三本足のリカちゃん
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
『わたし、リカちゃん。呪われ』
「いやあっ!」
絶叫を上げながら、少女――有紗は跳ね起きる。
呼吸が荒く、全身寝汗でびっしょりだ。頭の中にはまだあの声がこだましている。
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
夢の中で追いかけられ、起きたとしても逃れられない声、声、声。
このままではどうにかなってしまう。間違いなく、殺されてしまう。
そう思った有紗は、ふと、ある人物のことを思い出した。
そのまま寝巻きなのも構わず家を飛び出し、『彼女』の家へと走っていったのだった。
△▼△▼△
中学三年生、受験勉強であたふたしていた頃のこと。
勉強のために徹夜していたとある深夜、突然、家のドアが叩かれる音が響きました。
お母さんはもう寝てしまっています。泥棒かと思ってドキッとしましたが、窓から見下ろすとどうやら女の子のようです。
何かあったのかも知れないと思い、あたしは慌てて二階の自室から降りて、家から出ました。
するとそこには、なんと寝巻き姿の女の子が這いつくばるようにしていたのですっ。
「えと、どちら様でしたっけ?」
「わたし、リカ……ううん、私、有紗っていうの。丘子ちゃん、助けてっ!」
これは一体何事でしょう?
事情は全然理解できませんけど、とにかく目の前の少女――有紗ちゃんが、なんか切羽詰まっていることだけはわかりました。
どうしてあたしのことを知ってるのかとか色々疑問はありますけど、とりあえず話を聞かないとですね!
外じゃマズイと思ったので、まず最初に家に上げることにしたのでした。
△▼△▼△
「呪いのリカちゃん人形ですって?」
「……うん。ずっと頭の中で囁き続けてる」
さっきの鬼気迫る感じは薄れたものの、顔色が悪いままの有紗ちゃんがそんなことを言い出しました。
こんな真夜中に這いつくばって来るなんて只事じゃないとは思いましたけど……なんだか興味深いお話ですねぇ。
「ふーん。もうちょい詳しく教えてくれません?」
「も、もちろん」
有紗ちゃんは何度も頷いて、説明してくれたのです。
――有紗ちゃんは、あたしの中学で同学年の女の子。なんだか人気者らしいんですけど、ボッチなオカルト少女であるあたしとは全然言葉を交わしたことはありません。
それはさておき、彼女は新聞部に入っているそうで、毎月ネタを集めては、せっせと学校新聞を作っていたんだとか。
確かに学校新聞の存在はあたしも知っていました。あれを作ってたのが有紗ちゃんだったのか〜。感心感心。
「それで私、新聞のために『怖い話』の取材に行ったんだけど……」
とある廃学校で、『恐ろしいもの』が出るという噂があるらしいのです。
こんな美味しい話を知らなかっただなんて……オカルト少女の恥ですよっ!
それであたしより先にお得情報を知って、仲間たちと取材した有紗ちゃん。
彼女たちは廃学校を徘徊して、やがてトイレに行き着いたと言います。
「ここには何かいるかもね」なんて言いながら。
その冗談は本当でした。だって……トイレに、不可思議な人形が落ちていたのですから。
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
そう囁くリカちゃん人形には、足が三本あったといいます。
急に怖くなって、新聞部の子たちは一斉に逃げ出したんだとか。無事に逃げ帰ったはいいものの、それからずっと耳から声が離れないんだそうです。
「わたし、リカ……いやっ、違う。私は、えっと」
ずっと頭の中に声が響いているのかして、有紗ちゃんは可哀想なくらいに混乱していました。
あたしはこの現象の名前を知っています。これはとある、有名な都市伝説の一つ。
『三本足のリカちゃん』に違いありませんっ!
これは絶好のチャンスだと思い、あたしは一も二もなく頷いたのでした。
「じゃあ、もう一度廃学校に行きましょう! あたしもちゃーんとついて行きますから、ねっ?」
△▼△▼△
小刻みに震えている有紗ちゃんと違って、あたしはウキウキワクワクで今にも鼻歌を口ずさんじゃいそうでした。
だってだって、長年一度は会ってみたいと思っていた都市伝説に会えるんですよ? もう最高です!
