婚約を終わりにしないか、とは
よろしくお願いします。
「そろそろ、この婚約を終わりにしないか」
「そ…れは、一体…何故か聞いても……?」
私の大好きな婚約者は、その綺麗な顔を歪ませながら告げる。
(遂にこの時が来てしまったわね……)
公爵家の次女として産まれた私、アリシア・ルウェットには婚約者がいる。
アルベール・ストリウス、同じく公爵家の生まれで、完全実力主義を謳う王立魔法学園を首席で卒業し、三年前の魔獣討伐では多くの功績を挙げたことで爵位を賜わった国内有数の実力者である。
陛下の覚えもめでたい彼が何故大して取り柄のない私の婚約者なのかというと、
(単純に父同士の仲が良くて飲みの席で決まっただけ、なのよね……いくらお互いに跡取りが決まっているとはいえ公爵家同士の婚約をそんな簡単に決めていいのかしら)
―お父様はお母様にしっかり怒られていたけれど、事実として決まってしまったのよね……
将来有望で眉目秀麗なアルベールと縁を結びたい貴族は多く、夜会では挨拶に訪れる方がひっきりなしだ。流石に釣書は来ていないみたいだが御令嬢達には良く囲まれているし、稀に婚約をしていても……と誘いをかけてくる豪胆なお嬢さんもいるらしい。……婚約者がいるから、とバッサリ断っているのは、何故か一途さをあらわす美談として私の耳に入るくらい有名だが、婚約しているならそういう誘いを断るのは普通ではないのだろうか……?
そんな彼の婚約者が私であるという事は、正式なお披露目後すぐに社交界に広まり、お茶会という名の私への攻撃はしばらく続いた。
(ミラベルさんのように、私に直接相応しくないと言ってくる方はまだ良かったわね。たまに遠回しな表現過ぎて言いたいことがよく分からない方もいたから……)
けれど、
(今となっては不思議よね、思ったよりもすぐにお茶会の誘いはなくなったし、何故かあれからも交流が続いているミラベルさん達には妙に優しくされるけれど…どういうことかしら?)
余りにも困ったらすぐに言いなさいよ、だなんて真面目な顔で言うものだから、それから少しの間は周囲を警戒しながら生活していたものである。もちろん何事もなかったし、様子のおかしな私を見かねてかアルベールとは普段よりも共に過ごす時間が多くなった。
(わざわざ仕事を休んでまで来てくれたのは申し訳無さもあったけど、少し嬉しかったな。)
そんな風に優しくしてくれるものだから、私はどんどん彼を好きになっていく。……もっとも彼の方は手間のかかる妹くらいにしか思っていないだろうが。
国内有数の実力者で、次男でありながら既に爵位を持ち、冷たく見える美しい顔でいて、その実誰よりも温かな優しさを持つアルベール。……私が婚約者でいられるのは、ただ運が良かっただけ。
(それでも、今は私が隣りにいる。この先の事なんて分からないけれど、せめて少しでも良い思い出が出来るように一瞬一瞬を大事にしよう)
「お嬢様、アルベール様がいらっしゃいました」
「まあ、約束の時間よりも早いわね」
「すぐにでもお嬢様にお会いしたかったのでしょう。愛されていますね」
「軽口が過ぎるわよ、マリア……すぐに向かうからもう少し待ってもらっていて」
幼い頃から一緒にいるせいで私にとってはもう一人の姉ともいえるメイドは意地の悪い笑みを浮かべながら去っていく。……そういう事を言うのは期待してしまうからやめてほしいと何度も言っているのに。
「お待たせしましたわ」
「いや、こちらこそすまない。約束の時間には早いとは分かっていたが、つい」
「本当ですわ。こちらにも準備というものがありましてよ」
「……すまない」
「冗談ですわ。早くお会い出来てとても嬉しいです。……もっと美しく着飾った姿を見ていただきたかったのも本音ですけどね」
誰だって好きな人の前では精一杯可愛くなった自分を見てもらいたいものだ。お茶を飲みながら彼に告げる。
「……そういうところだ」
「えっ…?」
「いつも我慢していたんだ。年下の君に向けるような感情ではないから」
珍しく彼が、私に向かってやり場のない感情を向けるかのように話し出す。……これは少し、嫌な予感がする。
「そろそろ、この婚約を終わりにしないか」
