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そのよん

昨日の嵐が嘘のように、青い空が広がっている。


今日は、洗濯物出しっぱなしでいいかな。

洗濯物を干しながら、部屋の中を窺う。

あ、猫の目が開いた。


「おはよう、お嬢さん」

「あ、クベール・チュール。おはようございます」


紳士な猫がベランダまでやってきた。

ああ、外の空気、吸いたいのかな?


「ここは日当たりがよさそうだ」

「私もう少ししたら仕事に行きますけど、窓、開けておきますか?」


閉め切ってたら、かわいそうだもんね、でも、防犯的にちょっとダメかも。


「ここの小窓を少し、開けて置いていただけますか。カギは閉めるのですよ」

「わかりました」


春の空気、確かにちょっと、いい香りだもんね。


「お嬢さんに少々お願いがあるのですが」


え、何、改まって。

少々、身構えて、窓を閉めて、クベール・チュールの目の前に、座った。


「お手洗いを、お借りしたいのですが。」


ああ!!しまった!猫砂、買ってない!!

というか、昨日からしてないよね?!大丈夫なの?!


「ごめんなさい、クベール・チュール、気が付かなかった…」

「大丈夫なのですが、私の手では、ドアノブが回せないのです」


トイレのドアノブには、私が手縫いで作った、ドアノブカバーがついている。

回して開けるタイプのドアノブだから、確かに猫には、開けられない。


「それでは、少しドアに本を挟んでおきます。…というか、トイレ、使えるの?!」

「ええ、使えます」


猫なのに、しっかりしてるなあ…。


朝ご飯は、コーヒーに牛乳をたっぷり入れたもの。

毎日、ずっと、これ。


「クベール・チュールは、ミルクは飲みますか」

「いただこうかな、いただけますか、お嬢さん」


お皿にミルクを注ぎ、クベール・チュールの前に置く。


チ、チ、チと軽い音が聞こえる。

ああ、猫、かわいいな。

こんなに紳士なのに、しっかりかわいい猫。

…そうだ。


「写真を一枚、撮らせてね」


スマホのカメラで、正面から一枚、写真を撮った。

うん、かわいい。

ちょっとだけ、テンション上がった。


よし!今日も頑張るか!



私が働くのは、地元密着型のスーパー。

大型ショッピングモールの谷間にあるこの店は、地元のお客様に愛されて15年。

私は、オープンから、ここで働いている。


完全週休二日、9:00-17:00の八時間勤務、休憩一時間。

レジに入ることが多いけど、たまに品出しも、するかな。


「おはようございます」


タイムカードを切って、更衣室に行ったら、先月入ったばかりの学生さんがいたので、挨拶をする。

その手に、持っているのは…。


「おはようございます。あの、この傘、借りたやつなんですけど、どこに返したらいいですか?」


ああ、この子が、私の傘を持って行ったのか。

さて、なんて返そうか。


あんたのせいで私びっちゃびちゃだったんだよ?

勝手に持って行かないでね?

どうして一言貸してといえなかったの?


「あ、そこの傘立て、ロッカー横に隠れてるけどあるから、入れといてね」


言いたいことは、言わない。

いえない。波風、立てたくない。

濡れて帰ったけど、帰れたし。

風邪も、引いてないし。

傘も、お気に入りのが、帰ってきたし。


言い訳をして、文句を言わないよう、自分の言い分を、飲み込む。


「わかりました」


素直に返事のできる、いい子だよ…?

いいところに目を向けて、この子はいい子だと、自分に、言い聞かせる。


着替えて、レジに向かう。


「おはようございます」


店長の池下さんは、私と同じ、オープンから勤め上げているベテラン。

はじめは同じレジ打ちだったんだけど、ものすごく、出世した。

努力、してるからね、認められて当然だと、思う。


「おはようございます」


いつもだったら、目も合わさず挨拶をするけれど、今日は、クベール・チュールに言われたから、頑張って、見る。

あれ、池下さん、こんなに老けたんだね…。

いかに、顔、目を見ていなかったか、痛感しちゃった。


「…ごめん、あのね、明日のお休みなんだけど、秋元さんと、変わってもらえないかな?」


「いいですよ。わたし明日出てくれば、いいんですね?」


「ごめんね、ありがとう」


秋元さん、さっき更衣室で私に会ってたのに、なんで、直接言わないのかな…。

・・・。

直接言ったら、迷惑かけると思って、店長を介して、気を、使ったんだ。

そう、思い込むことに、した。


お店のオープンは、10時。

それまでは、野菜などの品出しをがんばる。

今日私が捌くのは、ブロッコリー。

一つ一つ、茎の固い部分を、落とす。


奥の方で、年配のアルバイトさんが、何やらもめているようだけど、どうしたんだろう。


「おい!!お前!!カボチャはお前がやれよ!!硬くて俺じゃ切れねーんだわ!」

「無理です…手がいたいです…」


かぼちゃは、専用の機械で切るんだけど、力が必要で、非力な人だと、重労働になる。

大根カットを巡って、諍いが起きているみたい…仕方ないな。


「あ。わたしブロッコリーだから、変わるよ!神保さんはダイコンやって?」

「おう!了解!」

「立花さんは、ブロッコリーね、お願いします!」

「はい…」


オープン前の一時間だから。

一時間くらい、重労働したって、大丈夫。

みんなが、スムーズに、いやな思いをしないで、仕事が進めていけるなら。

私は、大丈夫。


オープンしてすぐ、店長が飛んできた。


「小湊さん!あさイチレジなんだから、カボチャはまずいよ…!」

「大丈夫ですよ、私慣れてるし、ほら、ちゃんとレジ、打ててるでしょ?」


かぼちゃは重労働なので、手が、震えちゃったりすることもあるんだよね。

疲れちゃって、手が震えちゃうの。おつり渡すときに小銭落としちゃったりする人もいるから、レジに入る人は、基本カボチャはやらないことに、一応、なってるんだけどね…。


なんてことないんだよと、店長にアピールして、目を、見る。

いつもなら、目を合わさないで、言い捨ててるセリフだけど。


クベール・チュールの、言葉が、私を、変えたはずだから。


大丈夫。


私、ちゃんと、目を見て、言えてる。

なんてことないんだよって、言いたい気持ち、ちゃんと、伝わってる。

この人は、私の心の中なんか、のぞいては、いない。


「…ありがとね!」


私は、朝一番のお客様の、かごを手前に、引き寄せた。



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