でもなるべく、これはあくまでも彼女の手助けなので、はしゃぎ過ぎないように注意しなきゃですねっ。
「あっ、そういえばですけど、どうしてあたしのこと知ってたんですか? クラスも違うし、あたしの方は有紗ちゃんのこと、全然知らなかったのに」
「ああ、それ……。以前きさらぎ駅の件があったでしょ? 一時ネットニュースにもなってた。新聞ネタ探しの時にあれを見て、丘子ちゃんだって思って」
「へぇ〜、そうだったんですか」
結構意外でした。
あたしはきさらぎ駅の件のことは正直よく知りません。でも確かに、動画と写真をいっぱいアップしちゃったので、身バレして当然ですよね〜。
まあそれはいいや。そんなことより、
「見えて来ましたよ。あれ!」
あたしの指差す先、そこにはボロボロの建物がありました。
真夜中の廃学校はなんとも言い表せない雰囲気があります。
あ、そうそう。ちなみに今は真夜中の十一時。廃学校の場所はあたしの家から歩いて三十分とかからない位置だったので楽勝でした!
本当なら昼間に行きたかったんですけど、この件は結構急ぎっぽいので、悠長なことは言ってられません。でもこれは明日の寝坊確定ですね。
「なんか怖い……」
「まだまだこの程度で怖いとか言ってたら世の中渡っていけませんよ? 勇気出して、そら急げ!」
あたしは有紗ちゃんの手を引っ掴んで、廃学校へ向けて猛ダッシュ!
早く呪われしリカちゃんとのご対面を果たしましょう!
△▼△▼△
廃病院の中はやっぱ雰囲気ありますね〜。
あっちこっち、見渡す限りの悪霊たち。
まあいちいち祓うほどじゃないですけど、悪いものがたくさん溜まって『靄』がかかって見えます。
もちろんそれはあたしだけで、有紗ちゃんにはただのボロい廊下にしか思えなかったでしょうけども。
「さてさて、問題のトイレットはどこですかねー?」
「ち、ちょっと……うあっ」
その時、有紗ちゃんが頭を抱えて疼くまっちゃいました。
「どうしたんですか?」
「あっ、あ、うぅっ」
けれど有紗ちゃん、全然答えてくれません。どうやらその余裕がないご様子ですね〜。
しばらく何か呻きながら悶えた後、彼女はやっと言ったんです。
「リカちゃんの声が、大きくなってる……。多分、あっち!」
そう言って有紗ちゃんが急に走り出したので、あたしは慌ててついて行きました。
まったくもう、やりづらいですねぇ。ちょっと呪われたくらいで精神不安定になりすぎですよ!
あたしだったら絶対に撃退してやるんですけどね。まあ、オカルト少女じゃない有紗ちゃんにそれを求めても無理な話ですがっ。
そうしてしばらく駆け回った末、有紗ちゃんはやっと立ち止まってくれました。
「ここ。ここがトイレ!」
連れて来てもらったのは、悪臭漂う女子トイレ跡でした。
この学校、果たして廃校になってから何年が経っているんでしょうか。まるで数十年も前に役目を終えたかのようで、個室のドアノブにはたくさんの蜘蛛の糸が絡みついていました。
「汚っ。まあ、こんなこともあろうかとしっかり事前準備はしてますけどもね」
持って来ていたもの――台所用麺棒で糸を払い除けます。
麺棒はいざという時の武器になるし、結構いいんですよね。妖怪には効きませんけど、もしも不審者などがいた場合には役立ったりもするのです。
そんなこんなで、あたしたちはトイレの個室の一つに入りました。
そして――突入したのです。
△▼△▼△
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
個室の床にぽつんと置かれたもの。
それは、金色のナイロン製ヘアをしたお人形さん――リカちゃんです。
何年も打ち捨てられたままになっていたせいでしょう。リカちゃんは埃にまみれ、お世辞にも綺麗とは言えない状態でした。
「うわー」
思わず声を漏らしてしまったあたしを、リカちゃんが鋭く睨んだ気がします。
結構ゾワワッとしますね。なかなかいい感じ。
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
「ひ、ひぃ!」
有紗ちゃんが悲鳴を上げ、尻餅をついてしまいました。
きっと彼女の脳内では、同じ声がこだましているはず。……精神が弱い子っぽいので、これ以上本物に晒すのは危ないですね。
「有紗ちゃん、ちょっと外で待っといてくれません? あたしが決着つけますんで」
「あ、え?」
「いいから早く!」
狭いし相手への対処も難しいんですよ。
半ば押し出すようにして有紗ちゃんを外に出させると、あたしは改めてリカちゃんと向き合いました。
噂通りの三本足。
ちなみにこれは、会社の製造ミスで作られた人形との噂があります。そういう曰く付きな品な上、人形というのには魂が宿りやすいものですから、三本足のリカちゃんはもののけになっちゃったんでしょうか。打ち捨てられて、ちょっと可哀想な気もしちゃいますよ〜。
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
「どんな呪いですか?」
気になって訊いてみました。
が、
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
ありゃりゃりゃりゃ?
