第九話 その構えに十年の積想を
そろそろ山場で御座います。
コイツらは冒険者なんかじゃない【汚染者】だ。
少なくとも俺の中ではそうカテゴリーされた。
俺は今まで冒険者を結局殺せなかった。
何故なら彼等は例え迷宮と同質な存在といっても人類を終焉に導こうとしている訳じゃ無いからだ。
バルラスは言っていた。
冒険者の誰もが人類の希望で在ろうとしている訳では無いと・・・
寧ろ俺の様に使命に燃えている奴の方が少数派だと。
それでも別に冒険者が滅びを望んでいる訳ではない。
彼等はただ生きていく事に必死なだけだ。
決して迷宮の様に明確な悪意がある訳じゃない。
だったら殺せる訳がないではないか。
俺はそう思って今まで冒険者を殺す事が出来なかった。
カノジアから契約違反だと散々怒られてきたがそのたびに食事で機嫌を取って誤魔化して来た。
だが今、この瞬間、俺の中で明確に線引きがされた。
俺は【冒険者】は殺さない、殺すのは【汚染者】だけだ。
俺のモノサシで判断するのは傲慢かもしれないが、そんな事は分かってる。
カノジアは言っていた。
知ってしまった者としての覚悟を持つと。
その為なら汚名を被る事を恐れないと。
俺は自分の傲慢を否定しない。
いつかその事を後悔するとしてもそういった事全てを受け入れる。
それが俺の穢れなき汚名だ。
俺はルーキー達へ静かに歩み寄る。
こうしている間にもコイツらは耳を塞ぎたくなる様な下衆な話を何が面白いのか笑いながら話している。
相変わらずユルイ奴らだ。
俺が人間の頃に散々注意したのにまったく改善されていない。
これは追試だな、授業料はコイツらの命で払って貰う。
・・・ベースキャンプ地・・・
「ギャハハ!なにそれ?チョーうける!セリカはホントにそっち方面は天才だな。」
「アラン君、そんなに褒めないでよぉ。」
おいおい、もうコイツら射程距離に入ってるんだがまだ俺に気付かないのか?
こういう時はタマが真っ先に気づきそうだが、アイツはどうした?
・・・居た、船を漕いで寝ている。
本当にコイツらは冒険者としても話にならないな。
もう面倒なので【隠形】スキルを解除した。
そして更に近づき俺の姿が焚き火に照らされる。
「まぁ、暫くは監禁して・・・」
アランが何かを喋りかけて漸く俺の姿を視認した。
言っておくがこの距離は既にお前達の絶望的距離だぞ?
「タマ!起きろぉ!!」
意外にもアランは俺の存在に気づくと同時に焚き火を蹴り散らして広範囲に光源を確保して、俺から距離を空けながら戦闘態勢に即時に移行した。
なんだ、やれば出来るじゃないか。
まぁそれ以外は今のところ落第だが・・・
「喰らいなさい!【シールドバッシュ】!!」
それに比べてお前は最初から駄目だミーア。
なんでタンクのお前がいきなり突っ込んで来るんだ?
俺は掌の大きさを変化させて盾を鷲掴みにしてスキルを強制中断させる。
「なっ!?私の【シールドバッシュ】を!?」
この身体での戦闘法として基本にしているのがこの身体変化だ。
俺の意思である程度形状を変えながら戦況に適した戦い方を獲得した。
「くっ!離しなさい!魔獣風情がこのミスリルの盾に気安く触るな!!」
なんか高そうな盾を持ってると思ったらミスリル製かよ。
金持ちの道楽だな。
突豚に真珠とはよく言ったものだ。
俺は力を込めて盾を握り潰した。
「ひっ?そんな・・・お父様に頂いた私の盾が・・・」
なんでお前は敵対者を前に無防備に突っ立てるんだ?
少し広場の隅で反省してろ。
俺は裏拳を打つつもりで振りかぶった。
「ミーア!避けろぉ!!」
「ミーアちゃん!!」
アラン達の注意は一足遅く、ミーアは俺と目が合った瞬間、裏拳を上半身全体でまともに喰らう。
・・・果物を誤って踏み潰した時の様な音が響く。
手の甲越しに伝わった感触も水の詰まった風船が弾けた様な感触があった。
ミーアだったソレは腰から上を失いその場で力なく膝を突き転がる。
俺が裏拳を振った先の壁一面にはミーアの上半身だったと思われるシミがへばりついていた。
しまった。
力が強すぎたか?
強力な深層の魔獣と戦い慣れて、つい加減を間違えた様だ。
「いやーっ!ミーアちゃん!!」
「ちくしょう!セリカぁ、魔法だ!最大火力をぶちかませぇ!タマっお前はいつも通りだ。」
さっきからアランがまともに機能しているのが感に触る。
それだけ出来るんだったら、ちゃんと育てば立派な冒険者になれた筈なのに、コイツは世の中を舐めて渡っていた。
もう今さら更生させようとは微塵も思っていないのでどうこうするつもりは無いがな。
そんな事を考えていると不意に視界全体が真っ赤に染まる。
これはセリカの魔法か?
