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公爵家の令嬢が敵に回ること

 ケリーヌは縁側で、郵便馬車が届けた一通の葉書を読んでいる。アイボリー色の上質紙だが、肌触りが神話時代の紙幣と似ている。

 畳座で若い貴族たちに、お茶菓子としてカステラを配っていたサユリーが、縁側の檜の床をすべるように来て隣へ座る。

「個人的な手紙なんかー」

「コジュトーナ様が、会いに来るそうだよ」

 ケリーヌは言うと、これ、というように見せる。風の妖精シルフが、葉書を花びらのように震わせる。

 ノーンビリン公爵家の令嬢コジュトーナは王家の親戚でもあり、ケリーヌへ細かいことも口をだす煙たい存在だ。

「苦手やわー。明治(アケハル)商店街のオーナーでっしゃろー」

 サユリーも苦手のようだ。スポンサー企業の女主人で、SNS界隈でも影響力がある。

「いにしえのならいこそが真の文化人」と信じて疑わないのがコジュトーナだ。

「神話時代の良妻賢母が口癖だし。伝統を、あなたのためって押し付けるんだよ」

 女性の務めは家を整え、子供を躾けることにある”という思想に基づいた理想像を持っていた。サユリーが、大丈夫、というようにうなづく。

「そうやなー。もうやかましく言わんでくれるやろか」

 王家とは縁が切れたことになるから、小姑みたいに勝手口の隙間から、鋭く、細かいことも逃さないように、いつも見張っていることはなくなるだろう。


 古代史に記されているのを思いだす。主導者エーアイ治世の末期、カガクという魔法を捨て、『明治時代』の模写を目指した人々が増えたという。平安時代からの風習が世界的に広がっていた。

(さすがに武士っていうのは見たことないけど。騎士みたいなものらしいよね)

 明治の読み方を知らなかった当時は、アケハルと理解して、都市や商店の屋号、果てはファッションにまで根を張った。それがアケハル様式ジャポネ文化だ。


「スポンサーの話かな」

 ケリーヌの声は静かに曇る。婚約破棄の話が巡り巡って、広告主のご機嫌にも波及する可能性がある。貴族たちの間でスキャンダルは、水ではなく油として撒かれるのだ。

「えにしが何とか話してるしなー。義姉が一人で決めることもないやろー」

 サユリーの兄が、コジュトーナの夫。婿入りして以来、義妹として会う機会も多いらしい。苦手なところはケリーヌと同じように感じていた。

「そうだね。ただ、難しいことをお話なさるから」

 敵対するほどではないが、公爵家の令嬢として知られているし、影響力はある。

「おだてて追い返そうかー」

 サユリーが義姉の扱い方は慣れているように言う。

「逃げはしないから。お昼前にいらっしゃるはず」

 ケリーヌはサユリーに見せた手紙を膝に置いた。トリノコ紙のシルクみたいな光沢からハーブミントの香りが微かに漂う。書かれた文面がコジュトーナの性格を著していた。

『久方の月日を経て、参りそうろう。心にかけしこと、ふたつばかり有りしゆえに』

 古語に似ているが、これはジャポネ語の訛りだ。中世ヨーロッパ風の貴族と着物姿の人々が普通に歩き、天守閣のある城も西洋風の城も存在する世界で、コジュトーナの古風な言葉も普通に使われていた。


 正午前にテラスの前へ小型の私用ほろ馬車が停まる。ケリーヌとサユリーは出迎えだと縁側の前で待つ。

 侍女がエスコートして降りたのはコジュトーナ、二十六歳。落ち着いた淡い紺色の着物にえんじ色の帯。結い上げた髪のカンザシに桜の花びらを付けたような飾りがあり、若い女性だと主張している。

 出向かえるケリーヌ。両手を前に揃えてお辞儀する。

「本日はお日柄も良く」

(あっ。違ったかな?)

