前夜
王都の八百八丁が夕日に染まる。
藩侯爵家の屋敷へ戻ったケリーヌはワンピース型の部屋着で居間へ座った。木製のソファーは二人が座れる長椅子みたいなものだ。
祖母が封筒を持ってきた。プライベートではサイハーテ地方の訛りがでてくる。
「役人が配りました、給付金。それは、急ですね」
「この時期に。珍しいね」
ケリーヌは茜い色に染まる綿雲から目を逸らして言う。縁側から見える平屋の屋根並みも黄昏を待って佇む。
「その人が言うには、受け取る、庶民も」
祖母は向かいへ座り、封筒をテーブルに置いた。
手にすると、千マニーぐらいの厚さ。令和時代の10万円ぐらいだろう。
「庶民にとっては大金でしょ」
「庶民は百マニー。あります、身分の差が。地区長たちは貰ったらしい、役人の説明では、朝のうちに」
予想できるでしょ、というように顔を向ける
(賄賂がどうとか騒ぎがあったけど。祖母様も聞いてるはず)
「賄賂ではなくて給付金だと、言い訳のためだよ」
明日は王城で会議だし、朝は王様へ麻薬のことで質問もする。なにか思惑があるのだろう。
(庶民へ、ご機嫌取りだよ。遅いってーの)
「王子様が企んでいるはずだけど。庶民が怒ってるのも間違いないから」
「庶民は使う、遊びに。あぶく銭ですから」
「そうかしらね」
一万円は微妙な金額だ。
(贅沢できるけど、まず生活費でしょ)
一マニーでも節約するのが庶民だ。百均と呼ばれる一マニーで売ってる店もあるぐらいだから。
「私は見ました、商店街へいったとき。役人が宣伝していました、消費促進です。すでに居ました、酔っぱらった男たち」
(そういうものか。男は遊びたがるよね)
「王子様は、騒ぎを起こさせたいのね」
「いいのです、そうなっても。アルバートは考えていた。仲間を集めている、それは、王様へ諫言する予定の会議のため」
サイハーテ・アルバート藩侯爵のことだ。祖母は親だから、名前だけで呼ぶ。
「独立じゃないんだ」
「マティルダは提案しました。男爵たちとの経済交流」
各地の町を任されているのが男爵だ。
「母上が。確かに、もっと町同士で繋がってもいいよね」
マティルダは継母の名前だ。貴族らしくなろうとしているのは、知っていた。さずが藩侯爵夫人。織物問屋の長女だし、商売の勘と各地の町に人脈もあるらしい。
「独立は理想。同じ経済効果なら、良いアイデアです、アルバートは経済の覇者になれます、この国で」
(そりゃあね。独立になれば争いが起きるかもしれないし)
そこで思い出した。
「そうだ。革命とか考えてる人がいるらしいよ。父なら、やり兼ねないと思ったけど」
アランの解釈は当たっている気がした。
「革命、それは物騒な。アルバートは考えてます会議のこと。それは庶民参加の議会制を」
「はっきり革命とはいってないけどさ。ジュゲムさんの俳句がそうだって、知り合いが話してた」
「ジュゲム。なんだ、そうか」
なぜか安心した表情の祖母。
(それに呼び捨て。知り合いかしら)
「知ってる人?」
「ケリーヌは返信もしたのですね。分からなくても」
(それも知っていらっしゃるのか。ま、SNSだし。祖母様は読んでいるはずだから。それより)
「私の知り合い? えーと。ハンドルネームではね、分からないや」
「ジュゲムジュゲム……」
祖母が長い文を唱える。
(なぜか懐かしいような。どこかで聞いたような気はするけど)
覚えている祖母にも驚くが、チョースケ、で終わるのに何か引っかかる。
「チョスケーのことかしらね」
弟を思いだした。そして、ある場面が浮かぶ。
「あれっ。母上」
