ひきこさん
「ねえ聞いた聞いた?」
「なあに?」
「最近、行方不明になった女の子。あれ、ひきこさんにやられたんだって」
「えぇっ、怖いこと言わないでよ〜。妖怪なんているわけないじゃん〜」
ある日の昼休み。
もうすぐ鐘が鳴るので妖怪辞典を読み終えて教室へ戻ると、そんな声が聞こえてきました。
「……あのー、いいですか? 今、妖怪って言いませんでした?」
あたしは一も二もなく、完全に割り込みで突撃しちゃいました。
だってだって、「妖怪」なんてワードを聞いたのに見逃せるわけがありませんよね? ね?
話していた女子二人は、あたしをジロリと見ました。
「いや、別になんでもないんだけど」
「この前、女の子が行方不明になった例の事件があるでしょ、あれ、ひきこさんが犯人なんじゃないかっていう噂があって」
――ひきこさん。
それは、オカルトマニアのあたしはもちろん知っている言葉でした。
なんせ、一度は必ず会いたいと思っている都市伝説のナンバー3の中に入るくらいなんですからね!
雨の日に子供を襲う怪異なんです。
確かに考えてみれば、あの子も雨の日にいなくなったと言っていたよなあと思いました。
△▼△▼△
小六の春。
小学校での最後の一年、楽しもう! と思っていた矢先、ちょっとばかし不穏な事件が起きました。
雨の降る四月のとある夕方、下校中だった小学三年生の女の子が行方不明になったんだとか。
近所の人がその子の悲鳴を聞いていて、すぐに飛び出したものの誰もいなかったとの話です。
ちょうど防犯カメラがなくって、真相は不明。警察が捜査していますが二ヶ月以上が経った今も全然犯人の足取りが掴めていないと聞いていました。
あたしはそこまで詳しくは知らないんですが、都市伝説のひきこさんと何の関係が?
「ひきこさんって、貞子みたいな格好をして子供を引きずる妖怪なんだけどね」と、片方の女の子が言いました。「実は、さらわれた場所から近いところに血痕があったんだって。まるでそれは地面に擦りつけられたみたいなものだったって、お父さんが言ってた」
ちなみに彼女のお父さんは警察官なんだそうです。だからそこまで詳しいことも知ってるんですよねー。
「でもだからってひきこさんって言えるの?」
「黒くて長い髪の毛も一緒に落ちてたんだってよ」
「えっ、ほんと?」
ふむふむ。
確かに、それは怪しいかも、知れませんねー。あたしはすぐさま食いついちゃいました!
「じゃあ、その噂の真偽を確かめましょう! ひきこさんが例の誘拐犯であったら、とっちめてやらないとですよ!」
女の子二人が露骨に嫌な顔をしたのは、さすがのあたしでもわかりましたー。
△▼△▼△
さてさて、女の子たちには断られる結果となってしまいましたが、あたしは一人でもひきこさんに会いにいくことに決めました。
まず、ひきこさんの都市伝説を簡単にご説明しましょう!
こんな感じです。
ある日、小学生の女の子が通学路で、猛スピードで動いている女と遭遇した。
その女は妙なくらいに背が高かった。そして古そうな白い着物を着ていて、長い髪が顔にかかっており目と口が横に裂けている。
思わずその場から動けなくなってしまった女の子。彼女はすぐに、さらに恐ろしいことに気がついてしまう。
女は何か引きずっていた。それはちょうどA君くらいの大きさの人形のようだった。しかしよく見ると、実は人形ではなく、人間の子供そのものだったのだ。
女は女の子をすごい速さで追いかけてきて、必死に逃げたが捕まってしまった。
そしてそのまま女は、泣き叫ぶ女の子を引きずり去ってしまったのだった……。
そしてその女こそが、ひきこさんなわけです。
口が耳まで裂けてるのは口裂け女みたいですけど、目まで裂けてるのを想像するとちょっと怖いかも?
