カエレンが女王代理と称してSNS乗っ取りを企む
絵画協会は4コマ漫画に乗り気だった。
「庶民ってのは、毒の中にある花を好むんですな」
ワジャヤンは、くすぐったいような口調でそう言い、仲間が描いた漫画に群がるコメントを読んで上機嫌に鼻を鳴らした。四コマ漫画という形式に、皆が魔法でもかけられたように夢中になっていた。オチは、蒸気機関を持つ者が煙に巻かれて笑いを誘うのが定番にもなっていた。
「どこかのお姫様も、悪役令嬢として人気だよね」
(そういうものか。悪いイメージも消えるかな。ちょっと想定外だけど)
コジュトーナの仲間も多い。カエレンを悲劇のヒロインとして、同情を呼ぶ作戦だろう。
「けったいなもんも、出てきよるなあ……」
サユリーがスレを指差す。そこには砲塔を被った、ほとんど戦車のようなドレス姿の令嬢が、恋敵を駆逐する場面が描かれていた。
「乗り物のギャグもあるでー」
「ほんとだ。乗ってた貴族らしいのが煙に巻かれて大騒ぎしてる」
窓を開けていたら、そうなる。実用にはまだ遠いとも予測させる機関車だ。
(これで、武器という怖い印象は消えると思うけど。不倫女をギャフンと言わせるには充分じゃないよね)
王様が関わるというのも気にはなっていた。
蹄の音が響き、道路を見ると、マイカルが予備の二頭立て馬車でやってきた。塗装の剥げた銀縁が、正式な訪問ではないことを示している。
「また、来たわね」
「そうやなー。乗り物とバレたからかー」
「匿名の情報にすればいいよ。写真は真実だからね」
縁から立ちあがりながら話す。
降り立ったマイカル王子は、相変わらずの良い格好しいだ。肩の動きひとつにすら芝居がかって、自信をまとって歩み寄るさまは、歩道を舞台の花道と勘違いした役者。
カエレンが、馬車の座席で妙に澄ました顔で座っている。
「騒いどるな」
マイカルは、困ったように眉を寄せた。しかし、その声には舞台の台詞のように計算された響きがあった。
「漫画で王家を侮辱するのは、法律違反であるぞ」
語尾のひとつひとつに、「威信を持って」と書かれた台本を忠実に読む雰囲気がある。
「漫画、作り話でございますよ。乗り物を武器にする話に、何か心当たりがおありで?」
ケリーヌは涼しげな微笑みを浮かべた。
「世間を乱すからじゃ」
マイカルの声が少しだけ尖る。その鋭さは、むしろ図星を突かれた痛みに近いだろう。
(そっちが先に、“これは武器だ”と騒ぎ立てたくせに)
ケリーヌは、チェスの駒を動かすように言葉を選ぶ。
「庶民の暮らしに口を挟むのも、王子様の職務にございますか? 女王様がなさるべきことでしょうし、治安の監督ならば警備の騎士にお任せするのが筋では?」
トラブルは騎士たちが取り締まっていた。取り締まるのは現場の人間たちである。
「そのようなことを言えるのも、もう終わりじゃ。カエレン、来られよ」
気取った手の仕草で招くと、どこか演技がかった気配を引き連れて、カエレンがゆっくりと馬車を降りて来る。
まるで何か宝石でも隠しているかのように、ひと呼吸ごとに間を溜めて話す。
「わたくしの高貴さが分からぬとは、まことに嘆かわしき。ならば、女王様のご威光を仰ぎしわたくしが、その代理として忠告してさしあげましょう。ありがたくお聞きなさいませ」
(なにか変な茸でも食べたの?)
「誰がよ。そんな話は、結婚してからにしていただける?」
ケリーヌの言葉は絹のように柔らかく、だが芯には鋼の棘を宿していた。
「まあ、なんて乱暴なお言葉でしょう。田舎令嬢には“順序立てて話す”という習慣もないのですのね。哀れですこと」
カエレンが両手を口に当てて笑うが、唇の端はわずかに歪んでいる。
(話がとんでるのはそっちでしょうが)
「だって意味がわからないことばかりおっしゃるんですもの。あなたはね、まず“王族としての再教育”が必要ですね」
声の調子は丁寧だが、このまえの続きで、やりこめたい。
「なにを偉そうにおっしゃるのかしら。身の程を弁えなさいませ。腐っても鯛――その言葉、まさに私にふさわしい。ユムン王国が誇る第一王女、カエレンとはこの私のことよ!」
(勘当されたとはいえ……プライドだけは顔をだすのね)
モグラたたきみたいなものだ。
「次期女王とはいえ、即位はそう簡単に決まるものではありません。女王様の許可は得たのですか?」
「いまは非常事態である!」
マイカルが割って入る。声は少し震えていた。それは怒りではなく、計画が崩れかける焦燥からだろう。してその震えを、風の妖精シルフがひとひら運んで、スレの紙を騒がせた。
「わたくしが話しましてよ」
カエレンは秘密を打ち明けるように自慢気な表情。
「王女様の代理として、伝えましょう。国の秘密を守るため、わたくしがSNSは管理してよろしくてよ、これは、非常事態ですから、王子様からの命令でもありますの」
「ほほう、なんのことかしら。すぐばれることが秘密なの」
「言葉を慎むと良い。王女様の代理として、カエレンが忠告しに参った。国の秘密を公開して、庶民を惑わせた罪は重い」
「それは、王子様ではございませんか。ありもしない戦争を騒ぎ立てるとか」
「あらま。反抗なさるのね」
カエレンが妙に格好つけて、辺りを見回す。
「いまからすぐに、騎士を連れて来れますのよ。取り調べを受けてもらいますけど。関わる方々も事情聴衆のため、身柄を拘束する権限もありますの、それはわたくしが女王代理だからでしてよ」
マイカルも手を広げて大袈裟に演技する。
「カエレンを認める者は、ひれ伏せよ。さらば、罪から逃れるであろう」
「勝手なことをなさると、聖女様が黙ってませんよ」
「取り調べは自由じゃ。聖女様も細かいことまでは口を挟まないであろう」
(そうだよね。小さなトラブルにはかまっていられないのが聖女様だから)
どさくさに紛れて、マイカルとカエレンはSNSを勝手に使いたいのが本音らしい。




