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01:わがままな王様と猫の呪い

 


 とある小さな国に、たいそうわがままな王様がいました。

 国民の訴えを何も聞かず、政も外交も面倒臭いと臣下に押し付け、豪華な食事と遊びに呆ける日々。

 五歳という幼さで両親を亡くし、何も分からず玉座に着いた王様。

 彼の境遇に誰もが同情を寄せていましたが、あまりの王様のわがままさに国内の情勢は悪くなる一方。


 一人また一人と信頼を無くし、五年も経つとすっかりと国民の気持ちは離れてしまっていました。



 これは、そんなわがままな王様と、二人の臣下と、そして七匹の猫と、一匹の不思議な猫のお話。





「フェリス陛下、新たに国民から減税の嘆願書が届いています。それと外交の予定も立てて頂かないと困ります」


 大量の書類を手に溜息交じりに告げてきたのは、小さな国の王様フェリスに仕えるガト。

 先代王の頃から側近として仕えている彼は、最近黒い髪にちらほらと白髪が増えている。老いの白髪にしてはまだ早すぎるので、わがままな王を支えることの心労だろう。

 そんなガトの言葉に、玉座の肘起きに足を載せてだらしなく寛いでいたフェリスがパタパタと手を振った。


「適当に済ませておけ」

「そうやって蔑ろに……。良いですか、まだ若くても一国を背負う者としての務めを」

「あぁ、また始まった。煩いなぁ。適当にやってくれれば良いのに。それよりコシュカは居ないか? コシュカ!」


 フェリスが声を上げる。

 それに応えるように、広い部屋の大きな扉の向こうから「はぁい!」と声が聞こえてきた。

 飛び込むような勢いで入ってきたのは一人の少女。年はフェリスより二つ年下の八歳。王宮仕えのメイド服を纏っているが、サイズが大きく、袖を撒くっているので些か不格好だ。着ているというより着られているに近い。


「どうしました、フェリス陛下」

「暇だから庭で遊ばないか。それともボードゲームか、劇団を呼んでも良いな」


 何をしよう、とフェリスがコシュカに話しかける。

 これに待ったをかけたのはガトだ。両手には大量の書類。山のような嘆願書と、外交についての書類。他にも諸々。


「フェリス陛下、それより公務を」

「はいはい、分かったよ。後でやるよ」

「先日もそう仰っていたではありませんか。いい加減に嘆願書を見て頂かないと、国民の生活が苦しくなる一方です」

「はいはい、後でやるってば。それより劇団を手配しておいてくれ」


 フェリスがひらひらと手を振る。適当な仕草。まるでガトごと面倒な書類を明後日の方向に追いやろうとしているかのようだ。

 その態度にガトが深い溜息を吐き、コシュカがどうしようとフェリスとガトを交互に見る。部屋の扉の両側に立つ護衛の騎士に至っては、毎度の事だとうんざりとした表情だ。


 そんな中……、


「これはこれは、聞きしに勝る大暴君!」


 軽快な声が響き、誰もがぎょっとして声のした方を見た。

 高いお城の最上階にあるこの部屋の、外の景色がよく見通せる窓。


 そこに一匹の黒猫がちょこんと座っていた。


 金色の丸い目はくりっとしており、まるで暗い夜空に光る満月のよう。

 ……なのだが、いささかでっぷりと肥えており、全員の視線を浴びて鳴く声も『ぶにゃん』とふてぶてしい。


 猫が喋った? と誰もが疑問を抱いた。

 だがすぐさま、そんなまさか、と頭の中で否定する。猫が喋るなんて有り得ない。

 だけど。


「猫が喋るなんて、って思ってるんだろう。だけど残念だが、世には喋る猫だっているんだよ」


 猫がにんまりと金色の目を細めて喋った。

 そう、猫が喋ったのだ。ガトが慌ててフェリスの前に立ち、コシュカが「きゃぁ!」と声をあげる。

 部屋の扉を護っていた二人の騎士はさっと素早く剣を抜いて猫に駆け寄っていくが、直前でピタリと足を止めてしまった。動けない、と彼等が焦りの声をあげる。


「剣なんて危ないもの、猫に向けたらいけないよ。それより、猫端会議で酷い王様がいるって聞いたけど、まさかこれ程なんてねぇ」

「ひ、ひどいって……、僕はそんな風に言われる覚えはないぞ!」

「自覚がないとは、これは驚いた。あんたみたいなのは一度痛い目を見た方がいいね。……まぁ、その一度が一生になるかもしれないけどね」


 悪戯のような軽々しさで猫が告げ、次の瞬間、ぴょんとその場で一回転した。

 でっぷりとした体からは考えられない軽快な動き。長い尾が優雅に揺れる。

 尾の先から光が現れ、まるで流星のようにフェリスの元へと飛んでいった。


「うわぁ!」


 フェリスが声をあげる。


「フェリス陛下!」


 室内に居た全員が案じて彼を呼べば、光はすぐさま消え去ってしまった。そこにあるのは何も変わらないフェリスの姿。

 自分に起こったことが理解出来ないと目を丸くさせている。


「フェリス陛下、御無事ですか!?」

「……あ、あぁ、大丈夫だ。おい、この無礼な猫を捕まえろ」


 フェリスの命令を受け、二人の騎士が猫を捕まえようとジリジリと距離を詰めていく。だがどうにも上手く動けないようだ。

 猫は動じることなく、それどころか髭袋をぷっくりと膨らませてクフクフと笑い出した。


「うまくいった、うまくいった。わがままな王様に呪いをかけた」

「の、呪いだって……?」

「十日後の満月の夜、十二時までに七匹の猫のお腹を吸わないと、わがままな王様はわがままな猫になっちゃうよ」

「猫になるなんて馬鹿げた話、誰が信じるものか!」

「信じなくてもいいけれど、そうしたら猫一直線だね。あぁそうだ、七匹といってもどの猫でも良いってわけじゃないからね。すぐに探さないと間に合わないよ。すぐに探しても間に合わないかもしれないけどね」


