第一話 愚直にして歪な存在
読んで下さる読者様の暇つぶしになれば幸いです!
「ハァ、ハァ、ハァ・・・クソッ!」
壁を背にしゃがみ込んだ男が目の前で息も絶え絶えな様子で悪態を吐いて俺に瓦礫を力無く投げつけて来た。
力無いとは言っても冒険者の身体能力だ、人に当たればそれなりにダメージを与えるだろう。
だだし人ならばの話だが・・・
人では無くなった俺には傷一つ付くことは無く、外殻に当たった瓦礫はアッサリと砕けて俺の足元に散らばる。
それを見ていよいよ観念したのか項垂れて「なんで俺が・・・」とか「こんな筈じゃ・・・」と呟いている。
床に散らばった欠片から改めて男に目線を移すと腹部と右太腿から夥しい血を流していた、まるでその男の命のリミットを可視化しているかの様に血の海が広がっていく。
これはもう助からない、見たところ回復薬等の入った冒険者の必需品であるポーチは紛失しているらしく右手に折れた剣を持っているだけだ。
だったら俺の目当ての物は何処に隠しているんだ?
この状態から助かるには仲間かもしくは別の冒険者でも助けに来れば可能だろうが、ここは【人魔の遊戯迷宮】の深層だ、易々と人の身で来れる場所では無いし仲間も全員死んでいる、助かる可能性は極めて低いだろう。
「死に・・・たく、ねぇ・・・よ・・・俺は、まだ、まだ・・・満足、なんて・・・してねぇん、だ。」
死への秒読みが始まっているのにまだ生き足掻くのか?
しかも満足して無い?そんな自分勝手な理由だけで奇跡が起こると思っているのか?
巫山戯るな、奇跡はそんな安いモノでは無いし都合良くも無い。
俺はこの男がどんな人生を送っていたかは知らないがこの迷宮でやらかした事は良く知っている。
ルーキーを騙し利用して囮にしながら深層を目指し、仲間を犠牲にして迷宮種を持ち出したところで俺の相方に深傷を負わされて逃げ出し蹲っている。
そんな奴が助かる様な奇跡は例え在ったとしても俺が瓦礫同様粉々に砕くだけだ。
「此処でぇ、死ぬ・・・ぐらいならぁ!!ッアガペ!!」
男が突然顔を持ち上げ瞳に生への渇望を浮かべたと思った次の瞬間、俺の後方より飛んできた重槍に顔面を串刺しにされ、生にしがみ付く様な目が右側だけ飛び出し口元が半笑いのまま絶命した。
「おいおい、新人君さぁ、な〜にを悠長に眺めてる訳?自分に任せろって言うから様子を見てりぁ何もせずにボケっとしてますけどぉ何がしたいんですかねぇ?」
俺が後を振り向くと長い銀髪を靡かせながら相方が大股で歩いて来た。
口調同様態度と顔にも不機嫌さを全開にしている、これは本気で怒っているな・・・
確かに怒られてもしょうがない事を俺がしていたのだから文句は言えないが、一つだけどうしても言いたい事があるので槍を死体から抜き取っていた相方に向き直り言ってやった。
「君が怒るのは理解出来るが、口調はともかく女性がそんな大股で歩くな。」
まったくもってはしたない、美人なんだからもう少し身形や言動に気をつければ更に魅力的に見えるんだぞ。と追加で文句を言ってやる。
「バッ!バッカじゃないの?オレがどうだろうと新人君にはカンケイないっしょ!?そ、それにオレは美人とかそんな上等なモンじゃ無いし・・・そ、それに・・・」
・・・本人的には恥ずかしくてモジモジしているつもりなのだろうが血塗れの槍を持って恥ずかしがっても軽いホラーにしか見えない。
恥ずかしがっている顔だけを見るなら美人だし良い目の保養になるんだが、重槍のイカツさと血塗れ具合がなぁ・・・とてもでは無いが正当性があるとは主張出来ない気がする。
だが・・・【元冒険者】の俺は相方の殺人行為を止める事は無い。
相方には新人達に囮にされ死にかけていた俺を救ってくれた恩がある。
そして助ける条件として協力するという契約も交わした。
そして誰も知らない真実に気づいた者としての【覚悟】を持っているのも知っている。
相方は間違いなく誰からも理解されない修羅の道を歩んでいるが、せめて俺だけでも相方を理解したいと思って側にいる事を受け入れているのだから。
上級冒険者カレアル・エージスは死んだのだ。
長年共に冒険して来た仲間に裏切られ、繋ぎで就いた新人教官になれば新人パーティに迷宮で囮にされ死にかけた。
そして相方の【裏返り】と言う秘術のおかげで助かり、今では人でも魔物でも無い存在になって、相方と共に迷宮の守護者として冒険者という名の侵略者達を殲滅をしている。
未練はあった、相方の秘術を受けたのだって生きて帰りたかったからだ。
裏切られて落ち込んでいた俺に新人教官という職を紹介してくれたギルドの受付嬢に恩を返せていないし、常連宿の女将さんと娘さんとは客と従業員以上の、それこそ家族の様な関係を築けていた。
他にも街には少数だが知り合いがいる、その人達に「行って来ます」としか言えていない。
本当は皆んなに「ただいま」と言いたい・・・
だけど、それはもう叶わない。
俺の見た目は【裏返り】で完全に人では無くなった、強固な外骨格に全身を覆われ強靭な四肢に鋭い爪を持ち自在に動く尻尾まで生えている。
こんな見た目で迷宮の外に出れば即討伐対象だ、仮になんとか街までたどり着いて知り合いに事情を説明して理解して貰ったとしても必ず迷惑になる。
だったらもう俺はこの迷宮で生きていくしかない。
いや、この迷宮でしか生きていけないんだ。
「いや、そりゃあオレだって自分でも、もしかしたらそこそこイケてるかも?って思ってるトコはあるよ?だけど仮にもオスのお前にそんな事を言われちゃうと例えオレでも驚くっていうか嬉しいっていうか・・・恥ずかしいなぁオイ!」
俺が考え事をしてる間も継続して恥ずかしがっている相方に声をかける。
「カノジア!そろそろ現実に戻ってくれ。迷宮種がどこにあるか確認して無いんだ、一緒に探そう。」
もし迷宮種に傷でもついていたら修復に更なる養分を必要としてしまう。
それでは無駄な犠牲者が増えるだけだ。
相方の覚悟に共感はしているが、なるべくなら犠牲者は最小で抑えたい。
「そんなに心配しなくてもダーイジョウブだって、だってコイツ最後に迷宮種を食べるつもりだったぞ?だからホラ、左手に持ってるっしょ?ちゃんと左手に持ってるのを確認してるからオレも慌てて無い訳だ。」
・・・確かに。
そうかこの男の最後の悪足掻きはコレだったのか?
