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女王様の御来臨

 女王のことを簡単に話すものではない。若い令息たちと話していたサユリーが、ちょっとは真剣に尋ねる。

「代理とおっしゃりはるがなー。貴族へ報告が先やでー。信じられへんなー」

「そっちも、あれだ。隠し子とか過去を詮索しているらしいな。厳しく吟味いたす」

「過去ですのね。認めてくださると」

(やはり、怪しい。子供なら、今も続いている不祥事でしょうが)

「いいでございますわ」

 カエレンは余裕の顔。

「わたくしに従えば、わるいようにいたしませんことよ」

 女王代理の余裕をみせたいようだ。

 そこへ、重厚で規則正しい蹄音が響いた。馬に乗る先導の騎士が伝える。

「女王様、ご来臨――」

 その声に、緊急地震速報が伝えられたような緊張感が走る。

「出直しじゃ」

 マイカルが引き返そうとするが、テラスの前、まるで舞台にすべり込むように、王家の紋章を金糸であしらった四頭立て馬車がぴたりと止まる。

(お坊ちゃん王子は王家の馬車で来てるし、すぐ見つけられるって)

「気づかれたみたい」

 カエレンはマイカルの背に影のように隠れ、わざとらしく息をひそめた。


 騎士たちにエスコートされて馬車から降りた王女。大人の女性はシンプルなワンピース姿が多い。シルクの素材に控えめな紫の線が描かれるのは王族の印だ。

 簡略的なお辞儀を済ますと王女は話す。

「ユヌムンの姫は、こちらへお邪魔ですか」

 この国の空気すらも動きが読めるように見渡す。

「はい。ほんと、邪魔ですね」

「相変わらず、まっすぐなこと。気軽に会いに来て良いのですよ」

 それより用事が先、との表情をした。すでに馬車の上から見つけていたらしいカエレンに声をかける。

「男爵領と貴族名の写本、終わっておりますね?」

「はい、いえ、その、あとから……」

「では、四十七の男爵町名、いくつ記憶されています?」

(それは、住みながら覚えるものだし。この女が覚えられたら、褒めてあげるけど)

 だが、カエレンはすでに目を伏せていた。知識も装飾に使うためにあるようだ。

(ほんと、女王って大変だよ。貴族のことはすべて把握するのが基本だからね)

「庶民の四コマ漫画にいちゃもんをつけに来ただけですね。女王様の代理とか」

「頼んでません。本気でないなら、自国へお帰りなさいませ」

 女王の声には、甘さも優しさもない。その厳しさが王様と互角の地位を証している。帰れるはずのない勘当王女。

「……はい。これから写本をしに戻りますから」

 そう言いながらも、カエレンはちらとマイカルを見やる。何か、救いの言葉でも欲しかったのだろう。

「いや、王族を揶揄するような絵を」

「ファンタジーです。庶民の楽しみを王家が潰せば、聖女様からお叱りを受けますよ」

「……それは。うむ、今日は行き過ぎておったな」

 マイカルは、母に叱られた幼稚園児みたいに、ぴたりと黙った。実際そうなのだが、一応は王子も大人だ。

(なんてったって聖女の影響力が強いから。世界の広がる組織だからね)

 神話時代では、聖女の団体はネットのサーバーとか宗教と呼ばれていた存在だ。マイカルも王女から聖女を出されては従うしかない。

 世界を陰で支えるのは聖女と魔女だ。古代AI時代の科学と知識を保存しており、魔法として使っていた。


 マイカルとカエレンが王城へ戻ると、女王は周囲をゆっくりと見渡した。そして、掲示板の隅で紙を整理していた絵師に目を留める。

「ワジャヤンさん。あのイラストの原画をご存じですか?」

「はい、ええと……知り合いの絵師がウミパタ王国におりまして……」

 声が泳ぐ。言葉が慎重に選ばれていく。

(正直には言えないよね。王様が裏で手配したって、庶民から言えるはずないし。ワジャヤンさんが代弁するのも無理)

 だが、王女は空を見上げ、わずかに目を細めると、にっこりと微笑んだ。

「忠義とは美しいものです。罪はありません。お好きなイラストで、庶民を楽しませてください」

「は、はい……ありがとうございます」

(あの仕草……気づいたのね。王様が裏で頼んだこと)

それ以上は詮索しない。そういう優雅さこそが王女。

 カエレンが本当に王女になる覚悟があるのかは――正直、疑わしい。けれど、正体不明の武器に怯えることはなくなるはず。

(SNSの邪魔をしなければ、ね。スキャンダルまみれのくせに、庶民に愛されようなんて思わないことよ)

 だがその日、女の醜態よりも――遥かに大きな“世界の歪み”が、静かにほころび始めていた。










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