同じことしか言いませんね?
まあ、あたしを呪おうとしてるとは思うんですけど。
でもでもっ、あたし『除霊のお札』を体に貼ってあるものですから、呪うことはおろか、近づくこともできないと思いますよー?
それから、「なんでこんなところに捨てられたんですか?」とかとか、「どうして人を呪うんです?」とか言いましたけど、全く聞いちゃいませんでしたね。
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……」
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
ただただこれの繰り返し。
せっかく憧れの都市伝説に出会えたっていうのに、これじゃ全然つまんないじゃないですかっ!
あたしはちょこっと腹が立って来ました。こうなったら無理矢理にでも何か喋らせてやろうっと。
「よしよしよし。リカちゃーん、どうぞあたしの手の中へ〜」
『わたし、リカちゃん。呪われ……ぐへっ!』
あたしの手が伸びてくると、リカちゃんが急に変な声を上げました。
ふふ、これなかなか面白いですねっ。お札を嫌がってるんだとは思いますけど、今の声、なかなかによかったですよ!
「もっとあたしに怖い思いさせてくれません?」
『わたし、リカちゃん。呪われてるの……』
「ほーらほら。早くしないと、こうですよ〜」
ビリッと音がして、リカちゃん人形の埃まみれのお洋服が破けちゃいました。
もちろんこれはあたしの仕業でーす。
『わたし、リカちゃん。呪ってやるの』
「やれるもんならやってみてくださいよ。さあさあ」
リカちゃんの瞳には、恐怖と怒りが混じりあったような感情が見えました。
それがさらに面白くて、あたしは彼女を挑発します。
「さあさあ。早くやってくださいよ〜。やらないならあたしが」
ボキッ。
力を込めて引っ張ると、リカちゃんの、お腹から突き出た異様な足がもげました。
「ぎぇぇぇ――――!」という絶叫の響く中、あたしはまだ続けます。
「もっと恐ろしいこと、やってくださいってば。呪いの人形なんですよね?」
『わたし、リカちゃん。許さない許さない許さない許さ」
ボキッ。
今度は、普通にどの人形でも生えている位置にある足の一本を引きちぎってやりました。
また上がる悲鳴。これは結構おぞましくて楽しいっ!
もはや疑問とかはどうでもよくなっちゃいました。遊んで遊んで遊び倒しますよー!!!
「もっともっと、楽しませてくださーい」
『わたし、リカちゃん。呪い殺してあげるわ』
『わたし、リカちゃん。呪い殺してやるわ』
『わたし、リカちゃん。呪い殺す。絶対』
『わたし、リカちゃん。殺す殺す殺す』
『わたし、リカちゃん。死んでよっ』
『わたし、リカちゃん。やめて!』
『わたし、リカちゃん。許して』
『わたし、リカちゃん。助け』
一言一言発する度、彼女の髪をごっそりとこそぎ取ってやりました。
怪異とはいえ人形なわけですから、あたしには敵いっこありません。お札までありますしね。
そして最後に、
「はいはい。それくらいの低レベルな怪異ならお役御免ですので、さようなら!」
そう笑いながら、思い切り、最後の足をへし折ってやりました。
轟く断末魔は、どこか心地よいものがありました。
あたしって、意外にドSなんですよね〜。
△▼△▼△
戦利品(?)として、リカちゃんの三本足は頂戴していくことにしました!
まあ弱っちいのは残念ですけど、楽しめたので充分充分。
外では、ガクガクブルブルと震える哀れな有紗ちゃんがあたしを待っていました。
「だ、大丈夫……だった?」
「ええ、全然平気でしたよ! 全身バラバラにして、お札でさよなら!ですっ」
「そ、そう……」
なんかドン引きされてる気がするんですが、気のせいですよね? ね?
まあともかく、こうして無事に事件は片付いて、有紗ちゃんは正気を取り戻したわけでした。
他の部活仲間も、一晩中リカちゃんの声に悩まされていたのが治ったそうです。よかったですね〜。
あたしは、有紗ちゃんに「このことは絶対に言わないように」とだけ言って、別れました。
いくらオカルト大好きとはいえ、厄介事には絡まれたくありません。他の人には知られないのが一番なのです!
そうだそうだ、ちなみにですが、あの廃学校はあれからすぐに取り壊しになったんですって。
そしてトイレの片隅で、首を折られバラバラに解体されたリカちゃん人形が発見されるのでした。