3.リチャード、名君への道を歩む
アリエス王国全土で記録的な豪雨が降った。
多くの町村で被害が出て、中には川が氾濫し、壊滅状態になってしまった村まであるという。
当然、城でも災害対策について話し合われる。
ロイズ:殿下、これほどの災害、我らも手を打ちませんと……。
リチャード:災害といってもたかが雨だろう? 水が引けば、すぐ元通りになるだろ。
ロイズ:で、殿下……。
人生でこれといった災害の経験がないリチャードは、事態の深刻さを今一つ理解できていなかった。
マリーナ:さっすがリチャード様、目の付け所が違いますね。
リチャード:そ、そうか?
マリーナ:だいたい被災した人などというのはそんなところに住んでいたから悪いのです。助ける必要などありません。
ロイズ:な、なんということを……!
マリーナ:というわけで、その方々をあざ笑いに現地に向かいませんか?
リチャード:笑いに?
マリーナ:ええ、愚民たちを笑ってやるのです。きっと楽しいと思いますよ!
リチャード:よし、やってみるか。ロイズ、お前も来い!
ロイズ:か……かしこまりました!
リチャードはマリーナに乗せられ、被災地視察を行うことになった。
***
被災地を訪れたリチャードたち。
そこで目にしたのは何もかもを水に流され、土砂に埋められ、全てを失った人々の姿だった。
さすがのリチャードも絶句してしまう。
リチャード:こ、これは……。
ロイズ:壊滅的な打撃とは聞いていましたが、想像以上ですな……。
いくらリチャードでも、とてもあざ笑う気になどなれない。
リチャード:くそっ……。
マリーナ:どうなさいました、リチャード様。
リチャード:なぁ、どうすればいい?
マリーナ:彼らをいかにあざ笑うかですか?
リチャード:そうじゃない……俺はどうすればいいんだ! 教えてくれ、マリーナ!
マリーナはその言葉を待っていたかのように微笑みを浮かべた。
マリーナ:声をかけてあげるのです。
リチャード:声を……?
マリーナ:とにかく……リチャード様が彼らに声をかけるのです。
リチャード:俺が声をかけたところで、なんにもならないだろ! 家は戻らないし、巻き込まれた人も助からない!
マリーナ:いいから、やってみましょう。
押し負けたリチャードはそのあたりにいた被災者に声をかける。
リチャード:あ、あの……。
市民A:あなたは?
リチャード:アリエス王国王子、リチャードだ。
市民A:えっ、王子様!?
市民B:こんなところまで来て下さったのか。
声をかけただけで大勢に感謝されてしまい、戸惑うリチャード。
リチャード:なんでこんな……。
マリーナ:被害にあわれた方々は今後自分たちがどうなってしまうのかが不安なのです。ですから王子であるリチャード様が声をかけるだけで『国は自分たちを見てくれている』と安心感を持つことができるのですよ。
リチャード:な、なるほど……。
王子という立場の価値を理解したリチャードは次々に声をかけていく。
リチャード:大丈夫か?
市民C:ええ、おかげさまで……。
リチャード:怪我はしていないか?
市民D:どうにか大丈夫ですわ。
そして子供にまで――
少年:おうち……なくなっちゃった。どうしよう……。
リチャード:大丈夫だ、家ならすぐ建つさ。国が全面的に支援する。
少年:本当?
リチャード:ああ、この俺が王子として約束する。
少年:ありがとう、王子様!
声かけを終えた王子は、ロイズに命じる。
リチャード:ロイズ……。
ロイズ:はい?
リチャード:この村の復興に全力を注げ。大至急だ! 俺に恥をかかせるなよ!
ロイズ:もちろんです、殿下!
このやり取りを見ていたマリーナはにっこりと笑顔を見せた。
***
昼下がり、リチャードは窓辺で悩んでいた。
頬杖をつき、ため息をつく。
リチャード:ふうむ……。
マリーナ:どうなさいました、リチャード様。
リチャード:会議に出席するようになったはいいが、俺はこの王国のことをあまりに知らなすぎる気がしてな……。
いつになく真面目な悩みであった。
リチャードは自分が「暴君王子」であることを思い出し、あわてて言い繕う。
リチャード:いやっ! 別に俺は真面目に政治をやるつもりはないぞ!? ただ、愚民どものことを知っておくのも王子の務め、というか……。
マリーナ:分かっております。愚かな民の愚かな所業を知ってこそ、リチャード様はより光り輝くことができるのです。
リチャード:その通り! 何かいい方法はないだろうか?
マリーナ:簡単なことです。リチャード様自ら国を見て回ればよいのです。
リチャード:国を……!
マリーナ:馬車でぐるーっと国中を巡れば、嫌でも愚民たちの情報を得ることができますよ。
リチャード:しかし、俺がいないと会議はどうなる?
マリーナ:あら? 会議などに興味はないのでは?
リチャード:いや、それはそうなんだが……。
マリーナ:見聞を広めるためです。大臣様も許してくださるでしょう。
リチャード:そうか……そうだよな。ロイズに許可をもらってくる!
ロイズの元に走るリチャード。
リチャードが「見聞を広めるために国内を巡行したい」と言い出した時はロイズも驚いた。
ロイズ:おお……殿下、まさかあなたの方からそのような申し出を……。
リチャード:何も泣くことはないだろうが!
ロイズ:きっと明日は雪が……いや槍が降りましょうぞ。
リチャード:お前ホントに失礼だな。
ロイズ:失礼しました。とにかく、巡行をやるのは大歓迎です。殿下の留守はしっかり務めますので!
リチャード:ああ、頼んだぞ。
こうしてリチャードは馬車で、アリエス王国中を回る巡行に出かけた。
建前は「愚民どもが自分に逆らわないよう威厳を示す」などと言っていたが、その表情は真剣そのものだった。
巡行には同行しなかったマリーナ、城内を歩いているとロイズに呼び止められる。
ロイズ:マリーナ殿、ちょっとよろしいか。
マリーナ:あら大臣様、何か?
ロイズ:私はあなたを本物の聖女とは思っていない。聖女を自称し、殿下に取り入り、甘い汁を吸おうとした悪女だと思ってきた。
マリーナ:あら、七日七晩神に祈りを捧げ、聖女となった私にずいぶんな言い草ですね。
ロイズ:また日数が増えているんだが。
マリーナ:そうでしたっけ?
わざとらしくおどけてみせるマリーナ。
ロイズ:しかし、あなたが来てからというもの、殿下は変わった。以前の横暴さはすっかり影を潜め、真面目に政務に取り組み、ついに自ら巡行を行うようになった。
マリーナは黙って聞いている。
ロイズ:あなたが何者かというのはもはやこの際問題ではない。殿下を正してくださり、ありがとうございます。
すると、マリーナはゆっくりと首を振った。
マリーナ:いいえ、大臣様。
ロイズ:え?
マリーナ:礼を言わなければならないのは私の方なのです。
ロイズ:え、それはどういう……。
マリーナ:それでは失礼いたします。
意味深な言葉を残し、マリーナは去っていった。
やがて巡行から戻ってきたリチャードは、心身ともに成長していた。
各地方の問題点を肌身で感じ、それに応じた政策を次々打ち出していく。
今や彼を「暴君」「ダメ王子」と呼ぶ者はいなかった。
しかし、ロイズには不安もあった。
このままリチャードが名君への道を進むと、この国に野心を持っているドーマ王国が何を思うか。
そして、その予感は的中してしまうことになる。