 満足そうに話し、次いで猫はぴょんと窓を乗り越えて外へと出て行ってしまった。

 高いお城の最上階にある窓。落ちたらたとえ猫とて一溜りもない……はずだが、猫の姿は黒い鳥に変わり、バサバサと飛んでいってしまった。


 誰もが唖然とし、その場に立ち尽くす。


「……そ、そんな、呪いなんて」


 あり得ない。そう上擦った声でフェリスがぼやく。

 そんな彼をコシュカが見て、「あっ!」と大きな声をあげた。


「フェリス陛下、目が!」


 コシュカの声を聞き、誰もが慌ててフェリスの顔を覗き込む。

 フェリス本人だけは自分の顔を見ることが出来ず、「なんだ、どうした!」と慌てている。


 彼の水色の瞳の中央。

 黒い瞳孔は細い縦一線を描いており、それはまるで猫のようだった。




 ◆◆◆




 フェリスの瞳が変化したことにより、誰もが呪いを信じざるを得なかった。

 すぐに猫を探しだす。……のだが、呪いについては口外無用となった。

 一国の主が猫に呪われたなんて、いったい誰が信じるというのか。それも呪いを解かないと猫になる……。話したところで誰もが鼻で笑うだろうし、もしかしたら王としての仕事もせず与太話をと怒りだすかもしれない。国外にまで流布したら目も当てられない。


 呪いを知るのは、フェリス本人と、ガトとコシュカ。そして二人の騎士だけ。


 だけどたかが猫七匹。十日も待たずにすぐに見つかるはず。


 そう、誰もが考えていたのだけれど……。




「どうして……、どうして見つからないんだ!」


 フェリスが躍起になって声を荒らげたのは、呪いを掛けられてから六日目の事。

 呪いを掛けられた直後こそ変化は瞳だけだったが、日に日に彼の体は変化し、手足は灰色の毛で覆われ猫のものになり、腰から同色の尻尾も生えだした。今朝起きると首回りに灰色の毛がふわりと生えており、犬歯がまるで牙のように鋭利になっていた。


 いまはまだ服を着れば大半を隠せる。現に今フェリスが纏っている服は袖も裾も丈が長く、猫のような手足を覆い隠してくれている。

 仮に見られたとしても手の込んだ仮装で通せるだろう。

 だけどこれ以上変化が進んだら……、十日目になったら……。そう考えると誰もが顔を青ざめさせていた。


 もっとも、六日間まったく成果が無かったわけではない。


「四匹は見つかったんだ。四匹は……、なのに、どうして」


 フェリスがぶつぶつとぼやく。

 事実、既に四匹の猫は見つかっており、そのお腹に顔を埋めて息を吸った。

 他の猫だと何も起こらないが、呪いに関する七匹の猫だと息を吸った瞬間にフェリスの体がパァと輝くのだ。まるで「当たりです!やったね、おめでとうございます!」とでも言いたげな陽気な明かり。それが逆効果でフェリスを苛立たせるのは言うまでもない。


 だが光ったのはたった四匹。

 百以上の猫のお腹に顔を埋めたが、他は一切何も起こらず、ただ猫が不快そうに威嚇の声をあげるだけだった。


「国中に猫を探すように言い渡しております。懸賞金もかけていますし、誰もが必死になって猫を探しているはずです」

「四匹目を見つけたのが一昨日だぞ。昨日は丸一日進まなかったじゃないか!」


 声を荒らげ、フェリスが頬に伝った汗を拭おうとし……、だが「いたっ!」と苦痛の悲鳴をあげた。

 バッと己の手を見る。灰色の毛で覆われた猫の手。指先から伸びる爪は鋭利で、軽くこすっただけでも人間の肌を傷つけてしまう。

 フェリスの頬に赤い線が走り、プツ、と血の玉が浮かんだ。


「フェリス陛下、血が。痛そう」


 慌てた様子でコシュカがハンカチを差し出してくる。白いハンカチ。軽く振れるだけで赤い染みがついた。


「押さえててください。今、手当の道具を持ってきます」


 パタパタとコシュカが部屋を出ていく。

 それと入れかわるように、騎士が部屋を訪ねてきた。


「フェリス陛下、失礼いたします。猫を見つけたと申し出が」

「本当か? 通してくれ!」


 フェリスの指示を聞き、騎士に連れられて一組の男女が部屋に入ってきた。

 男性の腕の中には、動けないように布で包まれた一匹の猫。


 呪いを解く猫かもしれない。

 そう期待とも焦りとも言えぬ感情がフェリスの胸に湧き、早く連れて来いとガトに命じる。


 猫を連れてきた男女がつぎはぎだらけの古い服を着ている事にも、猫を捕まえるために傷を負ったのか腕や足のあちこちに引っかき傷や手当の跡がある事にも気付かず。





次話は12:22更新予定です。

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