……分かっていたことである。私よりも女性的にも、政治的にも優秀な方はいる。引く手数多の彼ならば、きっといつかはこうなる日が来ることも予感していた。……けれど、それがまさか、
(よりにもよって私の誕生日だなんて…ね。いえ、だからこそかしら)
彼の通っていた王立魔法学園には、実は私も通っている。もちろん彼のように首席ではないけれど、大きなミスもなく、このままなら来年には卒業と同時に彼と結婚する予定だった。
「既にご家族には話をしてある。……君の了承が取れれば問題ないそうだ」
「…っそう…ですか…」
「…どうだろうか?出来る限りの保証はする」
「私に…異存は、ありません」
どれだけ覚悟をしているといっても、所詮は想像の中でだけ。面と向かって言われるとどうしても心にナイフが刺さったような鋭い痛みが私を襲う。
(いけない。せめて、淑女らしく笑顔でいなくては…あなたの幸せを祈ります、とそれが、ここまで私に付き合ってくれた彼への恩返しになる筈よ…最後にみっともなく縋って嫌な思い出にはしたくないわ)
「そうか!!ありがとう」
「いえ、それで、その、これからどのように?」
少なくとも、国に認められた婚約関係である以上は様々な手続きをしなければならない…仮にも公爵家同士の婚約だ。忙しさでこの胸の痛みも忘れてしまえるかもしれない。
「これから二人で話し合って決めよう。たくさんあるが、その…先に君のドレスや式場を決めたいんだ。案はいくつか出したんだが…正直何を着ても、何処で挙げても君に似合うから君の好きなものにした方が良いんじゃないかと思って…」
「はい…では私の好きに………?えっと、それはどういう?」
「優柔不断だと笑ってくれ、魔法も仕事も効率的にするのは簡単なのに、君の事となるとどれだけ悩んでも分からないんだ…既に魅力的なのにどうやったらそれを活かせるんだろうか?」
「あ、あの…アルベール?少し落ち着いてくださいませ」
「おっと…すまない、つい」
こんな饒舌なアルベールは見たことがない…心なしか頬も赤らんでいるような気もするし、まさか、本当に私のことを?
「……婚約を、終わりにしたいなどとおっしゃるから、てっきり婚約解消でもするのかと思ってしまいましたわ」
「!?」
「というよりも、アルベールはもしかして私の事が…好き、だったりするのかしら」
「愛している……もしや、伝わっていなかったのか!?」
表情に出にくいのは自覚があるから、分かりやすく行動で示していたつもりたったんだが……などと彼は続ける。……たしかに、夜会では必ずエスコートしてくれるし、贈り物も私の好きなものばかりで、普段から気にかけてくれてはいる、が
(分からないわよそんなの!どれも婚約者としては普通の行動でしょう!?…お父様もお母様もよく同じようにしていたと言っていたし……そもそもそれが普通ではなかったの?)
混乱する頭で考える。
もし、言葉通り受け取るのならアルベールは私の事が……好き、なんだろう。
「…月日を重ねるごとに綺麗になっていく君を見て、年甲斐もなく焦ってしまっていた。…怖がらせないように出来るだけ言葉や行動を選んできたつもりだ」
「だが、一番気持ちを伝えたい君に届いてないのなら意味がないな…」
「いえ、そんな事は…」
「あらためて君に伝えたい、僕は君の事が好きだ。これから先、君と共に歩んでいきたい」
−−−結婚して欲しい
「私も、大好きです。あなたと共に大切な時間を過ごしたい………結婚してください、アルベール」
それから、頃合いを見計らったかのように集まってきた家族に結婚をすることを伝えると、
ようやくか、なんて呆れたり、早すぎると泣かれたり、ここ最近でもっとも騒がしい誕生日になった。
余談だが、私が飲みの席で決まったと思っていた婚約は、話自体はあったらしいが正式に決まったのはアルベールからの希望だったらしい。
お母様曰く、『仮にも公爵家同士ですもの、そんなに軽くは決めないわ』とのことらしい……それでも息子の希望で決められるものなのか?とは思うが幸いにも跡取りは決まっており、目立った争いもなく、当時は魔獣の動きもなかったとのことでとんとん拍子で決まったそうだ。
……運が良かったのは本当だったらしい。
書いてみると思ったことが中々書けないですね。
楽しく精進します。