一
近代ヨーロッパをイメージした異世界恋愛です。
更新はゆったりです。
他のサイトでもお試し公開予定です。
「君に恋をするのは二度目だ。ハリエット」
「はい?」
二度目? 一度目はいつ?
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大学に進学した九月。
学校の庭は、ネリネやウィンターグラジオラスのピンク花が咲き誇り、まるで絵画のよう。
ハリエットは、商家の娘でありながら、物心ついた時から庭の植物を育てたり、愛でたりするのが好きだった。
(秋なのに、春みたいで素敵)
――それなのに。
「………なに、これ?」
寮の私室に入った途端、不可解な気持ちにさせられた。半世紀以上も前の新聞記事が机に置いてあったのだ。
【十一月一日、カント州のハードストーン市で、女性の変死体が見つかる。死因不明で自殺と殺人の双方から調査していたところ、三日に身元が判明した。警察は、行方不明として捜査を行っていたハリエット・フォートンバーグさんの遺体ではないかと遺族に確認中――
(ポリスガレット新聞 国立図書館所蔵1×××/11/5)】
ご丁寧に国立図書館保管の物を写してある。
「"ハリエット・フォートンバーグ"?」
記事の故人の名前は、ファーストネームこそ自分と同じハリエットだが、親戚筋にもこんな名前の人物はいなかったはずだ。
(不快だわ)
こんな新聞記事をなぜ?
入学の門出に嫌がらせ?
そもそもこんな幼稚なことをする人なんて世の中にいるの?
他人とのいざこざなんて、十八年の人生で数えるほどしかないし、この歳になって他人に嫌われるようなことをした覚えもない。
(あ、でもないか)
ハリエットは、ここである人物の顔が思い浮かんだ。
(もしかして、あのひと??)
ダニー・グリフィン。
少し前に見合いをした子爵家の次男。
元々乗り気じゃなかったハリエットより先に「気に入らない」と断ってきた、それこそ絵画のように美しい男だった。
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出会いは、今から遡ること三ヶ月前。
続いた戦争や法外な相続税で没落した貴族は少なくなく、グリフィン家も困窮しているともっぱらの噂だった。
そんなグリフィン家が、植民地政策で成功した所謂 "成金" と呼ばれるレッドヘッド家に縁談を持ちかけてきたのも自然な成り行きだとも言える。
ハリエットの父チェスター・レッドヘッドは、貿易商(主に綿製品)で成功し、莫大な資産を持っているため、この手の話が来るのも初めてではなかった。
「ハリー、また縁談の話が来てるが、会ってみるだけ会ってみないかい?」
娘に甘いチェスターが、結婚に微塵の興味を示さないハリエットに、半分諦めた口調で尋ねてきた。
「今度はどこの貴族様のご子息なの?」
園庭で土いじりをしながら、ハリエットはどうでもよさげに問い返す。
「グリフィン子爵家だよ」
「グリフィン……?」
ハリエットは、少し首を傾げて十六歳の時の舞踏会デビューを想い出す。
渋々出席したハリエットに良い思い出はなかったが、そういえば、そんな名前の男が二人いたような気がする。
「お父様、その見合の相手は、"カイ・グリフィン" なの? それとも "ダニー・グリフィン" の方?」
没落貴族ではあるが、美形兄弟として注目を浴びていたっけ。兄のカイの方はいかにも遊び人といった感じであちこちの令嬢に声をかけまくっていたが、けして、結婚相手を探しているという雰囲気ではなかった。
「ダニーの方だよ。次男で爵位は継がないから、いずれ官僚になるために勉学に励んでいるそうだ」
チェスターは、「勤勉な男ならうちの経営に携わって貰っていいけどね」と、長男のカイではなく、ダニーであることに安堵しているようだ。それはハリエットも同じだが。
ダニーの顔は全くと言っていいほど覚えていない。
「どんな方だったかしら?」
「写真ならあるぞ」
チェスターが、グリフィン家の紋章付き封筒をハリエットの前に差し出す。
「見せて」
一昔前なら、盛りまくった絵画が送られてきて、実物に会ってみるとその違いに "詐欺" だと嘆いた者は数知れずだっただろう。
ガーデングローブを外し、その封筒をそっと開ける。
「……素敵な人ね」
けして面食いではないハリエットが思わず息を呑むほど、ダニー・グリフィンの容姿は美しかった。
モノクロだが、艶々の髪は金色で綺麗にセットされ清潔感があり、繊細かつクールな顔立ちを際立たせている。瞳はおそらく琥珀色。一見険しい目つきだが、ミステリアスでハリエットは嫌いじゃない、と思った。
けれど、それと結婚は別問題である。
「お父様、申し訳ないけど、私は大学に進学して勉強したいの。たとえ婚期を逃しても、お父様の助けがなくても、一人で生活ができるように知識を身につけたいから」
「一人で、などと言わないでくれよ。ハリーは愛しの妻の忘れ形見なんだから! お前の幸せのためなら何でもするつもりだ」
ハリエットの母は、チェスターと共に遠い植民地で仕事をしている時に、流行り病で亡くなったのだそうだ。
まだ三歳だったハリエットは母のことは覚えていないが、父が母を溺愛してきたのは、親戚や使用人達の話からも分かるし、未だに母の写真を持ち歩いているのが何よりの証拠だと思う。
「じゃあ、結婚しなくてもいい?」
「……今はしたくなくても、いつかしたいと思った時に、歳を取りすぎていては貰い手がなくなる」
「だから将来のために勉強しておきたいの。お父様ったら話を聞いてないのね」
どんなに広大な土地や莫大な資産を持っても、上流階級の一員とは見なされない成金。
故に貴族の爵位を欲しがるチェスターは、やはり子爵家でも繋がりを持っていたいようだ。
「写真まで渡されてるのだから、会うだけでもしないと相手に失礼だよ。そう思わないか?」
それもそうだ。
「そうね。こんなに容姿端麗なご子息なんですもの。私のことをお気に召さないかもしれないし、断るならやはり先方でしょうしね」
「ハリーは十分に可愛いぞ」
「ハイハイ」
ハリエットは自分がけして美人の類でないことは分かっている。
髪は赤毛だし、目は大きくないし、小造りな顔立ちは実年齢よりも幼く見せるから、大人の男性にはモテたことはない。
こんな自分だが、父の顔を立てるためにお茶会という名のお見合いに赴くことにした。
いつもは手櫛で済ます髪も、上の方で綺麗にまとめ、軽くメイクもした。
父が用意した華やかなドレスではなく、テイラードスーツに身を包んだのは、小さな抵抗だ。