追い込まれたカエレン、ひとかけらの情に応えられなかった
カエレンは目を擦ってから、コジュトーナを見上げる。いかもに泣いていると思わせたいようだ。
「騙されておりました。大麻がなにかも分からず、受け取ったのはわたくしですので、罪は重く感じましております。ごまかそうと、王様が申され」
言葉に詰まるようす。
「ああっ」大袈裟に嘆いた。
(芝居だよ、この女)それでも一人芝居に酔っている。
「わたくしにさからう術はありましょうか。国へ戻れぬわたくしを、利用して、悪さを強要したのでございます」
「さもありなん。わらわにいつわりし、と制裁も思いしが、そのかなしき性、受け止めん。ならば、わらわが保護するなりけり」
(ほんと、騙されやすいのが欠点だよね)
嘘を付いたら許さないはずだが、脅迫されてたなら被害者だと考えたのだろう。
(冗談じゃないよ。連れていかれたら、きっと影で悪さをするから)
ウィルスダーとかいう者の企みが実現するかもしれない。
「この女、いや、他国の姫は古代エーアイの科学で、世界を破壊すると言ってました。ウィルスダーという悪人の信者でございます」
「伝説にあります。ウィルスダー兇徒は魔女様が退治したはずです」
「転生とか、憑依です。本人が白状してました。そうでしょ」
カエレンを睨む。ここは、相手も下がれないらしい。
「正直に告白して懺悔もしてます。コジュトーナ様。いつまでも、婚約破棄されたのを根に持ち、いじめるのですのよ、この田舎、いや、令嬢様は」
「ありしひのことぞ、わらわも聞きしに、いまのまさか更生せんとするは承知なり。誤りを謝りておられるゆえ、罪は無きぞ」
聖女も、柔らかな声で言う。
「脅迫されたというのですね。テーファー王、どうですか」
話を振られた王様。落ち着かないように、辺りを見たり、机を目をおとしたり、落ちつかない。
「テーファー王。脅迫しましたか」
「えーと、なんと。いや。無理強いはしておらんぞ。わしも、ここで嘘は重ねん。王女様を追い出す良い考えはないか訊ねただけじゃ」
「パワハラでありそうろう」
コジュトーナは決めたように言う。
「権力で、寄る辺なき他国の姫に悪事をすすめまいったということなりけれ。さらば、わらわが保護いたさん」
親衛隊へ合図すると、長刀を持って立ちあがる女性陣。
「公爵領へお連れしまいる。邪魔する者は桜を愛でる会にたてつくと同じ成り」
(そりゃ、王様も悪いけど。この女は、コジュトーナ様をちょろい、とか言ってたし)
「今一度考え直してください。二つの顔を持つ女でございます」
「ちゃんと誓ってもおられそうろう。他国の姫よ。いまいちど、聖女様のまえで、この前の誓いを言の葉で綴りたまえり」
「はい。もう反省しておりますのよ」
立ちあがり笑顔のカエレン。
「聖女様へお誓いします。ちはやふる天地神明に誓って、いままで大麻は見たこともなかったですわよ」
コジュトーナはは満足そうにうなづく。
「待てや、こらぁ」怒声が響く。
(ぅわ、アケーミ様)
激情的な令嬢だし、早足で近づく足音。
アケーミは紙筒を振りながら、たぶん蟹股だろう、ドレスがヒラヒラ揺れる。
「うそつき姫が、騙せると思ってんか」
ケリーヌの横までくるが、長刀隊が前を塞ぎ、鞘を抜き取る。きらきら刃先が太陽にきらめいた。
「これ以上、コジュトーナ様へお近づきはなりませぬ」
(ほんと、ここがどこか分かってないよね)
「聖女様の御前です。刃物は控えなさい」
つい命令口調になったが、大らかに構えてられないし、仕方ない。
長刀は地面に置いたが、前に立ちふさがる親衛隊。
(アケーミ様も、正義感は強いけど。場所を考えないよね)
「アケーミ様。聖女様へ、発言の許可を」
「そうやな。聖女様。ホントは、秘密なんや。裁きのあとに、このおんな、いや、元王女のことで相談があったんや」
「ユヌムン王国へ近いですね。詳しくご存じのこともおありですか」
「過ぎし日のことは、懺悔しそうろうに」
コジュトーナが親衛隊をかき分けて前へ来た。この二人、会話がかみ合いそうにない。
「論より証拠や。ニートダス様から、おおやけにはするなと頼まれとる」
それでも、しゃーないみせたる、と紙筒から折られた紙を取って、渡す。
「ニートダス様はユヌムン王国のお方でありそうろう。魔物退治の勇者と聞き及ぶ」
コジュトーナは紙を受け取って一読。なにか言いかけたが止めて、空を仰ぐ。
(過去のことだと言い返しそうだけど)