だからこそ期待大!なわけです。
とりあえずあたしは、現場までやって来ました。
閑散とした住宅街。ここにひきこさんが現れるかも知れない……のですが、全然霊気を感じません。そこら辺にもののけは全然見当たりませんでした。
「絶好のひきこさん日和だと思ったんですけどねぇ……」
今、あたしは土砂降りの雨の中にいます。
先ほども言ったように、ひきこさんは雨の日にしか出てきません。理由は、アマガエルが好きだからとか諸説ありますけどもね。
「ひきこさーん。ひきこさんいませんかー?」
とりあえず呼んでみることにしました。
でもまさか来るはずが……あ、来ました来ました、白い服の女。あれ、絶対ひきこさんですよっ!
おやおやまあまあ、ひきこさんってば噂の通りですね。ホラー映画で見た貞子みたい。
そしてその手には、大型人形が握られています。つ・ま・り、あれが引きずられてる子ってことで間違いなさそうです。
テンションがはちゃめちゃに盛り上がっていたところなのですが、あたし、気づいてしまったんです!
人形みたいなものをさらによくよくみていると、惨殺死体であることに。
もはや肉団子です。うげげ……。
さすがに気持ち悪くなって吐き気を堪えながら、あたしはもう一度ひきこさんを直視しました。
「うわあ、改めて見るとひきこさん自体かなり胸糞っ」
あたしのその声が聞こえたのでしょうか聞こえなかったのでしょうかどうなのでしょうか? ともかく、ひきこさんがこちらに気づいてしまったようです。
目がギラギラ光ってます。漫画とかだったら絶対に赤く光ってますよ、あれ。
そんな鋭い眼光のままでひきこさんがあたしの方へ突っ込んでくるんですね。大声でギャアギャア吠えてるし、これには結構本気でびっくりしちゃいましたよ。
「ひっ」
いかにオカルトマニアと言ってもまだ小6ですから、可愛い悲鳴を上げちゃったりします。
そしてあたしは、とりあえず逆に突進していくことにしました!
どうして逃げなかったのかというと、一つ確かめたいことがあったからです。……それは、
「やっぱ幽霊じゃないですね!」
その奇行とも呼べる行動であたしが得られたのは、ひきこさんが幽霊じゃないっていう確証でした。
普通、幽霊とかだったら絶対にすり抜けるんです。でもひきこさんはそんなことにはなりませんでした。
つまりは、正面からまともにぶつかったわけですよっ。
身長二メートル近いひきこさんと、小6にしては大きいものの怪異には劣る身長のあたし。なのにひきこさんったら、軽々と吹っ飛んじゃいました!
これには言葉も出ないくらいに驚いちゃいましたね。吹っ飛ばされるのはあたしの方だと思ってたわけですから。
ひきこさんが手にしていた人形――いいえ、死体は地面に投げ出されて、さらにぐちゃぐちゃになりました。ご愁傷様です。
「うがぁっ。がぁっ。何を何を何を何を何を何を――」
あたしは『除霊のお札』を使うかどうか迷って、今すぐはやめました。
だってだって、せっかく出会えた怪異ですもの、もっと色々調べたいじゃないですか? っていうか本気出してほしいんですよねー。どうせなら引きずってほしいくらいですよ。
「引きずられるのは痛そうだから諦めるとして……、じゃあ話でも聞きますか!」
それから、あたしのひきこさんへの尋問が始まったわけでした。
△▼△▼△
ひきこさんは恐ろしい怪異だと思いますよ?
でも除霊のお札を見せたらすぐに大人しくなっちゃって、「うぅ、あぁっ」とか呻くだけです。
このお札には化け物への牽制の効果もあって、これを見せられるとなかなか動かなくなっちゃうんですね。
ああ、ちなみに除霊の札の場合の『霊』ってのは幽霊限定じゃなくて、その他もののけも指してますのでご理解をば。
とりあえずひきこさんから聞き出したことを順々に説明していきますね!
