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「やはり、邸は素晴らしいな」


 百五十年ほど前に建築されたというグリフィン家の大邸宅は、入口から数キロ離れて建っていた。外観は柱から手摺まで異国情緒溢れる造りで、椅子やキャビネットや鏡などの家具まで繊細なデザインで素敵だった。


(どんなに困窮しても、こういった物を手放す気はないのね)


 案内された応接間で、ハリエットとチェスターは貴族の伝統と華やかさを感じながら、グリフィン一家を待った。

 メイド達が黙々とお茶の準備をしていく中、ようやく現れたのは、グリフィン子爵夫人と、その息子のダニー。


「せっかくの来て頂いたのに、主人と長男のカイは王都から戻って来てませんの」



 夫人は胴を細長く見せる、うすーい生地のドレスを着用しており、それはオシャレに無頓着なハリエットでもわかるほど流行遅れだった。


(やはり、財政難なのね)


「主役が居れば充分ですよ」


 気のいいチェスターは、家の主人不在を不快に思うことなく、見合相手のダニーをしげしげと眺めている。


「お忙しいところ、お越しいただき感謝します。冷めないうちにどうぞ」


 そのダニーは、言葉こそ柔らかいものの、写真の通り険しい目つきのままハリエット達に茶を促した。


 銀食器に、見た目も鮮やかなティースタンドのサンドウィッチやお菓子たちは、小腹が空いていたハリエットの食欲を刺激した。

 一口サイズ以上のサンドウィッチはフォークとナイフで切り分けて食べるのがマナーとされているが、ハリエットはあえてそれを一口でパクリと頬張った。


(こんな娘と結婚なんてぜったいに嫌でしょ?)


 紅茶だって香りや味を嗜む以前に、食べ物を喉に流すために飲んでいる。会話なんてそっちのけ。


 唖然とする子爵夫人とダニーの顔は、予想通り。父のチェスターは諦めた表情でそんなハリエットを見守っている。


「……食欲旺盛なお嬢様ですこと」


 引きつった頬で無理やり笑顔を作る夫人の隣で、ダニーは無表情のままハリエットを獣でも見るかのように鋭く捉えている。

 コメディでもなければ、こんなはしたない娘を気に入って妻に迎えよう、なんて貴族はいないはず。


「ミス・ハリエット・レッドヘッド」


 コホッと、一度咳払いをしてダニーがハリエットに話しかけた。


「何かしら」


「おなかも満たされたなら、庭で二人で話さないかな?」


「………喜んで」


 ゴクンとスコーンを流し込み、ハリエットは今日初めて心を躍らせた。

 なぜなら、入口から建物に入るまで、車から眺めた庭園は公園ともとれるほど広く美しく、ハリエットの植物愛をくすぐったから。

 なので、ダニーのことはそっちのけで、エルダーの木へまっしぐら。


 フルーティな香りを発する白い花に引き寄せられるように手を伸ばした。


「貴女は変わってるな。令嬢たちはそんな地味な花よりゴージャスな薔薇を好むものだが」


 追いついたダニーが、香りを楽しむハリエットに声をかける。


「薔薇も好きですよ。育てるのが少し大変ですが」


「それは庭師がやることだろう」


「私の趣味なので。ところで、このエルダーフラワーって頂けたりします?」


「ちぎるのか」


「許可が頂けるのなら。これでコーディアル(シロップ漬け)を作れたら嬉しいわ」


 叱られて当然のつもりでお願いしてみたのだが、ダニーはほんの少し笑みを携えて、寛大な返事をした。


「好きなだけ採って何でも作ったらいい」


「ありがとう」


 ハリエットも微笑み返し、近くで作業をしている庭師にハサミを貸してくれるように頼む。


「籠までお借りしてごめんなさいね」


「い、いえいえ」


 客人にこんなこと頼まれたのは初めてだったのか、庭師は恐縮した様子。


「ふふ、こんなに採れたわ」


 籠いっぱいの白い花を満足気に抱えたまま、ハリエットはようやくダニーの方を見た。


 初夏の風になびく彼のブロンドがキラキラと眩しかった。

 水彩画の飴色のような瞳も美しい。

 その風貌もさることながら、自分を見つめる瞳の慈悲にも似た色に、何となく見覚えがあった。


(写真で見たから……かしら)


「そういえば、グリフィンさん」


「ようやく会話をする気になったかい?」


「あ、いえ。キッチンってお借りできないわよね?」


「この邸で調理する気か?」


「だって、コーディアルって新鮮さが命なんですもの」


「貴女は、何をしに来たんだ」


「お茶会よ。紅茶もお菓子も最高に美味しかったわ。そのお礼にコーディアルを作って差し上げるわ。あ、ただのシロップと侮らないでね。シャンパンで割っても最高だし、ケーキに使っても美味なのよ。生クリームと混ぜてスコーンに乗せてもクセになるから」


「……あぁ、そう」


 ここまで好き勝手にやって、当然この縁談はナシになる。

 ハリエットはそう踏んでいたし、父のチェスターも諦めていた。



「これ、一晩置いてから使ってくださいね」


 別れ際に、瓶詰めされたコーディアルをグリフィン男爵夫人に手渡す。


「あ、ありがとう」


 戸惑いながら受け取った夫人は、隣のダニーをつつく。


 "どうなの? 二人で話したんでしょ? 手応えはあったの?"


 そんなことを囁いてそうな夫人の表情だった。


「ミス・ハリエット・レッドヘッド」


 再び咳払いをして、ダニーがハリエットの顔を見つめて言った。


「貴女は個性的だ。とても魅力的な女性だと思う」


「……はぁ、どうもありがとう」


「だが、私の妻には向かないと感じた」


(でしょうね)


 ハリエットは、あえて肩をすくめて見せて、ちょっとは残念な素振りをした。チェスターも同じような仕草を見せる。


「つまり、ミスター・グリフィン、あなたはこのお話は……」


「気に入らないので、縁談はなかったものとしてして頂きたい」


 ダニーは鋭い眼差しをハリエットとチェスターに向けた。


「ダニー! そんな言い方………」


 レッドヘッド家の援助は欲しい、だがしかし、品のないハリエットを子爵家に迎え入れるのには抵抗ある、そんな複雑な面持ちの夫人を遮って、ダニーは続けた。



「だから貴女とは良き友人になりたい」



 夫人とチェスターは目をパチクリさせる。


(友人。なんて都合のいい関係だろう)


「ミスター、それは結婚はナシだが、援助は欲しいということかな?」


 呆れるハリエットの隣でチェスターは眉間にしわを寄せて、不快さを顕にする。


「援助は結構。グリフィン家は兄と私でたて直すつもりですから。しかし、せっかくのご縁なので何かと交友を続けさせて頂きたいということです」


(それって、どちらにも得はないのでは?)


「男女の友情ほど嘘くさいものないわ。それにいずれどこかの令嬢と婚姻される時に、私だって嫁入りする時に、異性の友人との交流など醜聞と成りかねない」


 ハリエットは結婚願望もないが、余計な人間関係も望まないのだ。


 こうやって、二人の縁談はなくなったのだが――















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