継母が「ジュゲムうにゃうにゃ」唱えるのをなにげなく聞いていたのだ。
「そうですよ。マティルダがいつも唱えていました。妊娠してたときは、お腹をなでながら」
「ナデシコがなんとか、俳句も作ってたけど」
(そうか。そういうことか)
継母としてマティルダなりの、娘との付き合い方だろう。遠くから見守る感じ。
(アランさんが言ってたように、お互いに遠慮もしてたかな)
遠慮していたのは自分だとも気づいた。
「こんど戻るときは、喧嘩もしなきゃね」
「遠慮はいりませんよ。口喧嘩で分かり合うことがあります」
「ちょっと。貴族に拘りすぎだって思うの。母上とか、弟に姉上と呼ばせるなんて、いまどき古いのよ」
尊敬して『様』はいいが、親しくなれば呼び捨てか『さん』が普通だ。
「あれも、頑固です。でも、最近は自分で言ってます。気張りすぎたと。娘から言われたらね。待ってる感じもしましたよ、タイミングを」
「ま、私はサイハーテ家の娘だからね。代わりにと、なにか言いかねないけど」
「あんな男よりは、良い男を探して欲しい、とか。アルバートに前から話してました」
「男を見る目はあるんだ。確かにだね」
マイカルの駄目さ加減は分かっている気がしてたが、それ以上だった。継母が姉貴分として頼れそうな気もしてきた。
継母のことを改めて考える。
(お母ちゃん。母上も優しい人だよ。良いのかな)
子供の特権、わがままと甘えを出してもいいか、と思う。縁側を見れば茜色の雲は色も重くなり日も沈む。 平屋が並ぶ王都八百八丁の東空に月が昇っていた。世替わりを予想もさせる。もうすぐ十五夜。
「相手はいないのかい、デートする月夜に」
「婚約破棄されたばかりだし。母上の期待には応えられないね、いまのところ」
(アランさんなら。そのうちね)
デートでなくても、夜会で集まる若者は多いらしい。それに参加するのは自然に思えた。
・
なにやら楽しい夢をみていた気がする。やけに騒々しいのに目を覚ました。障子越しに灯篭の灯かりが淡く照らす。
(門の前か。酔っ払いかしら)
寝巻の襟元を調えて帯を締めると、隅に置かれた長刀を手にして障子を開ける。縁側と一段下の庭が月明かりで染まる。
玄関から出ると、門番が格子越しに話していた。
「藩侯爵様のお屋敷前でござるぞ。去りなされ」
大きな声で陽気な声が応える。
「楽しい夜でな。月が来た来たよいよいっとくりゃあ」
「ありゃりゃ、ここはどこ、私はだれ」
二人の酔っ払いが門の前で騒いでいた。近づいて格子越しに眺めれば、給付金を貰ったせいか、人通りも多く賑やかだ。
「門へ触れたら、貴族の屋敷へ侵入したと捕まえもできるけど」
「道で騒ぐだけでござれば。放置でござろうか」
無視したほうが良いとの考えらしい。役目としては、主の許可なしで対応もできなかったらしい。
(ほかの庶民たちへも迷惑なのは確かだよ)
「夜中に、大声で騒ぐのは迷惑条例違反ですね。警察へ通報して」
非常用の鐘が備えられている。見回りの騎士が駆けつけるはずだ。門番が詰所へ歩く。
ガシャンッ、重い金属が落ちる音が響いた。
「大きいネズミが捕まったでござるか」
泥棒が罠にかかったのだ。酔っ払いたちも気付いたか、走り出した。
「二人が逃げたよ。仲間だね」
(何人かで計画的に忍び込もうとしてたんだ)
心臓の鼓動が早まる。マイカルと関係があるかもしれない。
「騎士が来るでな」
叔母が縁側から下りながら言う。ネズミ捕りの音は大きく、とくに夜なら鐘のように響く。
「大丈夫でござるか」
騎馬騎士がさっそく駆けつけてきた。
「ネズミ捕りに。仲間が二人、逃走してます」
