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03:王様と猫と国民

 


 声がしたのは、城下街の一角にある公園。

 慌てて駆け付ければそこには十数人程の人だかりが出来ており、その中央には一匹の猫を抱えた若い男性が立っていた。

 フェリスは用心深くフードを引っ張り目元を隠しつつ、ガトもまた帽子を被り直して集団の中にそれとなく加わる。


「見ろ、耳の内側に印が付いていない。まだ陛下のもとに連れて行っていない猫だ!」

「本当だわ。まさか城下にまだ捕まえていない猫が残っていたなんて」

「随分とすばしっこかったがようやく捕まえられたか。罠にも掛からないし、餌にも食いつかないし、今夜はもう駄目かと思ったよ」


 まさに老若男女問わず、猫を囲んで話す。

 捕まった猫は今はすっかりと大人しくなっており、まるで好きにしろとでも言いたげではないか。

 黒と茶色が混ざり合った、錆柄の猫。夜の暗がりに溶け込みやすかっただろうが、捕まえた男曰く、水を飲んで油断していたところを捕まえたのだという。

 猫も猫で一日中追いかけ回されて疲れていたのだろう。あるいは人間のしつこさに観念したか。


「猫を捕まえたら夜中だって王城に行って良いんだよな。今すぐに行くのか?」

「あぁ、この時間なら陛下に謁見できるかもしれない。それに明日まで待って突然撤回されても困るからな。今回こそ減税の訴えを聞いて貰うんだ」


 決意を宿した男の話に、周囲が「頼んだぞ」「頑張って」と鼓舞する。

 そんな中、「えっ」と小さく声をあげたのはフェリスだ。だが慌てて手で、もとい、手を隠す長い袖で口元を隠す。

 フェリスの問いを代弁するため、ガトがそばに居た女性に声をかけた。帽子を目深に被り、コートの襟で顔を隠しながら。

 幸い、この公園は街灯も少なく、周囲を照らすのは差し込む月明かりだけだ。声を掛けられた女性も、まさか隣に居るのが王の補佐と、そして減税の訴えを無視して猫探しを命じてきた王だとは思いもしないだろう。


「猫を捕まえて減税の訴えとは?」

「あら、あなた知らないの?」

「えぇ、実は今日この街に来たばかりで。猫探しのことは知っているんですが」

「猫を捕まえれば王城に行けるし、陛下にお会いできるかもしれないの。そこで減税の嘆願書がどうなっているかを聞こうって皆で決めているのよ。……といっても、まだ一人として返事を貰えていないんだけど。猫頼みなのは情けないけど、こうでもしないと私達の訴えはいつまでたっても蔑ろだわ」


 猫頼みは情けないが、むしろ猫だろうと利用する。自分達の生活のためだ。

 そう話し、女性は「減税が通ったら服の一着も買いたいものだわ」と苦笑した。見れば彼女が着ている服は随分とよれており、つぎはぎが目立つ。

 だがこの場にいる誰もが、古着を纏うガトとコシュカも含めて、皆似たり寄ったりの服装をしていた。


 ……フェリスを除いて。


 その事についてフェリスとガトが何か言おうとするも、それより先に、猫を捕まえた男が「誰か金が必要な奴はいるか?」と声をあげた。

 彼を囲む者達が互いに顔を見合わせ、「誰か知っているか?」「うちも近所もまだ大丈夫よ」と話し合っている。


「金っていうのは懸賞金のことですか?」

「そうよ。猫を捕まえると懸賞金を貰えるの」

「懸賞金は猫を捕まえた彼のものでは?」


 猫を捕まえたから金を得て好きに使う。そうではないのか。

 ガトが問えば女性が肩を竦めた。「誰も困ってなければそうね」という返事は溜息交じりだ。


「でも直ぐにお金が必要な人だっているでしょう。食べるものが無かったり、病気で薬が必要だったり。そういうひとにまずお金を渡さないと」

「確かにそうですが……」


 ガトと女性が話をしていると、その近くに居た一人が「なぁおい!」と猫を抱える男に声を掛けた。


「俺の向かいの家に厄介な持病持ちの娘さんがいるんだ。専門医に見せないといけないんだが国内には居なくて、数年前までは医者が来ていたが外交が滞って来られないらしい。薬で凌いでるって言ってたがその薬も値段が高くて困ってる。少し融通してやってくれないか」

「本当か? よし、それなら懸賞金はその家に渡そう。戻ってきたら案内してくれ」


 二人の意見が合致し、周囲も良かったと安堵の表情を浮かべている。

 そんな二人に「ねぇ」と別の女性が声を掛けた。

 日中、王城に猫を連れてきた女性だ。傍らにはあの時に一緒に居た男性も居る。


「薬で大丈夫なの? いっそ医者のところに行った方が良いんじゃないかしら。私達も今日猫を連れて行って懸賞金を貰ってきたのよ。街外れの孤児院が食事に困ってるっていうから渡したけど、まだ少し残っているわ」