これだけの火力が出せるならそこそこ優秀なんだろうが工夫がなさ過ぎる。
伸びしろは無さそうだしこの辺がセリカの限界なのだろう。
俺は尻尾を一薙して魔法を散らす。
この程度の魔法ではこの身体になんの影響も与えれない。
今度は後悔も反省も無く死んでしまわない様にセリカの肩あたりを小突いてやったのだがまたしても失敗。
「いぎぃぃぃ!?わ、わ、私の手がぁ!?」
小突いた辺りから腕がもげてしまった。
どうも力加減が難しい。
失敗を活かせてないぞ?
これではアラン達の事をとやかく言えない。
加減については今後の課題だな。
それはともかくとして、タマの奴が見当たらない・・・
逃げたのか?
いや、アランの太鼓持ちであるタマがアランを置いて逃げるとは思えない。
だとすると・・・スキルか?
「隙あり・・・」
俺の思考の隙間を狙った見事な奇襲だが、やっぱり無意味だな。
お前らのステータスでは俺の身体に傷一つ付けられないみたいだぞ?
「硬い・・・」
今度は見失うつもりが無いので注視していたが、それでもタマの姿を見失った。
これは・・・もしかしてユニークか?
だとしたら納得だ、ユニークスキルは強力無比なモノだ。
恐らく【隠形】の上位互換だろう。
「喰らいやがれぇ!このバケモンがァァアアア!!」
剣に雷撃を纏わせたアランが斬りかかって来たが躱すまでもなく刀身を掴み勢いを止める。
【ルーンソード】を使えるのは驚いたが、使えただけだったな、まるでなってない。
「離しやがれぇ!こんちくしょうガァ!!」
「お前が離せ。」
今度こそ軽ーく腕を振る。
どうやらこの位が良い塩梅の様だ。
アランを五体満足で投げ捨てる事が出来た。
「がっ、グゥ。ま、魔獣が喋った?」
俺の愛剣を手放しかなり勢いよく転がったアランが身体を起こしながら俺が喋った事に驚いている。
そりゃこんな姿の生物が喋ったら驚くか。
俺としては特に隠す意味が無いから気にもしてなかったが。
「そんな事に驚いてる暇は無いぞ?それから接敵する迄が隙だらけだ、即時に戦闘態勢に入ったのは及第点だが他はもっと戦況を把握しろ、今のはタマと連携してせめて同時攻撃をするくらいじゃないと話にならん。」
「魔獣風情がぁ・・・」
その魔獣風情にいいように転がされてるのが、お前の現状だがな。
まぁ、煽るつもりは無いから言わないが。
「タマぁ!取り敢えず俺の事は良いからセリカをなんとかしろぉ!コイツを斃すには火力が必要だ!」
うーん・・・
アランはちょいちょいマトモな事を言うな。
本当に能力と内面が釣り合ってない奴だ。
やっぱり生かしておいても害にしかならんだろうな。
俺が余裕をかましているのをチャンスと見たのかタマがセリカの応急処置に入る。
アランも予備の直剣を抜き俺を警戒する。
だったら俺も久し振りに愛剣で相手をしてやる。
っと、思ったが忘れてた・・・
爪が長過ぎて剣を持てない。
どうする?別に愛剣が無くてもこの爪で十分なんだがそうじゃ無いんだ。
気持ちの問題というかなんというか。
少しだけ考えて俺はある事を思いつく。
俺は躊躇なく尻尾の先を噛みちぎった。
そして剥き出しになった断面に剣の柄を差し込む、そして尻尾の筋力で柄を握るように締め付ければ・・・
良し!結構力を込めて振り回してもすっぽ抜けたりしないな、多少痛かったが愛剣を再び使えるなら安いもんだ。
この剣は俺のユニークスキルと相性が良いので手放したくは無かったのだ。
ようやく俺の手元に返って来た事に自然とテンションが上がる。
「な、なんなんだコイツ?まさかその剣を使うつもりか?」
口に咥えていた尻尾の先を吐き出し、剣を尻尾で構える。
尻尾の長さも自在だから間合い的にも問題無いな。
寧ろ人の身体で使うより優位じゃないか?
思いつきにしては中々良いかもしれない。
俺は【ルーンソード】に焔を纏わせる。
そして右脚を引いて半身になり剣を目線の高さで構える。
これは霞の構えだ。
俺が人間だった頃もっとも得意にしていた。
この構えから柔軟な対応が元俺の基本戦術だったからな。
「おい、オイオイッ!なんでテメェがその剣でその構えで焔を纏う!!なんでアイツとおんなじ事をするんだ!!」
「それが今も変わらず俺の最善だからだが?」
この剣を俺が持つならコレが最善、当たり前のことを当たり前にやるだけだ。
「ウソ・・・だろ?『今も変わらず』?それにそのイラつく喋り方・・・お前、カレアル・エーギル・・・か?」
「なんだ?やっと気づいたのか?久しぶりだなルーキー、新人教官としてお前の最終選考をしてやる。」
俺は鋭利な牙を見せながら獰猛に笑ってアランに告げる。
「まぁ、審査するまでも無くお前は落第だろうがな。」
長々とした説明回を乗り越えてここまで読んで下さって有り難う御座います。
ここからは多少はスピーディーになるかと・・・?
(予定は未定とも言う。)