこの楽園で暮らすことを考えておる」
「これが、愛というものの結論ですか。あまり贅沢もできそうにないけど」
それにはカエレンが、分かったように言う。
「まさにウイルスダー様が求めていた世界ですのよ、魔女様も認めてくださったのでしょう」
なんでも手に入るらしい。
「エーアイの、科学の魔法は、魔女様が管理してますから。お姫ちゃんのいうのとは違う世界じゃございませんこと」
さっきの住人を見ている限り、ハーレムとか贅沢三昧をしているとは思えない。
「すぐお分かりになりますわ、セールスが来ると、ケンタウルスが、この前は話してたから」
「押し売りですのね」
「セールスですのよ。田舎とは違いますの」
(ま、いいでしょ。見ればわかるはずだし)
その考えはアランも同じらしい。
「営業に熱心な方々はいるらしい。馬車が来た」
指さす方をみると、物売りらしい荷馬が幾つか近づく。
「宝石もありますのよ。それも、ただ。金は必要もない、夢みたいなところですの」
カエレンは立ちあがり合図する。宝石を扱っているらしい御者がさっそくと箱を持って来る。両手で抱える大きさだ。
「宝石なの。一杯注文したとか」
「一個に拘るのが贅沢ですのよ。田舎令嬢は安物を多く持ちたいでしょう。格が違いますのよ」
話す間にも、御者はうやうやしくテーブルへ箱を置いて、開ける。
「直径10センチの特上品でございます」
「十ミリじゃございませこと、って」
カエレンが固まったようにしてから、天を仰ぐ。
「イミテーションどころじゃございませんわね」
「これは、きれいだけど。なに?」
ケリーヌも確かめてみる。10センチだからリンゴより大きい球体。カットされた部分がきらめくが、ダイヤモンドとは思えない軽い印象だ。
「天然じゃないよね。貴族の間ではガラス玉と言ってるけど」
「価値がないのは確かですわね。田舎令嬢にさしあげてもよろしくてよ」
「いらない。でも、どうしてこの大きさに」
ここは、カエレンの出番だろう。
「三Dプリンタ―ですわね。レーワ時代は、もっとうまく作れましたのよ」
御者も言い訳というか、事情を説明したいらしい。
「たしかに、三Dプリンタ―ですがね。細かい作業はできないのですよ。エーアイの魔法も古代みたいに扱えませんので」
面白がったのはアラン。
「ほかにも注文したのだろ。見てみたくなった。おーい」
御者たちへ合図する。
「もうよいであろう。プライベートである」
しかし、半ば押し売りだし、一応注文は受けたらしい。
「身分証明でしたね。王子様と王女様の」
うやうやしく名札を差し出す。
「これを下げて歩くと。ちょっとねー」
どこかの新入生とも感じる。アランが思いついたように言う。
「ここで威張ってもなー。他人へ関心もないみたいだが」
「はい。王様も何人かおられます。なににでも成れますよ。なるだけなら」
御者は、意味もないと言いたげだ。
「それより、あれは」
ケリーヌは幌の付いた馬車に興味を持った。興味を失ったらしい二人は置いておき、アランが声をかける。
「なにか、大きなモノらしいな。なにを持ってこられました」
「女と男を三体ずつでございます」
「ハーレムをしたいんだ。動くの」
三Dプリンタ―で生きた人間を作れたか興味もでてきた。
「人形ですね。命を吹き込むのは無理です」
「頭が空っぽの人間しか作れないかもな」
アランが予想する。言葉も知識もないはず。人形が無難だろうし、それしか作れない。
「もうよい。キャンセルである」
マイカルはうんざりという表情で腕を組む。
「サクランボはいかがですかー。おいしいですよ」
「ぶなんかもね。ただでしょ、ちょうだい」
「田舎の令嬢は食い意地がはってるわね」
「喉も乾いたところだし」
アランへ同意を求める。
「そうだな。気を利かして水もださないのか」
「その代わりです。サクランボはいつでも作れますよ」
(作れる、が気になるけど。サイハーテ領では、よく食べたよね)
酸っぱくて甘いし、香りもしてくるようだ。期待しているところへ現れたのは、メロンと思えるような大きさ。
「いや。あのさー」
「ナイフとフォークが必要かな」
アランも苦笑いで、巨大イチゴが積まれた籠をみつめた。
セールスたちは帰っていった。ちょっと期待外れの表情をしたマイカル。
「確かになんでも手に入るであろう。しかし、何かが違う」
「ここは人工物ばかりだしな」
アランは周りを見渡して言う。
「退屈でしょうね。お姫ちゃんは比べる相手がいなくて張り合いがでないでしょ」