「これも合わせたら、家族全員とはいかなくても親と子二人の旅費にはなるんじゃないか」

「そうだな、医者に見せれるならそっちの方がいい。それじゃあ決まりだ。まずは猫を届けてくる!」


 善は急げと男が猫を連れて公園を去っていく。

 彼を囲んでいた者達も自然と解散し、彼の戻りを待つ者、夜も遅いからと帰宅する者、まだ他に猫が居ないかと探し始める者とそれぞれだ。

 フェリスとガトが立ち尽くしていると、先程まで話していた女性が声を掛けてきた。


「私はもう少し猫を探すけど、貴方はもう帰った方が良いわ。背負ってるのお嬢さんでしょう? 寒い中連れ回したら可哀想よ」

「お嬢さん?」

「そうよ。背中の子。ぐっっすり眠ってるから早くベッドに連れて行ってあげて。それにそろそろ雨が降りそうよ。夜に連れ回してそのうえ雨にうたれたら風邪を引いちゃう」


『背中の子』とはコシュカの事を言っているのだろう。

 ガトに背負われた彼女は既にぐっすりと眠っており、背負い直すために軽く揺らしても起きる様子は無い。


「そうだ、私、傘を持っているから貸してあげるわ」

「いえ、借りるわけには」

「背中の子のための。私はこの公園の近くで喫茶店を開いてるの。暇な時に返しに来てくれれば良いから」


 押し付けるどころか強引にガトの鞄に傘を引っかけ、女性が去っていく。

 そんな彼女にガトが感謝の言葉と共に軽く頭を下げる。

 つられるようにフェリスも頭を下げ、足早に公園を出て行った。




「猫を連れた男性はまっすぐに城に向かうはずです。猫を洗う時間はありますが、急いだ方がいいでしょう」

「…………」

「……フェリス陛下?」


 ガトは急いで帰路を辿るが、対してフェリスの足取りは遅い。挙げ句に道の途中で足を止めてしまった。

 周囲には街灯も少なく、暗い中に大きなローブを頭から被るフェリスはまるで彼自身が影のようだ。

 ガトが案じて近付こうとすれば、歩み出した足元に水滴がポタリと落ちた。


 雨だ。


「陛下、雨が降ってまいりました。傘をお使いください」

「……いや、傘はガトが使ってくれ。コシュカが濡れてしまう」

「そんな、陛下を濡らすような真似は」

「こんな遅くまで僕のわがままで連れ回したんだ、そのうえ風邪を引かせるわけにはいかない。……だから使ってくれ」


 フェリスの口調は落ち着いている。むしろ落ち着きを通り越し、無感情にさえ聞こえた。

 彼に言われてガトが傘をさした。コシュカが濡れないように後ろに傾け、フェリスにも傘に入るように促す。

 だがフェリスは近付くことなく、ただその場に立ち尽くしていた。


 次第に雨脚が強くなっていく。

 通り掛かった者達が不思議そうにフェリス達を見るが、皆雨から逃げるように足早に過ぎ去っていく。


 そうして周囲に誰も居なくなり霧のような雨が周囲に満ちた頃、フェリスが話しだした。


「てっきり、みんな懸賞金を自分のために使っているんだと思っていた。豪華なものを食べたり、遊んだり。誰かのことなんて考えずに、自分がただ楽をして、楽しく過ごすためだけに……」


 自分だったらそうするから。否、自分はそうしていたから。

 だが実際はどうだ。

 国民達は苦労の末に得た懸賞金を分け合っていた。まるでそれが当然のように、それどころか、赤の他人なのに助かって良かったと喜んでいた。

 自分達だって重税に苦しんでいるはずだ。現に誰もがつぎはぎや汚れの目立つ服を着ていたではないか。

 なのに迷うことなく他者に手を差し伸べていた。


 彼等が猫を探すのは、困っている誰かを助けるため。

 けっして、自分達の訴えを無視してわがまま三昧に過ごす暴君のためではない。


 ……本当なら、自分が誰より先に困っている人に手を差し伸べなくてはならないのに。

 いや、その考えだって酷い驕りだ。

 彼等を困らせ苦しめているのは、他の誰でも無く…………。


「もしも僕が猫になってしまったら、この国はどうなるだろう」

「……隣国に吸収されるかと」


 小さなこの国が平穏無事に残っていられるのは、先代王と王妃の人徳あってのものだ。

 品行方正で慈愛に満ちていた王と王妃は常に他者のことを考え、他国で問題が起こるとどの国より先に手を差し伸べていた。大小問わず、それどころか無関係な問題にだって真摯に対応し、彼等の世話になった国は数え切れぬほど。

 不慮の事故で命を落とした際にはどの国も哀悼の意を表し、占拠しようなどとは誰も考えず、あの国を彼等が愛したままにと考えていたのだ。


 だがその国が次第に影を落とし、挙げ句、王が呪いで猫になれば動かざるを得ない。

 先代王と王妃への感謝の気持ちがあるからこそ、取り込むことで守るのだ。


 そうガトが話す。

 フェリスはただ静かに「そうか」と返すだけだ。目深に被ったローブが雨に濡れて重さを増し、彼の顔をより覆い隠す。


 そうしてしばしの沈黙の後、フェリスが再び話し始めた。


「……この国で生きる人達にとっては、僕が王で居続けるよりもそっちの方が幸せなのかな」


 雨音に負けそうなほど小さい、一切の感情を感じさせぬ抑揚のない声。

 この問いにガトは小さく息を呑み、辛そうに目を細め、それでも口を開いた。


「その方が幸せでしょう」


 静かで、それでいてはっきりとした返事。

 告げる事にこそ躊躇いはあったものの、告げた内容に関しての躊躇いは一切感じられない。


「……フェリス陛下、ですが」

「嫌な質問をして悪かった。もう城に戻ろう」

「貴方はまだ幼く、これから」

「早く戻らないとコシュカが風邪を引いてしまう」


 この話はもう続けたくない。そんな声にならない訴えがフェリスの言葉には込められている。

 察したガトはこれ以上言及することが出来ず、「かしこまりました」と静かに返し、再び城までの帰路を歩き出した。





次話は20:22更新予定です。

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