牛の首
「ふーん、牛の首……。面白そうじゃないですか」
スマホの画面を覗きながら、あたしはそんなことを呟いていました。
中学二年生の真夏のことです。暑すぎて寝付けずスマホを覗いていたある晩、お宝情報を発見というわけですよ!
今回見つけたのは、牛の首って都市伝説。調べたところによりますと、SF作家が考え出した小説が元だそうです。
『恐ろしい』という噂と題名だけが伝わっているそうで、怪談の内容は『ない』んですって。
でもそんな都市伝説、あり得ますかね?
さらに深掘りしたら、喋ったら死ぬから誰にも言えないとか、聞いた時点で死んじゃうとか、色々な話が出てきました。
これ、信じていいんですかね?
でも都市伝説、中身が空っぽだとはあたし思いません。
きっと小説家は、どこかからネタを仕入れたんですよ。あんまりにも怖すぎて小説にしようとしたけどできなくて、『中身はない』って話で収めたんじゃないですかね。
だからあたし、今回は牛の首伝説について探っちゃおうと思います!
大丈夫かって? 全然余裕に決まってるじゃないですかぁ。今まで数多の幽霊を成仏させてきたあたしですよ? いざとなったら最強お札で撃退です!
さてさて、そうと決まれば準備です。
荷物まとめて向かうのは、牛の首を書いた小説家のことについて詳しく展示されてる博物館。
ちょっと遠いですけど半日で行けるでしょ! お母さんに言って電車賃もらってきます!
いざ出発だぁ――!!!
△▼△▼△
博物館へ行きましたが、牛の首については書いてありませんでした。
ショボーン。
小説家自体に興味はないのでつまらないことこの上ないですっ。弁償してくださいっ。
そんなことを思っていましたら、助っ人さん登場ですよ! 館長のおっさんです。
「あのあの、牛の首伝説について知りたいんですけど、ちょっといいですか?」
「牛の首。牛の首か。あの小説の話をしたいのかね?」
「うーん、小説はあらすじ知ってるんで別にどうでもいいです。 目的は牛の首伝説自体なんですからっ! 作家さんがどこからネタを仕入れてきたのか知ってます? 都市伝説の起源が知りたいんですよね~」
なんと、館長さんったらお優しくって「それなら教えてあげよう」とこしょこしょっと私に耳打ちしてくれました。
でも内容までは知らないらしいです。ま、あたしが確かめるんで問題ないってわけですよ。
お礼を言うとあたしはすぐさま博物館を飛び出して電車に乗り込みました。
電車の中にうじゃうじゃいるもののけさんたちのことも今は全然気になりません。あんなやつら、牛の首の魅力には足元にも及ぶまい!
まだ昼ですし帰る必要もないので、お母さんに電話だけ入れて噂の場所にレッツゴーですっ。
△▼△▼△
そこは鬱蒼とした草地でした。
昔、墓場があったのでしょうか。そこら中に石碑の残骸があります。
「うーん? 墓場なのに幽霊がいませんね?」
普通、皆さんのご想像通りで墓場ってのは幽霊が溢れるくらいいるもんなんですよ。
大体は自分が死んだことを自覚してるおとなしい霊なんですけど、たまーに怖いやつもいたりして。
でもここには何の気配も感じられないんですよ。無人。
廃墟の墓場なのにこの状況、おかしくないですか? 『見える人』にとってこれは街中に人がいないのと同じくらいの異常事態ですよっ。
ここは、牛の首の噂の発祥地なんでしょうか?
このオカルト大好き丘子ちゃん、かなーり疑問でございます。
牛の首って多分妖怪だと思うんですけど、霊すら寄り付かない墓場に出るもんですかね? おまけにたぶらかす対象の人間だっていないんですよ?
これ、かなり怪しくないですか? 作り話の可能性を疑ってみたり。
何か手がかりはないかと探してるうちに、あっという間に夜になっちゃいました。あたりは薄寒くて怖ーい。
でも夜にチャンスあるかもです。そう思って待ってたらキタ――!
風が唸る音がして、その後に何か気味の悪い鳴き声が聞こえました。
その瞬間あたしは確信します。唾をごくっと呑みました。いよいよです!
高鳴る胸を抑えて草むらに隠れます。
すぐにやつは姿を表しました。
そいつは、牛の頭部でした。目がギラギラ光ってて不気味です。牛種はおそらく乳牛でしょう。
そして一番おぞましいのが、首から下がまるまるなくて、代わりにドス黒い血が流れ出してることです。これってかなりグロテスク。
「ぐえっ。いや、これはなかなかのオカルトもんじゃないですか!」
一瞬でもエセ伝説と疑ってごめんなさい! これ本物です。正真正銘。
ちょっと気になるんですけど、霊視できない人間ってこいつのことどう見えるんですかね? 全く何も見えないのか、強烈すぎて気配だけでも感じるんですかね?
丘子ちゃん、もうドキドキしちゃって死にそうです。
間違っても怖いんじゃないですよ? 嬉しいんですっ。最高に嬉しくてたまんないんですっ。
テンションアゲアゲなあたしには気づかず、牛の首はしばらくぐるぐる彷徨っておりました。
このまま何もアクションを起こさないんでしょうか。それじゃあつまらないなあ。
あたしは耐え切れなくなって、バァッと飛び出して行っちゃいました!
「こんにちは。じゃなかったこんばんはです。いやー、今日は月が綺麗な夜ですねえ」
月なんて出てませんけどね!