ほかの騎士に二人の酔っ払いは任せることにして、ネズミ捕りを仕掛けた裏門へ急ぐ。
裏門は表門より簡単な造りだが、普通は使わない、泥棒専用の入口だ。貴族の屋敷では門を潜ると踏み板があり、銅製の網籠が落ちる仕組みになっていた。
月明かりの下で、まだ若いような男の声がした。
「いや。酔っぱらって、間違って入った」
高さ1メートル長さ2メートル四方の箱の中でしゃがむ不審者。徳利を持って飲む。
「酔ってから、鍵は開けられないはずです。壊したの」
知恵の輪を外すように開けるから、昼間でも、外し方をしらないと壊してしまう。
「酔ってるから、罪は軽くなる。条例にもあるときいたよ」
酒のせいにすれば、普通の判断力はないと判断されて罪は軽くなる。
(ファミリーレストランで騒いでいた者も、そういうことだったのね)
「酒を飲むなら十八歳にはなったかしら。それよりさ。何。これ」
ちょっと大きめの箱が転がり、不審者の持ち物に違いない。
「火打ち石セットですね。なにをなさるつもりでした」
「煙草を嗜みますので」
「二十歳からでしょ。そうは見えないけど。それでは、煙草を吸うために三人できたと。酔っぱらって火を扱うのは危ないですよ」
「いや。酔っては。いる。あの二人は」
仲間のことが気がかりらしい。ぜんぜん、酔ってはいないようだ。
「お喋りな方々でしたね。正直に白状しないと、貴族の屋敷へ侵入しただけでも罪は重いです」
(放火ならもっと罪が重いけど。どうかな)
「はい。まだ付けちゃいません。穏便に。藩侯爵様のお屋敷に立ち入ったことはお詫びします」
どうやら、放火未遂で済ませたいらしい。どこか正直だ。
(あいつの差し金かしら。でも、放火の罪がどれだけ重いか知らないんだよ)
庶民には条例を知らない者もいる。目の前の生活に必死だからだ。そういうことも、伝えてあげたいケリーヌ。
「王都に住んでいるの」
「外れのほう。田舎と同じだよ。学院も行かないで畑仕事。給付金も貰ったし、今日は遊びにきただけだ」
(条例も行き届いてないか。目の前だけ整える自己満足で作ってるから)
「だれかに頼まれてたら、罪は軽くなります。誰に頼まれたの?」
「お役人さんです。すぐに消防もくるから、あとはお役人さんが反乱者のせいにするとか」
(騒ぎを起こせば、戒厳令をだせる考えたのね。初心な若者を騙してまで卑怯だよ)
「警察で正直に話すといいですよ。泥棒も未遂ということです」
そして騎士へ伝える。
「サイハーテ藩侯爵家の見解として、三名の情状酌量を希望します。署長にも伝えてちょうだい」
「了解でござる」
なによりも、明日の会見が大事だ。庶民を動揺させることは控えたい。
(この王家は根っこから腐ってるよね。質問じゃなくて、聖女様への要請だよ)
王家の権力剥奪さえ考えるし、当然と思えてきた。
(昼の会議まで待ってたら、また、なにをするか分からないからね)
また、この長い夜になにを仕掛けてくるか分からない。
(おぼっちゃん王子でも、大火事は避けたいはず。結婚や戦争どころじゃないからね)
「消防がすぐ来るとか。そういうのいないかしら。お役人から頼まれて待機しているとか」
「見回り隊も準備はしておるゆえ。怪しいものは職務質問いたすでござる」
「そうだね。事前に捕まえればいいか」
火事への備えは悪くもない。
(騎士たちを信じて任せるしかないか。あしたが大変だ)
風の妖精シルフが、睡眠はしっかりとれ、というように髪をなびかせた。
(あれこれ有った日だね。お母ちゃん、きょうはおやすみなさい)