挑発してみる。カエレンは張り合う元気も消えたようだ。
「これが楽園かしら。三日で飽きるでしょうね」
「それでも、愛があれば良いのでしょ」
(真実の愛とやらを試してもみたいよね)
「あれこれやりたいこともありますのよ。それなのに、すべてお膳立てされてますもの」
やはり、途中経過が楽しみでもあったらしい。
「婚約者を奪うのも楽しみでしたの」
なぜそこまでしたのか聞きたい。それにはマイカルが答える。
「長女ということで、我慢を強いられてたのである」
母親も妹や弟の世話で、構ってやる時間は少なかったようだ。
「幼いころのことですの。マイカル様は気遣ってくてましたわ。それから、ずっと恋してましたのよ」
思ったより純粋な思いから始まった恋らしい。アランが納得するように言う。
「やっぱり好きな人と一緒になるのが一番いいのかな」
「なるほどね。お互い似たものどうしだし、それで良いならね」
家同士で決めた結婚は、重要でもないと分かったし、真実の愛、が言葉遊びでもないと気づいた。
「それでも、女王様に、母親へ応えてあげるべきと思う。離縁はしてないし、開墾地も温情だよ」
「なかなかであるな。ケリーヌは理想を求めておる。ほら、あれであろう」
(お母ちゃんのことは、知ってるからね。それを言われるとねー)
理想の母親を考えているかもしれない。それでも、理想を求めたい。
「きっと、子供を大切にしたいんだよ。お姫ちゃんのこともヒバリ女王様は最後まで待ってたはずだし」
「女は家を出るものなのよ。こういう形になっただけですのよ。あなたも親元から旅立つときが来るはずですけど、田舎令嬢ですからねー」
(もう慣れた言い方だけど。家を出るのは、アドバイスのつもりかしら)
「ま、いいですけど。こんどは理想の母親へ近づくのも。うん、コジュトーナ様のお考えが少しは分かります」
「あのお方。たしかに、感謝はしておりますのよ。あそこまで信じてくれた方は初めてですのよ」
(いちおう、分かっているんだ。なるほどね、すぐには変わらないのが人かも)
すこしづつ変わるかもしれない。そこでアランが何かに気付く。
「貴族の馬車だ。二人の騎士が先導している」
マイカルが顔を向けて確かめる。
「藩侯爵の馬車であるな。ケリーヌの家であろう」
「そうだけど。父かしら。なぜ」
立って、待ち構える。馬車は近くまできて、降りたのは母上だ。
「ケリーヌ。嫁入り前の女が正体の分からない男と馬車に乗るのは、慎みなさいね」
「はい。これには事情が」
(ぅわっぅわっ。けっこう説教魔なんだよね)
しかし、これが母親かもしれない。
母上は言い訳は聞かないでアランへ近づく。マイカルとカエレンの顔は知ってもいたらしい。
「貴族のようでございますが。なおさら、断りもなくこの所業は藩侯爵家として見過ごせません」
相変わらず侯爵夫人として肩肘を張っているようだ。
「いえ。そうだ、白馬の玉子さんですよ」
ハンドルネームなら知っているだろう。案の定、気付いたらしい。
「と、いうと。あれですね」
ちょっとマイカルを見てから、アランへ向き直る。
「お知り合いだと納得いたしました。ただ、筋を通すべきです。いまは、色恋の時期ではありませので」
「だからさー。そういう仲じゃないって」
アランもここは口を挟む。
「ほら、ケリーヌ、様の、あの俳句は俺もアドバイスしました。仲の良い友達ぐらいに思っていただければ。はい、恋とかは抜きで」
「あの俳句か。ケリーヌにしては上手いと思ってた。なるほど、私も自由恋愛には賛成だが」
「そうでしょ。父とは、かなり評判になってたらしいし」
「年頃になりましたね。相談なさいな」
ちょっと砕けた話し方に、お互い成るのに嬉しくもなる。姉のように、というのも付き合い方のひとつだ。
ようすをみていたカエレンが話しかける。
「ケリーヌさんのお母様でいらっしゃいますか。義理でも娘の心配はするのでしょうか」
「当たり前です。たしか、隣の国の。うん、気にかけない母はいませんよ。お二人は開墾地に住みなさいな。ヒバリ女王様も訪問してくださるとお聞きしてます。マイカル様も自棄にならず時をおまちくださいね」
「わかった。サイハーテ藩伯爵のお世話になります」
(これでいいのかしら。すくなくともアランさんとは親公認になっちゃたなー)
こうして、魔女の国を離れることになった。アランとの仲は、まだ友達だが、恋人関係になるのは必然にも思えて来る。
了