人の身で迷宮種を食べたら何が起こるか分からないのに博打過ぎるだろ、いや死が目前だったんだ博打に出るのも無理は無いか。
「それじゃあ迷宮種も回収出来たし最深部へ戻るか、死体はいつも通り迷宮が吸収するし持ち物も持ってないからこの場は放置で良いだろ?」
「それで良いんじゃね?この【冒険者】には悪いが迷宮の養分になって貰う。それより今日のメシ当番は新人君だぞ、美味しいヤツを期待してるゼ!」
「だったらカノジアは先に迷宮種を最深部に届けてくれ、俺は浅層に行って食材を探してくる。」
俺は相方とは別行動で浅層へと向かう、目的は食材探しだ。
しかし迷宮には食べ物なんて生育しない、俺の目的は食材探しと言う名の略奪、つまり冒険者のベースキャンプ襲撃だ。
勿論、出来るだけ殺したくは無いので奇襲から混乱させて這々の体での敗走させるのが望ましい、そうすればキャンプ地の設備を丸々回収出来る。
食材もパーティを賄う量がある訳だから俺達二人で食べるなら十分な量を見込めるしな。
相方とは別行動をとり冒険者のベースキャンプを探し始めてかなりの時間が経ったが今日は中々見つからないな。
いつもなら浅層は脅威になる魔物がいないから冒険者は油断して中層へ向けて英気を養っているもんだが・・・
しょうがない、もう少し浅い層へ向かうか。
余りにも迷宮の入り口付近だとルーキー達の狩場になるから行きたく無いんだけどな。
俺はもう冒険者では無いし、ましてや人でも無い。
それでもルーキーにはこれからの夢に向かって頑張って欲しいと思っている。
例えその身が人類の脅威になる可能性を孕んでいたとしてもだ。
それにルーキー達に俺の様なイレギュラーと遭遇するのはまだ早い。
ハッキリ言って悪影響だろうと思う、下手したら【冒険者】を廃業する奴だって現れるかも知れない。
俺という存在がどんな悪影響を与えるかを考えれると、今の層より浅い場所には行かない方が良いんだが、カノジアの美味しそうに食べる顔を思い出すと少しだけ無理をしたくなって来る。
「しょうがない、少しだけ様子を見に行ってみよう。なるべく姿を見せない様にしながら脅せばなんとかなるかも知れないしな。」
かなり浅い層に来て直ぐに四人パーティのベースキャンプを見つけた。
こんな浅さい所でキャンプをする意味が無いとは思うが俺に取ってはラッキーだ。
ルーキー達には悪いがカノジアの笑顔の為に今回は泣いて貰おう。俺は隠形スキルを発動させてルーキー達に近づいた。
「ねーねーアランってさぁ、何でその剣使ってんの?縁起が悪いから売っちゃいなよ。」
「俺だってこんなボロい剣なんて使いたくねぇーし、だけどこの剣を俺が使うから俺達は周りから期待されてるんだぞ。
セリカだって説明を聞いてただろ?だから俺達がルーキーを卒業する迄はこの剣を使うしか無いんだ。」
「そんな説明あったかな〜?私って興味無い話って頭に入って来ないんだよねぇ。」
「セリカは何を聞いても一日経てば忘れるでしょ?」
「ミーアってばひっどーい!」
「セリカはアホ可愛い・・・」
「タマちゃんもアホって言わないでよ〜、でも可愛いなら良いかも!」
「兎に角、カレアルの剣と意思を受け継いだ期待のルーキーアランとそのパーティ【ゴールデン・フォース】の仮面は暫く脱げないんだ、セリカも軽はずみな言動は控えろよ?」
身を隠して観察していたパーティは俺を囮にして逃げたルーキー達だった・・・
しかも俺を囮にしたのに俺の意思を受け継いだだと?巫山戯てるのか?
俺は今でも覚えているぞ、お前らが最後に俺に罵声を浴びせながら逃げて行ったのを。
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『おっさんがネチネチ小言ばかり言ってくるから俺達の集中力が削がれてたんだ、でなきゃこんなモンスターハウスのトラップに掛かるもんか!だからおっさんが責任を取れよ!」
「おい、タマ!言われてた通りおっさんの剣を奪え!それからセリカ!入り口に向けて爆発系をぶっ放せ!予定より早いが離脱するぞ!!」
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そうだ、奴等は俺の注告を散々無視した挙句にトラップに引っ掛かり俺の愛用の剣を奪って逃げたんだ。
そうだ、あの時の事を俺は忘れてはいない。
あの時が俺の人生の分岐点だったのだ・・・
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