最近なにかやらかしたのか。それなら、この大麻事件しかないはず。
サユリーが取材だとうろついていたが、斜めからコジュトーナへ近づく。
(ちょっかいをだすのかな。でも、この状況だし)
ふざける場面ではないと考えてる間に、サユリーはオペラグラスを取り出して目に当てた。
「身元引き受け証やでー」
大きな声で報告する。
「こしゃくなり」
紙を閉じるコジュトーナ。ひとこと注意することもなく、静かにカエレンを見つめた。どこか哀しみが漂う瞳。
サユリーは親衛隊の間を潜り抜けて、お姫ちゃんは一度捕まってるでー、と読み取れた部分を報告する。さっそくSNS用に書き上げる若い男たち。
「おおやけにするなっちゅうに。あれもおしゃべりや」
アケーミが呆れたように喋るが、いまはカエレンへ一歩近づく。
「たしかに身元引き受け証や。覚えてるやろー。ニートダス様が身元を引き受けとるし、この事件も裁きを受けたのち、責任はあるとの考えだったんやが、もう無理やわ、反省しとらん。素直に裁きを受けるのが身元引き受けの条件やからな」
(なんかしらないけど。いまでも効力のある犯罪らしいよね)
コジュトーナでも弁護できないことらしい。それなのに、カエレンは開き直って強気にでた。
「あの伯爵令息ですの。わたくしの誹謗中傷をSNSでながしてましたわね。虚言癖がありますのよ。この、なんとか証も振られたはらいせでしょう」
「ニートダス様から、婚約破棄をなさったと聞いてますが」
「そういう、女を軽んじる男ですのよ。コジュトーナ様。わたくしを信じてくださり、ありがとうございます」
「この書面もいつわりとはべりやるか。さらば、確かめん」
親衛隊の一人に合図する。
「筆跡鑑定の見習いゆえに、姫の文字も覚えてそうろう。いざ確かめん」
「怖れながら、免状も持っております」
女性は長刀を横に置いて、紙を受け取る。
「わたくしの書いたのを偽造したのですわよ。名前の部分だけコピーしたに違いないのよ」
「すぐ見分けられるでしょ。つなぎ合わせは」
パソコンでの合成とかでないかぎり、不自然さが残るだろう。
「この田舎令嬢が。婚約破棄されたと、ここまでわたくしを苛めるなんて、もてない女ですわねー」
(いや、それはあなたでしょ。なにやら、本性が現れたよね、喋り方に)
カエレンの二面性がおおやけに晒された格好だ。
「ユヌムン・カエレン王女様」
ちゃんとした名前で呼ぶ声はニートダス。
「SNSのホームで待機やないか」
アケーミが振り返り言う。そこまで、打ち合わせもしていたのだろう。若い令息たちと座っていたらしいニートダスが歩いてくる。
「大麻と関わらないのが条件だったんだが」
(条件が大麻。というと)
前にも関係していたと気づいた。
「そうや。男遊びも目をつぶってたんや。ひとかけらの情で、引き取りに来てくれてたんや」
話してる間に、ニートダスがカエレンの前に来た。
「俺では無理だ。身元引き受け人は降ろさせてもらう。それを言うために来ただけだ」
婚約破棄でも、律儀に守りたかった証書だ。
「あの。この際、はっきりと何のことか説明めいしてもらえませんか」
聖女も待っていたらしい。
「ニートダス様。この者の罪状を申せ。ヒバリ女王様からも内密のお願いがきております」
(そういうこともあるんだ。やはり、母親だからかな)
そういうわけでニートダスが説明した。アケーミが持ってきた紙と同じ内容だろう。ユヌムン王国でカエレンは大麻を栽培して捕まったという。それで、婚約者でもあるニートダスが身元引受人になり釈放されたらしい。
聖女は少し驚く。
「何か犯罪を犯した旨はきいてます。素直に裁きを受けたら、引き取りたいとの希望。それを、いつまで誤魔化してましたか」
(やはり、同じ大麻とまでは言えなかったのね。それが親子かな)
「はい。もう認めます。お慈悲を」
「遅いです。庶民にも知れ渡りました。この国で生きて行けると思いますか」
だから、アケーミも内緒にしたかったのだろう。
言われてカエレンはコジュトーナへ目を向けた。
「もはや手立てなし」
そして親衛隊へ言う。
「本日の役目は終わりそうろう。ゆるりとしませり」
長刀隊はやっと笑顔になり、帰路を急ぐでもない。テントの若いのとなにか話す。貴族として顔なじみだ。
「冷たい水があるぜ」
「いつも、そればっかりだし」
しばらくはテントで休憩するつもりらしい。和やかなひとときの雰囲気でも、大詰めだ。