 行事の日程を決めるときに聖女が日付を定める。それで、良いお日柄になり、公式な集まりでは挨拶代わりだ。

「かかる良きは、袖引きて、うるむ思ひなれ」

 お辞儀を返してくれたが、やはり一言あるようだ。

「お目通りに日柄を選ばず。さすれば「かくも御前にて相まみえ候ふこと、夢のごとく嬉しゅう存じます」と言の葉を綴るべし」

(ぅわ。余計なことを言っちゃったかな)

 ここは、気を取り直して話す。

「はい。それでご用向きをお伺いしてよろしいでしょうか」

「ウグイスは 空に舞いしか 梅の花 咲くを待つなり またぞ問はまし」

 座って話す暇もないのなら、出直そう、と言っているのだ。

(うわっ。うわっ。和歌で返してきた。えっと。あっ。立ったままじゃ失礼だよね。挨拶だけで疲れる)

 それで、まずは座敷へ案内する。

 コジュトーナは、すーっ、と裾を待ちあげて軽く縁側へあがる。

(自然にあのような真似ができないよね。浴衣は着たことあるけど)

 座りながら膝を曲げて、くるっ、と回るのがケリーヌのやり方。色香も上品さもない。

「お座布団を」

 サユリーは挨拶だけと決めたか、若い貴族たちのところへ急いでいく。

「スレ板のことでなー」

 なにやら仕事みたいなことを話す。さすが逃げ方を知っている。

「お務めとあらば、作法のほつれも、世の習いにてございましょう」

 コジュトーナは、心にかけしこと、を話したいようだ。向かい合い座布団へ座り、ケリーヌも指を膝へ揃える。

(正座も窮屈だよね。長話をするのかな)

「マイカル王子の心の移ろいは、まこと、男というもののさがなりしか。さりながら、まことに口惜しき結びとなりしこと、わらわもまた、もの思いの波にたゆたいて底に沈みてそうろう」

(えっ。そんなに! 大袈裟な表現になるお方だけど)

「お気遣いしていただき、ありがとうございます。私も仕事が生き甲斐。これからはコジュトーナ様のお言葉を肝に銘じます。お世話になりました」

(はい。これで終わりかな)

 婚約破棄になったから、小姑みたいな女性と会う予定もないはず。

「ながの暇を描かりたまうか。あの他所の空の姫君ぞ、心にかかりしなれば」

 カエレンのことを話したいらしい。

「不倫してましたし。戦争がなんとか騒いでおります」

(それを忠告したいなら、話をするのも分かるよね)

「ありし日の過ちを謝りてあるぞ人なり。あの姫君にも良妻賢母を植え込まん」

(そうなるのか。やっぱり、子分にするつもりだよ。あの女が変わると思えないけど)

「庶民が判断してくださるはずです。次の女王と名乗っておりますが、時期尚早だと」

「そのことでケリーヌ様も仲たがいせず、見守るのがヤマトナデシコの心得でありそうろう」

 SNSのやり取りを避難してきた。

「コジュトーナ様のご趣旨は分かりました。ただ、下がれない意地もございます」

(虚仮にされて、あなたが大将と言えるわけもないでしょ)

「頑固なるは親譲りになりけるか。わらわは、あの姫君こそ、うるわしき花のごとく思はれ、心より支え申さむとぞ」

(敵に回すと厄介だけど。ここで船を降りるわけがない)

「新しいもめ事が起こらないことを祈ってますけど。きょうの出会いを聖女様に感謝して」

 聖女様に感謝は、話もお終いという合図だ。

「えにしゆえに、また、近き日にまつ毛の交わる日を」

 会うのも縁だから、また会いましょうと話す。

(何か、あの女のことで聞けるかも)

「公爵家の王都屋敷へうかがいますので」

(用事があるならね。ぅわっ、足が痺れて来る)

 分かることは、コジュトーナもSNSへ参戦しているということ。『桜を愛でる会』という親睦団体を持ち、庶民にも影響力の強い組織だ。

(あの女がなぜ。もしかしておぼっちゃん王子が紹介したとか)

 あり得る。口うるさいが、頼られると面倒見は良いのがコジュトーナ。だらしない人間ほど、お支えもうして、などとしゃしゃり出てくる人だ。露骨にカエレンを応援するだろう。


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