王子は粘る、逃げ切れるのか
マイカルは腕を組み、なにかを考えるように視線を上げては首を横にする。
(言い逃れる方法を考えているんだよ)
カエレンが遠慮がちに隣に近寄るが、視線をちょっと向けただけだ。王様は何か言いたげにカエレンへ視線を走らせる。ここで「要らんことを言うな」と言い合いもできないだろう。
聖女が次の質問へ移るように指示した。
(中絶かな。いや、まずは。妊娠させて、流産したというのを確かめよう)
「王子様。隠し子の噂がありました。流産したのですね」
「ないない。避妊も心得ているでな」
マントの裾を弄りながら言う。
「嘘を付くときの癖は知ってます。婚約してましたから、分かるものです」
「それより、話が」
なにか芝居の準備をするつもりらしい。遠くを見るように両手を上げた。
「ぼくも未だ未熟だった。若さゆえ悩み」
胸に手を当てて首を振る。いかにも悩む青年を演じたいようだ。
「この大麻事件でも、知らずに巻き込まれてしまった。カエレンが、そういう女とは知らなかった」
指さして話すが、なんだよ、と文句を言いたげな他国の王女。
「王様も、父として情けない」
「質問の答えになってませんが。掲示板のテラスでの行動で、流産への過剰な反応は、状況証拠として満たしてます」
「いや。待て待て、途中だ」
マイカルは自分の世界へ入っているようだ。
「平穏を庶民も望む。そのために、ぼくが二人の身元受取人となろう。王城でしっかりと、監視するゆえ、解決じゃ」
庶民からブーイングが起こる。
「聖女様が裁きなさる」
「それより、王女様を早く戻せ」
王様とカエレンは納得したようにうなずく。
「あのね王子様。勝手に幕引きしないで」
(敬語なんか使ってられないし)
「これからがいいところじゃ」
完全に観客無視の独り芝居。
「戦争騒ぎも王様の独断じゃ。終わりにするゆえ。ぼくが王となり平穏を取り戻そうでないか」
「誰が、認めるか、種付け馬王子が」
庶民には酷いことをいうのも現れた。
「王女様に叱られちまえ」
それでも、くじけないマイカル。
「今ぼくに必要なのは良妻賢母の妃だ。ケリーヌ様、やりなおそうでないか」
(急に、話をふるなって)
「お断りします。真実の愛をみつけたとか。その方と地獄へいってらっしゃいね」
「おおおっ」
頭を抱えて嘆く、芝居は上手くなったマイカル。
「ぼくは嵐に巻き込まれた難破船」
(いまさら、せんと言われても、女をなんぱばかりの男が。あれっ、ちがうか)
「だから。流産と聞けば、嘘をついてる癖がでちゃうからね。直ぐわかる私には」
「いや、今は。なんだった」
マントの裾を弄りながら、仕切りなおすようにして喋るマイカル。
「あれだ、傷ついた小鳥。良妻賢母のヤマトナデシコの支えが欲しい」
そうして、コジュトーナに視線と姿勢まで向ける。ここは、応える公爵令嬢。
「告白し懺悔の思い、伝わりそうろうに、よしなに」
「いや。コジュトーナ様。人が良すぎます。庶民の反感もお感じになられるでしょう」
「わらわが聞くは、中絶の噂ごと。ならば、ちはやふる誓いで、女性を妊娠させ、中絶を強要せんと誓いたまえり」
(そこまで言うならいいか)
中絶のことは持ち出す予定だった。庶民が納得するかどうか。マイカルの言葉を思いだす。
(避妊を心得てるって言ったよね。嘘つきが)
しかし、人前で言うのは控えたいプライベートのことだ。
考えてる間に、マイカルは格好をつけて宣言する。
「聖女様へ。ぼくは女遊びもしましたが、避妊のやり方は知っておる。妊娠もさせないし、中絶などありえません。ちがやふる天地神明に誓います」
(初期設定が間違ってるつうの。避妊器具は使わないと自慢してたんだから)
そのままがいい、と考える男もいるようだ。
「まこと、この国の門出にそうろう。庶民へ過ちを謝りてあるべし。さすれば、わらわと桜を愛でる会がお支えし申そうぞ」
マイカルは神妙な表情になるが、ほころびる唇で、うまく行った、と考えているのがケリーヌには分かる。
「庶民へ謝ってもらおうじゃないの。あとから、もっと確かめたいことがあるから、覚悟してちょうだい」
「プライベートは、胸に収めようでないか、お互いに」
