王女の裁きに魔女の使い魔がきた
「魔女様の特急便をお使いになりましたの」
つい尋ねてみるケリーヌ。王女が来るのは早すぎる。しかし、古代に空飛ぶ絨毯や羽衣で使われていた液体ニューヘリウムは手に入らないはずだ。
王女は言う。
「SNSをみて、コチラノ伯爵領の別荘に待機してました」
それより、と雛壇へ目をやり、歩く。
「王女様。おかえりなさいませ」
聖女が声をかけると銀色のマントをさしだす。さっきの合図は、メイドへ取りにいかせたらしい。
「お手間をとらせました。これで、はっきりしましたね」
後は、小声で何か話している。
(王女様がおいでになったので拍手もしたんだね)
驚きの声も、静寂も王女の存在があるからだったのだ。
(私の目力で、そうなるわけもないか)
銀色のマントを羽織り、雛壇へ上がる王女。この凛々しさはケリーヌにない。
(でも、決着はつくね)
王女が手にしている紙筒にきづいた。なにか情報も手に入れたらしい。
王様は不安なのか、何かの期待なのか、愛想笑いをしたり、目を泳がせたりして忙しい表情だ。
マイカルも後で緊張した表情。カエレンが隠れるようにしていた。
「テーファー王、おいたが過ぎたわね」
王女は意外と柔らかく言う。王様もどこか安心した表情。
「わるかった。気の迷いじゃ」
「オトナの悪ふざけは、責任を負うものです。いさぎよくマントを脱いでくれますね」
(うわっ、優しい顔で、王権破棄を要求した)
王様はいくらか望みもあるとみたらしい。
「大麻とか、反省している。やりなおそう」
「もう、離縁してます。そしてテーファー王国は戦争を仕掛けましたね」
「いや。それは外交のひとつで」
「ウミパタ王国の港へエンジニア王国の軍艦が停泊してます。戦争は騎士たちが命を賭けるもの。その覚悟はおありでしたかテーファー王」
王女も険しい表情にかわり詰問する。
「だから、そのつもりはないと」
「まだ理解してませんか。これほど、戦争だと騒いで、ウミパタ王国が黙っていると思いましたか。友好国の軍艦は、もっと集まるでしょう。冗談では済まされない状況です」
「わしが謝ろう。話せばわかるはずじゃ」
「お会いなさるのも良い考えです。たぶん、その首と胴体は別々になると覚悟できてますね」
「そんな。ただ。わしは」
「戦争は、そういうもの。騎士や庶民を危険に晒した報いです」
「和平交渉も、国際的に認められているはずじゃ。いまどき野蛮な」
「その野蛮をなさろうとした。誠意を見せたいなら、マントを脱いで、王城から出ることです」
「命だけは」
「それは、相手側が決めること。私ができるのは、庶民や貴族たちへ被害が及ばない方法を考えることです」
さすがに、王様も、いまはマントを脱ぎ、王という権力を放棄するしかない。潔いというか、助かりたい一心でマントを脱ぎテーブルへ置く。
「すぐ追い出すのか」
「壇の下で、お待ちなさい」
まだ裁くべき人物はいる。すでに王様のことは目に入らないように、視線を流す。すごすご雛壇から降りていく王様。
マイカルは緊張し手強張っていたが、女王はカエレンへ声をかけた。
「他国の者、なぜ、ここにおりますか」
「いえ、はい。もうしわけありません」
謝れば済むと思っているらしい。おもえば、まだ結婚もしてない。
「SNSで、状況は知ってます。私の代理にしたつもりはありませんよ」
「はい。もうしわけありません」
言い訳もしたいだろうが、いまは謝るしかないと考えたのだろう。王女は柔らかな笑みをケリーヌへ向けた。
「ケリーヌ。この女のティアラをとりあげなさい」
(えっ。私が。たしかに、失礼な女と思ってたけど)
しかし、この流れと雰囲気から、従うのが賢明だろう。
「はい。それでは、おそれながら」
雛壇へあがる。庶民や特設テントも視野にはいる。
(ざまぁをする瞬間ではあるよね)
この儀式は婚約破棄へいちおうの決着をつけることになる。カエレンは屈辱と思ったか、自分でティアラを取り、テーブルへ置いた。重そうな音が響くが、なかば、叩きつけたのだろう。
「いらないわよ」
捨て台詞で雛壇から降りていく。
「丁寧に扱ってね」
ここで、大らかで温和な表情で話す。これから問い詰めるべき人物がいる。雛壇へ上がって、目の間にいるマイカルへ聞きたいこともある。
「さて、王子様。続けましょうか。ご自分で告白なさいます?」
「いや。ほら、あれは、あれだ」
せわしくマントの裾を弄るマイカル。王女が優しく声をかけた。
「よろしいです。ちゃんと調べてきました」
紙筒を開けて、紙を取り出した。
「マイカル。あなたはやってはいけないことをやったわね」
「いえ。はい。なんにも」
戸惑う様子。叱られた意味を知らない子供のようだ。実際そのとおりだが。
「女性のお腹を蹴って、流産させましたね、マイカル」
「えっ。蹴った」
つい声に出してしまう。庶民からも、さすがに驚きの声が漏れる。
(うわっ、婚約破棄して良かった。予想したより悪質じゃん)
ちょっと距離も置く。マイカルもケリーヌへかまう余裕はないらしい。
「いや。あれは。その、事故なんだ」
「診断書があります」
紙を広げて見せる。
「なんで。そんな」
「女王の印だと判子を作ってますね。私の許可もなく、それで、庶民へ圧力をかけましたね」
もう一枚には、女王様からの要請と記されていた。
「いや。若気のいたりというか」
「もう大人です。責任は取りなさいね。王子として失格です」
