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絵師が語る王様の秘密

 向かいの家から子供の声も聞こえる、静かな昼下がりだった。長屋の一角、板塀に包まれた軒下に、古びた木札が一枚――「絵師ワジャヤン」筆の跡が風にかすれている。

 ケリーヌは、かすかに汗をにじませながら引き戸の前に立ち、涼やかな声で告げた。

「サイハーテ侯爵家のケリーヌと申しますが、ご在宅でいらっしゃいますか」

 戸は、がたごとと音を立てて横へ滑った。きしむ音が、長年の重みを語っている。

「おや……これはこれは、令嬢さまが。こんなむさ苦しい所へ」

 現れたのは、墨染めの作務衣を纏った男――髭をうすく蓄え、指先には絵筆の癖が宿っている。

「かまいません。少しだけ、お話を伺えれば」

 促されるまま、ケリーヌは軒下の影になる長椅子へ腰を下ろした。昼の陽ざしは砂利が土に埋もれた道を照らす。もう初夏も近い。

「ジョーキキカンについて。ワジャヤンさんが描かれたのでは、と思いまして」

 その名を告げたとたん、風が一度止んだ。子供たちの騒ぎも一瞬止んだ気がした。

「……ええ。世間がたいそう騒いでおられますな。まあ、王様から金もいただいておりますし、詳しくは申し上げかねますが」

(依頼人の名は伏せたい。けれど、王様のことを言っている。しゃべりたい気持ちが透けて見える)

「王様から、直々に?」

(お坊ちゃん王子じゃなくて、王様!xc)

 問いながら目だけが真っ直ぐに射る。そして目を伏せる。目力が強すぎて、恐縮されても困る。

「はい、ひと月ほど前に。すでに今出回っている“写真”のようなイラストを見せられましてな。『このような乗り物が、異国から来るらしい』と」

「知っておられた、乗り物だと……?」

「それを、できるだけ“武器”に見えるように、と申されまして」

 絵師の声は、どこか乾いていた。義務と良心のはざまを往復する舟のように、ゆっくりとした揺れを帯びている。

「神話時代のコミックを参考にしました。火と煙を吐く、大砲だの鉄砲だのいうらしいですがね。

 火炎放射器は無いし、ケリーヌもなにと表現したらいいか分からない。兵器とか武器だと受け止めた。

「そういうわけですか」

 ケリーヌの口元には笑みひとつなかった。ただ、その目の奥でなにかがきらめく。

 それは怒りではなく、確信という名の静かな種火。

(ひと月前から王様が知っていた。しかも“乗り物”と分かったうえで、“武器”として描かせている。しかも、それを庶民に隠して……)

 冷たい風が足元をかすめた。

 それは、王家が撒いた霧のようだった。乗り物に、恐怖の衣を着せ、庶民の心を操る――情報とは、絵一枚で表情を変える。


 風のない午後だった。長屋の軒先には、ほこりと静けさとが交じり合い、まるで時さえ筆を止めて様子をうかがっているかのよう。

 ケリーヌはサユリーを真似て、悪戯っぽい微笑みで、そっと尋ねる。

「その……イラストの話だけでしょうか。ジョーキキカンのこと、どこから持ち込まれた話なのか……お心当たりは?」

 問いかける声は小鳥のさえずりほどにやさしく、だが耳には棘のある響き。

 ワジャヤンは、ふぅ、とため息をひとつ落とすと、襟元を指先で掻いた。

「それですか……いやはや、やはり話すべきか」

 まるで秘密を落とす前に風に頼んで封印してもらいたいかのように、彼は声を潜める。

「ウミパタ王国からの“協力のお願い”といった書簡が添えられておりました。難解な文字ばかりでしてな……ただ、その乗り物には“レール”というものが必要らしく。テーファー王国の領地へ線を引き、乗り入れるための工事をお願いしたい――そう、書かれていたように思います」

 ケリーヌは、ありゃあ、というふうに仰け反る。ちょっと大げさに驚いたが、母親の真似をしているうちに癖になった。

「ひと月前に……女王様には届いてない情報ですね」

(なら、私に話があってもよかったはず。外交だから、と考えたのかしら)

 陽ざしはなおも穏やかだが、心の中には薄い氷の皿が張られていた。

 ワジャヤンは肩をすくめて、どこかのほほんと笑った。

「最近の騒ぎを見れば、ジョーキキカンを“武器”に仕立てて、戦の口実を作ろうと……そう思えてしまうのです」

 秘密も話せば、ケリーヌが味方だと分かったらしい。

「飛躍してるよね。私などは、単に交通ができて便利になればと思ったのですが」

 しかし、その目の奥に映る光は、庶民らしい猜疑と皮肉をまとっていた。

「庶民も王様の欲には、みな気づいておられます。ジョーキキカンでウミパタ王国の権力が強くなるのを警戒したのでしょう」

(たしかに。王様ならやりそうなことだよ。外交だからと、女王様には内緒にしてたのね)

 女王にすら知らせず、外交の名のもとに動いていたというのなら、それはもう――陰謀の香りだった。

「王子様が言いふらしている戦争は、王様が指揮しているということかな」

 その言葉はケリーヌの中で、重く確かな鐘の音となった。

「ええ。王様は、あの乗り物が破壊力をもつならば、それも一興……とお考えのようでした」

(不倫女をざまぁする以上に、大きな事件の幕が……上がりそう)

「直接に批判するのは……危険です。ですから、風刺漫画のような形で表せれば」

 その提案に、ワジャヤンは口角を持ち上げた。

「四コマ漫画を得意とする仲間がいます。話してみましょう。掲示板に載せるくらいなら、多少の火種で済むかもしれませんしな」

「助かります。ジョーキキカンを、ユーモアで包めば……庶民の武器へ対する恐れも薄れるはず」

「はい。どんなに酷い現実も、娯楽に変える。それが絵師の仕事ですから」

(でも、王様が絡むとなると、これは想像以上の大ごとになりそう。ま、いいか。自分が蒔いた種でしょうから)

 白い紙の面が、まるで新しいキャンバスのようにひらかれている。遠くで風が揺らした洗濯物が、鉄と煙の獣のように宙をはためいた。

 彼女の胸の奥に、小さな炎が灯る。風刺という名の火――それは誰よりも、真実に近い言葉を求めていた。

(王女様にお知らせしたほうがいいかな。でも、王様にワジャヤンが話したとばれたら、ちょとまずいかも)

 たぶん、内密に、と約束もしているはず。あくまでも、SNSの情報で手に入れたとしなければならない。



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