男と女での趣味嗜好はばらされるのを警戒もしているようだ。それで、顔をあげた。
「このたびの騒ぎは、ぼくの不徳といたすところじゃ。生まれ変わって、新しい王として励みたい。庶民の方々、貴族の方々へ、お詫びとお願いをいたします」
くいつ、と腰を曲げて、深く礼をする。謝罪会見でよく見かけるポーズだ。
ざわつくが、ひときわ大きな声。
「あっ」
「えっ」
「おっ」
短い驚きの声が続いた。
聖女がなにか合図すると、メイドが通用門から王城へ入っていく。
(いや。違うでしょ。ブーイングが起こるはずだったけど)
思う間にも、拍手が、いくつか聞こえて、観客総立ちの盛大な拍手みたいになり響く。
「この、猫かぶり男が」
声は拍手の波に消される。聖女やコジュートナーも直立不動の姿勢。指もしっかりと揃えて伸ばしていた。
(えっええっ。なんでよ。そんなに、説得力があったかしら、こいつの言葉が)
演壇の王様とカエレンは立ち竦むように動かない。マイカルへ身体を向けたまま、顔だけ正面へ向いていた。
(ま、いいか。でも、こいつは、笑ってるな)
俯きながら、白い歯がこぼれているのに気づく。避妊と、昨日の騒ぎを質問しようと考えた。反乱を待っていたような、騎乗騎士への態度から、マイカルの企みなのは確かだ。
拍手が止むとマイカルは顔をあげる。庶民受けの良い愛想笑いを浮かべるが、急に表情が引き締まる。
「ケリーヌ様、ご質問は終わりでしょうか」
(なによ、改まった言い方は。庶民の声援を受けた余裕かしら。それなら)
あたらしい情報、昨日の騒ぎを先に話そうと考えた。やはり、プライベートなことをおおやけにするのに躊躇もしている。
「騒ぎを起こそうと、酔っ払いや騎士たち、お役人を買収したでしょ」
「滅相もない。いや、勘違いさせたのは、僕の不徳といたすところじゃ」
ここは、下手にでようと考えたらしい。
「署長へすぐにでも連絡できます」
(放火未遂は言わなくていいか。調べはついてると思う)
「多分、王様の指図じゃ。ぼくは大麻とか直接に関係ない」
「お父様へ罪を被せるなんて、最低ね。もう、怒った。そのマントを脱ぎなさい。王様の息子として、王子の資格もないわよ」
王女がいないなら、代わりに叱る習慣もついていた。
「そこまで言う」
マイカルは結び目を触り、確かめるふうだ。それでも、庶民が静かで、反応がない。遠く、広場の外れで、綿あめ屋の声と、笑い声も聞こえる。お祭りと受け取った者もいるらしい。平穏な証拠だろう。SNSの馬だろうか、蹄の音も聞こえる。
「庶民の声なき思いです。いつまでも言葉で誤魔化さないで」
「ほら。それは。あとから。いまは、あれじゃろう」
(ほほう。暴かれたいのね。庶民の目や口は気にするなって、王女様もおっしゃってたし)
「聖女様への誓いで嘘がありましたね。避妊具は使わないとおっしゃってましたでしょ」
「それは。ほら、プライベート」
両手を前に出して、言うな、との仕草だが、すぐに元へ戻す。というか、マイカルも直立不動の姿勢になった。
(あら、私が何か。ま、いいか。父譲りの目力で怖がらせたこともあるし)
「それに、中絶。あなた、言いましたよね。若いから妊娠したら中絶して欲しいと。簡単に堕胎させる男だよ、王子様は」
「いや。それは覚えてないぞ」
(私を前にして、よく言えたわね)
プライベートについて話すのは恥ずかしさもあるが、ここで退治しないと、マイカルが王になる。たぶん、カエレンは威張ったままだし、王様も裏で良からぬことを計画すると思う。
「遊郭ではあれこれしたとか。証言は集まると思いますが。きっと避妊はしてなくて」
「うわうわ、それは言うな」
マイカルは焦ったように叫ぶ。
(私も言いたくはないよ。だけど、同じだと、打ち明ける庶民が出てくると思う)
「王子様、自分から白状なさいね。いまのうちに。良い子ぶるなって」
(それにしても、静かだよね)
風の妖精シルフがスカーフを前へなびかせる。すいー、と指で後ろへ跳ねた。
「あいかわらず、まっすぐですね」
(えっ。その声は)
振り返る。
「王女様、いつから」
手の届くところまで来ている。王女は静かに微笑むが、憂いを秘めた瞳を太陽がきらめかせた。