「頭もさげました。もっと下げます」
「王族が責任を取るとは、潔く身を引くこと。マントは脱がしてあげるから」
マイカルの首根っこへ手を伸ばす王女。
「自分で取ります」
「いいの。幼いころ、私が着せてあげましたね」
王女は言いながら、するする紐を外した。
(王女様として、責任も感じているんだ)
憂いを忍ばせた瞳が、息子を罰する母親の気持ちを表わしてもいるのだ。
庶民も、この流れに何かを感じたらしい。
「王子様はオトナだ。自業自得だろ」
「王女様は悪くない」
(いまは、強いリーダーシップが必要だよね)
「女王様。新しい国へ前向きのお言葉が庶民も喜ばれると思います」
「そうですね。まずは、三名の処分を決めましょう」
女王はマイカルのマントを脱がすとテーブルへ置いた。
「たしかに悪かったが」ごねるマイカル。
不同意堕胎傷害罪、暴行傷害に詐欺と脅迫罪。王家だから、パワハラも追加される。
「元王子様。昨日からの不審な事件は取り調べも終えてるでしょう。もう権力は使えないからね」
「署長さんにはおあいしてます。マイカル。あなたにも、ひとかけらの情けをかけてあげましょう。だから、罪人と並びなさい」
マイカルも、逃げるが勝ちと思ったか、雛壇から降りる。
雛壇から見下ろす形で、三人が並んでいた。
(これで終わるかな。でも、ここでいいのかな)
ケリーヌは女王と雛壇へ立つかたちになったが、居心地は悪い。結婚するはずの男は、罪びととして眼下にいるし、その王家は消えたに等しい。王女は離縁されたから、新しい国と考えるのも妥当だろう。
「あの。王女様」
「気にしなくていいです。次期王女はケリーヌしかいないと思います」
(ここで、あれこれ話してるときでもないか)
いまは流れにまかせるしかない。王女は、さっそくと三名の処分を決めるように、視線を送る。
「国を混乱させて、他国へ戦争をしかけた罪は重いです。国外追放も止む無しと思いますが、どうですかケリーヌ」
(えっ、どうといわれても。でも、深く考えるべきか)
ひとかけらの情、をなぜ持ち出したのか。女王はいまもどこか憂いの陰る瞳だ。
(そうだよね。我が子を国外追放にはしたくはないはず。だけど、いまは、そう、おっしゃるしかないのか)
そのマイカル。なにやら三人で小声で話していた。
(この女の国へ行くかな。いや、最後まで誤魔化していたし、迎え入れないはず。それでも、国外れには味方がいるかも)
よけいに厄介なことになるかもしれない。ウイルスダーという存在が何故か気にもなる。
「女王様。サイハーテ領の開墾地がございます。働かせたら、監視もできますし、王都から遠い」
「そうですね。藩侯爵なら、厳しくなさるでしょう。聖女様、いかがですか」
「良い考えです。馬車の準備もします。しばらく三人には門番小屋で待機してもらいましょう」
王女も少しは笑顔になる。
「これで解決しました」
庶民へ高々に宣言する。
「テーファー王国は消えました。これからは王女の国としてSNSで情報発信して栄させましょう」
「王女様。 キター !」「グレート」「 わーい」「 よっしゃ」「 ヤッター イエーイ」
庶民の歓声が続く。
(女王様もSNSを使うおつもりだね)
次期王女といっても、まだまだ、先の話だ。たぶん二十年あまりは女王も現役だ。戦争を仕掛けたテーファー王国も消えたし、戦争の話も、落とし前はつけられるだろう。
遠くも本当のお祭り騒ぎみたいになっている。マイカルたち三人だけは肩を落として、門番たちに囲まれて、門番小屋へいく準備をしていた。
カラスが飛んできた。遠くで騒ぐ声。
「あれは。魔女様の使い魔かしら」
ひときわ大きな馬というか、人間というか。魔女の従者ケンタウロスだ。
「魔女様が見ておられたか」
聖女はカラスの脚に結われられていたメモを見て呟いた。
ケンタウロスはいち早く駆けつけてきた。後から近づく幌馬車を曳くのは、一本角の白いユニコーンと二本角の黒いバイコーン。それも足の長さが人間の背丈ほどある。
「魔女様からの召喚命令だ。両名を迎えに参った」
ケンタウロスは聖女へ軽く会釈してから話す。
「年老いた男は不要、聖女様が勝手にしてよしとのこと」
マイカルとカエレンを召喚しにきたのだ。魔女から呼び出された二人は、顔を合せては戸惑うように首を捻る。意味が分からないというふうだ。
王女も簡単にはさがれない。
「王国の騒ぎに魔女様が、わざわざ口を挟みなさる理由をお聞かせください」
「古代ウイルスダー兇徒との関係があるとお調べになった。正直に伝えれば、帰れもするだろう」
「それなら、そこの女です」
ここは、マイカルと関係ないはず。
「元王子は元王様とご一緒でよろしいと思いますが」
「魔女様が二人を指名している。私は従うだけだ」
それにマイカルは応じた。
「ぼくはカエレンと一緒に行く。魔女様の国は楽園じゃ。さっそく案内いたせ」
あいかわらず威張った口調だが、ケンタウロスは答える。
「いますぐにでも。乗りなされ」
横付けされた幌場所のドアを開けた。ユニコーンとバイコーンに圧倒されて、人々も近づけない。
「わしは。わしはどうなる」
元王様が心細げに言う。
「開拓地へ送りますので、しばらく門番小屋へ」
急かされて通用口へ連れられていった。
(これで、いいのかな。解決はしたし)
魔女がウイルスダー兇徒を捜しているのは気になったが、いまは平穏がまもられたのを喜ぶ。