一つ、彼女が何のために子供を引きずっているか。
これは怨恨だそうです。彼女、昔いじめられていて、その仕返しにと子供を引きずり回してたそうな。
迷惑な話ですよね〜。笑い事じゃないですけど。
そしてそして、ひきこさんの成り立ち。
元々ひきこさんは、森妃姫子って名前の女子小学生だったらしいんです。背は周りよりかなーり高くて、百八十近かったというお話ですが。
それで、彼女は頭も良くて容姿も最高で、教師たちにえこひいきされていたそうなんですね。だから、それを恨んだ同級生が、いじめを始めちゃったわけですよ。
いじめは最初はちょっとしたものだったんですけどどんどんひどくなって、しまいには学校の廊下を引きずり回されてしまって、顔に無数の傷ができたらしいです。
それが、耳まで広がった口と横に裂けた目なんですね〜。
口裂け女みたいに口だけだったらまだしも、目まで裂けてしまっているので隠すに隠せず、外に出られなくなってしまった妃姫子さん。
彼女は、顔が醜くなってしまったことで親に虐待されます。
引きこもりになった彼女ですが、大好きな雨の日だけは別でした。
人も少ないですから、白い浴衣を一枚羽織って外に出ては散歩します。でもある日たまたまその姿を目撃されてしまい、「化け物だ」とさらに危害を加えられて。
結果、複数の怨恨が重なり、死にかけの妃姫子さんは、身長がなぜか大きくなって、怪異――ひきこさんへと変化したということでした。
「ひきこさんにそんな過去があっただなんて……意外です」
ひきこさん、聞けば聞くほど不憫で、あたし、思わず涙ぐんじゃいましたよ。
元々は化け物なんかじゃなくって可愛い女の子だっただろうに、どうしてこんなに辛い目に遭わなきゃならないんでしょう。そう思っていたら、顔を埋めて泣いていたひきこさんが、むくっと顔を上げました。
「お前も……、お前も、泣いてくれるのか……?」
「だって、悲し過ぎます。それで同じように罪のない子供を引きずろうと思ってしまうっていうのもすっごく可哀想で」
ひきこさんがもはや人間でないとしても、あたしはその時、同情しちゃったんです。
するとひきこさんが、横に引き裂かれた目を潤ませて言いました。
「お前は優しい、な」
「そうですか?」
首を傾げるあたしに、ひきこさんは続けます。
「私は、この世の全てを恨んでいた。私と同じ苦痛を味わせたい。だからみんなみんな引きずり倒した……。誰も悲しんでくれなかった、誰も私を慰めてくれなかった。でもお前だけは私を見てくれた。……私は、間違っていたんだと初めて気づいた」
よくはわかりませんが、ひきこさんってば喜んでくれたご様子。
しかも体がぽわんと薄くなっていきますよ?
「やっと、浄化されるらしい……。ありがとう、お前の……いや、あなたのおかげ……」
醜い顔で、でも美しく笑うと――ひきこさんは消えちゃいました。
あたしはもう呆気に取られるしかありませんでしたね〜。
「つまりこれは、あたしが成仏させちゃったってことですか?」
幽霊じゃないので成仏とはちょっと違いますが、どうやらそのような感じです。
全然そんなつもりはなかったのに……。でも、可哀想な妃姫子さんが報われたようでよかったよかった。
よかった……のでしょうか?
「あっ!」
△▼△▼△
あたしは忘れていました。自分が、ゾクゾクなホラー体験のためにひきこさんに会いに行っていたことを。
あれじゃあ、ちょっとばかし汚い肉団子を見て、その後少しジーンとするお話を聞いただけじゃないですかっ! あたしの馬鹿野郎、なんでもっと怖い演出をしてもらえなかったのかっ!
でももうひきこさんは消えちゃったわけで、後悔先に立たずなのです。
ひきこさんに引きずられて殺された子供たちは、最初の子の他にも複数人いて、それは一箇所に集められていたと言います。
それは、今は空き家となった森妃姫子さんの自宅。本当に、彼女は存在していたのでした。
「……はぁ。今回は失敗しちゃったみたいですけど、そこそこいい経験できました!」
もうすでにあたしの頭は次の都市伝説のことでいっぱいです。
今度はどんな都市伝説に会おうかな〜。あたしは、ルンルンと鼻歌さえ口ずんでいたのでした。