不倫女が託児所の所長はありえないでしょ
商店街の一角に、掲示板を備えたブースがある。ホームより賑やかだ。買い物客が足を止め、噂話やお知らせを貼ってゆく、社交場のような場所だ。
その前で、サユリーが弾んだ声を上げる。
「コジュトーナはんが、いらっしゃいはりますえー」
目ざとい彼女に促されて振り向くと、なるほど、ノーンビリン公爵家の令嬢コジュトーナが姿を現していた。落ち着いた着物姿で気品に満ちている。
「やっぱり、子育てに興味があるんだね」
ケリーヌは小声でつぶやく。
近づけば、コジュトーナも、経営者として周りに目配りを忘れないらしく、軽く扇を動かし、優雅に挨拶の言葉を口にした。
「われもまた君に逢はましと思ひきや、めぐるひととき嬉しかりけり」
あいかわらず大袈裟と思いながらもケリーヌは、どこか温かな響きを感じた。
「子育てのことでございますが、庶民の声をお届けしたくてまいりました」
「童のことで心を痛める庶民は多し。さすれば座して語らん」
(また畳座かしら。いやいや、近くに椅子はあるし)
「あちらで」
隅に設けられたテーブル席へ急ぐ。
三人は腰掛けて、話を始める。話題は自然と子育て支援になる。
「庶民にメイドはんもおらんしなー」
「わらわも思いめぐらしそうろうに。童をひととき預けることに、はばからずなりけれ」
「はい。神話時代に保育園というのが有ったらしいです。主婦の方たちも喜ぶでしょう」
それには、首を横にするコジュトーナ。
(なにか不満でもあるのね。決まりでしょ)
「童の躾は親の努めなれば、かような学院とおぼしきものは、いかがなりしか」
「幼いころは親が面倒をすべてみると。それですけど、病気などもございましょう」
「ひととき預ける託児所こそ、わらわが望むもの。ケリーヌ様の思いと、いと近しゆえ」
(気分を悪くさせてもいけないし。まずは、一時預かりからでもいいか)
「婦人会でも話し合われると思います。コジュトーナ様のご理解をいただき光栄です」
(子育てを知らない私が、あまり関わることでもないか。姉貴分たちへ任せるのが一番かも)
アランの言葉はケリーヌのやり方に変化を与えている。
「そうやなー。手続きとかは、あとはお任せてええかなー」
サユリーが話も終わりと腰を浮かせる。
「はしたなきなり。また、立ち居振る舞いをしつけたまうか」
叱られた、という表情でサユリーは座りなおした。しかし、なにか喜んでいる。
(苦手といいながら、ちょっかいをかけたいのだよ。意外と、かまってちゃんだから)
「なんかあるんかー」
「逢いたしと願ひしことを、いまぞ語らむ」
「なにかアイデアがございますなら、婦人会の方たちも喜ぶと思います」
「SNSのからくりぞ、託児所にも必要なりける。よって、所長を支えて行くぞ、そなたたちの務めとなりけるを」
(応用したいのね。むつかしくもないけど)
組織の運営ぐらいは女王として知るべき知識で、習ってもいた。
「お役に立てるなら。所長はコジュトーナ様にお任せすることになると思います。よろしくお願いいたします」
「所長には異国の姫、カエレン姫を備えん」
ケリーヌは息を呑む。
(不倫女で、威張ってばかりの女ができるおかしら)
「素行が、相応しくないと考えますが」
けれどコジュトーナは動じない。むしろ慈母のような眼差しで、理屈を積み上げていった。
「かの姫は国へ戻れぬ事情もありもうせば。過ちを謝りてあるなら、居場所として、役目に就くぞ更生の道なり。わらわがお支えいたす所存」
カエレンに仕事を与え、居場所を整えたいらしい。国を追われた過去を知るからこそ、その再生の場を用意してやりたいのだ。
(コジュトーナ様の考えそうなことだし。決めちゃったみたいね。厄介だな)
「婦人会の意見もあると思いますから。慎重にお選びなさったほうが良いと」
「女王様がしつけたまわってるゆえ。かの姫も心を入れ替えて、きれいな花として咲くらん」
「やはり、錯乱しますよね。いちおうは女王様のしつけが終わってから、お決めになることだと思います」
それには、真面目に話していたコジュトーナがちょっと苦笑する。
「さよう、言の葉に及ばず。されど、サクラン、をどう捉えなさりしか」
「そうやでー。サクランボの花みたいになるという意味やでー」
サユリーが悪乗りしてケリーヌヘ合わせる。
「そなたたちは、思いがとっ散らかっておるな。わらわが聖女様や女王様に取り計らいたまえり。婦人会と交わりて良妻賢母を習うことこそのぞまれり」
(それは聞き流して置こう。そうだね、アランさんが言ってたように、あの女に関わらないほうがいいかも)
「はい。そのようにいたします}
(問題を起こさなければ、もう無視していいからね)
婦人会で議題になれば、庶民の判断に委ねられるだろう。組織の運営をサポートするとなれば、カエレンより立場が上になる。
(あの女が素直に従うかは疑わしいけど)
風の妖精シルフが、おおらかにかまえて、というように、頬を撫でていった。
会見を終えて、サユリーが提案する。
「姫ちゃんは何かトラブルを起こすでー。そのときやなー」
「そうだね。過去じゃなくて、いま問題を起こしたら、コジュトーナ様も考え直すと思う」
女王から与えられた課題にカエレンが応えられるか、ようすをみるしかない。




