1.暴君ダメ王子と怪しすぎる聖女
アリエス王国の王子リチャードは世継ぎでありながら「暴君」「ダメ王子」などと陰口を叩かれる王子だった。
今日も彼はその評判通り、家臣たちを困らせていた。
大臣のロイズがリチャードに会議が始まることを告げるのだが――
ロイズ:殿下、政務のお時間です。会議室にお越しください。
リチャード:政務? なんで俺がそんなものをやらねばならん。お前らだけで勝手にやってろ。
ロイズ:何をおっしゃるのです。殿下は将来、アリエスを担うお方なのですぞ。
リチャード:心にもないことを……どうせお前も俺が王になったらこの国は終わりだとか思ってんだろ。
ロイズ:そのようなことは……。
リチャード:もういい! 俺は政治になんざ興味ないからな! あんまりしつこいと首を叩き切るぞ!
腰の剣を抜き、脅しをかけるリチャード。
ロイズ:も、申し訳ありませんでした。失礼いたします……。
リチャード:分かればいいんだ。
ロイズは説得を諦め、会議室に向かった。
***
こんなこともあった。
メイドのミアがリチャードに紅茶を淹れる。
ミアの紅茶の味は誰もが認めるところなのだが、リチャードは一口飲むなり顔をしかめた。
リチャード:ぬるい。
ミア:え……?
リチャード:聞こえなかったか? この紅茶はぬるいと言ったんだ。
ミア:ですが、昨日は“紅茶はぬるいぐらいがいい”と……。
リチャード:昨日は昨日だ! 俺は熱々の紅茶が飲みたいんだよ! クビにされたくなきゃとっとと注ぎ直せ!
ミア:も、申し訳ございません!
***
日が沈み、宮廷料理人のジェスがリチャードに夕食を差し出す。
今日のメニューは上品に盛りつけられた白身魚のソテー、ジェス渾身の一品だ。
ジェス:どうぞ、お召し上がりください。
リチャード:魚か……。
ジェス:え?
リチャード:俺は今日は肉を食べたい気分なんだよ! なのになんで魚料理なんか出す!?
ジェス:そ、そんなことおっしゃられても……今日はいい魚を仕入れられたので……。
リチャード:んなこと知るか! とっとと作り直してこい!
ジェス:せっかく作ったのに……。
リチャード:何か言ったか。
ジェス:いえ、すぐに作り直します!
リチャード:おお、そうだ。この料理はもったいないから猫にでも食わせてやれ! ハーッハッハッハ!
こんな調子である。
リチャードのあまりの横暴ぶりに、ロイズは夜更けに外へ出て一人愚痴をこぼす。
ロイズ:どうしてあんな人間になってしまったのか……。
ロイズ:少年の頃の殿下は、散歩の途中出会ったお腹をすかせた少女にパンを分け与えるような優しさを持っていた。しかし、いつしか……。
ロイズはリチャードが優しかった頃を思い出しつつ、心の中で「なぜああなってしまったのか」を考える。
ロイズ:(やはり、母である王妃様が亡くなり、父である陛下も病で伏せってしまったことが原因なのだろう。傷ついているであろう殿下に、世継ぎだからといって皆は寄ってたかって過度な期待を寄せ、教育を押し付けた)
ロイズ:(殿下はさらに傷つき……国に失望し、自分から人々に背を向けるようになった)
ロイズ:(隣のドーマ王国は我が国に野心を持っており、陛下が亡くなり次第、攻め込んでくるだろう。その時殿下がこの国のトップではどうしようもない。ああ、この国はどうなるのだろう……)
ロイズは夜空を見上げる。星一つない曇り空はまるで王国の未来を暗示しているかのようであった。
***
そんなある日のことだった。
城に一人の客が訪れる。“マリーナ”と名乗る白いローブに身を包んだ銀髪の美しい女性だった。
彼女の醸し出す雰囲気がただならぬものであったことから、大臣のロイズ自ら応対することになった。
ロイズ:まず、名前を聞いておこうか。
マリーナ:マリーナと申します。
ロイズ:見たところ聖職者のような恰好だが……。
マリーナ:はい、わたくしなんと“聖女”なんです。
ロイズ:せ、聖女……!?
マリーナ:ええ、神様に一晩中お祈りしておりましたら聖女になれましたの。
聖女とは、生きながらにして神から使命を与えられた乙女のこと。
アリエス王国には「聖女現れし時、王国に光もたらすであろう」という伝説があり、まさに自分がその聖女だと称しているのだ。
しかし、伝説は伝説、本気で信じている者などいるわけもない。ロイズももちろんそうであった。
ロイズ:して、その聖女様がなんのご用で?
マリーナ:私、リチャード様に会いにきましたの。
ロイズ:殿下に……?
マリーナ:はい、リチャード様はこの国に光をもたらすお方です。聖女としてぜひお会いしてみたいと思いまして。
堕落した権力者にはえてして怪しい輩がすり寄ってきて、甘い汁にあやかりたがるものである。
ロイズはこの自称聖女もその類の女であると判断した。
ロイズ:マリーナ殿。
マリーナ:はい。
ロイズ:あなたはその……聖女というからには当然、何か奇跡を起こせるんでしょうな?
マリーナ:とおっしゃいますと?
ロイズ:例えば……ケガや病気を癒やすとか。
マリーナ:できません。
ロイズ:だとするなら、神々しい光を発するとか。神のお告げを聞くとか。
マリーナ:できません。
ロイズ:なんにもできないじゃないか!
マリーナ:そんなことはありません。私はリチャード様とともにこの王国に光をもたらすことができます。
ロイズ:あ、怪しすぎる……。
国家の重臣として、こんな女を絶対リチャードを会わせるわけにはいかない。
ロイズは追い返そうとするが――
リチャード:ロイズ、誰だその女は?
ロイズ:殿下、えぇと彼女は……。
マリーナ:聖女マリーナと申します。神に三日三晩祈りを捧げたことで、聖女になることができました。
リチャード:なんだと!? 伝説の聖女がついに俺のところに来てくれたか!
ロイズ:あれ、さっきは“一晩中”って――
ロイズを無視してマリーナはリチャードに近づく。
マリーナ:あなたはリチャード様ですね!
リチャード:うむ、そうだが。
マリーナ:まぁ、なんて素敵なお方!
リチャード:そ、そうか?
マリーナ:はい、あなたこそこの国に光をもたらす方に違いありません。
リチャード:ほう……なかなか見所のある女だな。よし、今日から俺の傍に仕えることを許す。
ロイズ:ええっ!? ちょ、ちょっと待って下さい。今日会ったばかりの女を側近にするなど……。
リチャード:黙れ、俺が決めたんだ! さあマリーナ、もっと俺を褒めてくれ。俺に光をもたらしてくれ。
マリーナ:もちろんです!
珍しく他人から褒められたことで、リチャードはすっかり舞い上がっていた。
ロイズ:あああ……。
ロイズの危惧した通り、マリーナはリチャードをチヤホヤしベタ褒めし、瞬く間に取り入っていった。
一週間もすると、どこに行くにもマリーナを付き添わせるようになる。
他の家臣がいくら諫めても無駄であった。
ロイズ:あの女のせいで、この国の命運は尽きた……。
ロイズは一人嘆くのであった。