多分牛首ちゃんの方はギョッとしたでしょうね。
あたしをじっと見てます。もしこれが美男子に睨まれてるならともかく、首から下のない牛に見つめられて嬉しい女子はいませんよっ。
早くリアクション起こしてくださいませんかねぇ!? と心の中で叫んでおりますと、やっと反応がありました。
『――誰だ』
声はくぐもっていました。あたしはドキッとしましたけど、喋ってくれてホッとしましたよ~。
「X高校一年生、丘子です。牛首ちゃんよろしくです!」
『――――』
返事がありません。気を悪くされちゃいましたかね?
すると、牛首ちゃんは大きなお口を開けました。中には牙が光ってます。
あー、こういうタイプかー。あたしはがっくりしましたよ。ポケットからお札を抜き出しました。
けれども牛首ちゃん、そこまで短気じゃなかったようです。
『――お前の用件を言え』
すぐに食らうパターンじゃないだけ利口ですかね。あたしはお札を一旦引っ込めました。
「あなたが都市伝説の牛首ちゃんですよね? あたしあなたにちょこっと興味がありましてね。あなたのどこが『最恐』の都市伝説なのか、教えてもらえませんか? 今のところどこにでもあるホラーなので」
そう言うと、牛首ちゃんは黙っちゃいました。
でもやがて、
『ならば、冥土の土産に話を聞かせてやろう』
なんて言ってくださいました!
やったー! でも後であたしを殺すつもりなんですね、牛首ちゃん?
まあいいか、とりあえず話を聞くことにしました。
△▼△▼△
牛に名前はなかった。
ただの『牛』。家畜として乳を絞られ続ける、どこにでもいる乳牛のうちの一匹。
可愛がられているとは別に思っていなかった。人間は乳を絞るやつ、くらいにしか考えていなかったのだ。
しかし、人間は存外に惨たらしいやつだった。
雨が降った。すごい大雨だった。そして牧場の小屋が倒壊し、人間はみんな逃げてしまった。
牛たちは鼻を楔で繋がれたまま、長い年月を過ごした。抜けられずに餓死する者もあったし、鼻を引きちぎって逃げ出した者もある。
そしてその牛は、後者の方だった。
鼻から血を流しながら、牧場の外へと飛び出る。あんなにも青々と茂っていた牧草は流されてしまっていたから、もっと外に出なくてはならない。
そして牛は、周りの牛たちと牧場を飛び出そうと柵に突進した。そして、柵に首を挟まれた。
抜けようとしたが叶わず、囚われの身になってしまった。
動けないで数日を過ごす。腹が減った。
誰も助けてくれなかった。人間は皆、自分達を置き去りにしたのだ。
空腹で倒れそうな時、最後の力を振り絞って柵を破ろうとした。
しかし失敗し、首が切れた。ポトリと首が落ちた瞬間、その牛は絶命するはずだった。
しかし哀れな牛は死んでもこの世に留まっていた。そう、人間に復讐するために。
ここの墓場は、例の牧場から最寄りの場所だった。
ここにいた霊を全て喰らい凶暴化した牛は、墓場に訪れた人間を襲う。そしてその人間に深い恐怖を与え、発狂させるのだ。
襲われた人間は我を忘れ、暴れるのみの牛となって他の人間を襲う。そして牛の首から始まった呪いは、どんどん感染していくのだ……。
△▼△▼△
『満足したか、人間の娘よ。これが口外無用の牛の首の話の全貌だ。さあ、大人しく私の餌食となるがいい』
自信たっぷりに言う牛首ちゃん――いや、ちゃん呼びはやっぱやめます。牛の首、と言いましょう。
でも……。
「すみません、あなたの餌食になるつもりはないですし、それにお話そこまで怖くありませんでした。それのどこが最恐なんですか? 当然、もっと仕掛けはありますよね?」
『先ほど話したことが全てだ。何か文句でもあるか?』
苛立ったようにこちらを睨みつけてくる牛の首。今にも襲いかかってきそうな剣幕です。
でも背中がゾワりともしませんよ。目の前の牛の首がまるでおもちゃみたいに見えます。
あたしは笑っちゃいました。
肩を揺すって、大きく笑います。そしてやっと笑いが収まった時、言いました。
「ふーん。そうですか、そっかそっか。……その程度で最恐の都市伝説とか名乗んなよ馬鹿牛めがぁっ」
まず、牛の首へ動き封じのお札を投げつけます。
「石になれぇ!」と叫びながら次は突進していきますね。牛の首は一種の幽霊なので、除霊のお札には弱いはずです。
「モォォ――ッ」
牛の首は叫ぶわけですが、何しろ体が石にされちゃってるので動けないわけですよ。
あたしはそいつの周りに五つの除霊札を撒いてしまいました。これで準備完了です。
「期待したのにそんなオチなのかよぉっ。もっと面白いの考えとけよぉぉぉぉっ」
あとはすぐに消えてしまわないように、霊火のお札を投げ込んで牛の首を焼いてしまいます。
『また、また人間に殺されるのかぁぁぁ』
「さあ? なんであなたが人間に殺されたのか知りませんけど、つまらない雑魚悪霊は焼けて死ね!」
そして霊を苦しめる呪文を唱えて地獄送りにしてやりました。
後には、何も残りませんでしたね~。
「ああ、つまんなかった。せっかく最恐の都市伝説に出会えると思ってたんですが、さっぱりハズレでしたねえ」
先ほどまでの怒りなんてケロッと忘れて、あたしは墓場を立ち去ります。
すっかり遅くなっちゃったのでお母さんに怒られるなあなんて心配をしながら。
今回は失敗だったですが、次こそは!
そうしてあたしの最恐都市伝説探しはこれからも続いていくわけなのです。
『牛の首企画』に参加しようと思ったのですが、ちょっとこれでは内容的に足りないなと思い番外編に組み込んだ次第です。