表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

そのに

春の雨はいまだやむ気配もなく、ザーザーと降り続いている。

風も強く、嵐のよう…。


しかし、この部屋の中には、穏やかな空気が流れている。

なぜだ、猫がしゃべるという、摩訶不思議な世界がここにあるというのに…!!!


「おうちがないんでしょうか…?」


「家はあったのですが…事情があり、出たのです」


猫の世界も色々と大変なんですね、わかります。


幸いこのマンションはペット可、契約更新のときにでも申請すれば何とかなるはず。

まあね、はしゃぎまわる子猫でもないし、この落ち着き、この貫禄。

クベールチュールが10匹いたって、ばれない自信あるよ!!!

でも、まあ、無許可はまずいから、来月にでも大家さんに連絡しよう。


「わかりました。いいですよ!ただ、その、プライバシー的なことは、えっと…」


さっき、私、素っ裸で髪乾かしてたりしたんですけどね!!!

猫、猫だけど、しゃべるし!!!

なんか、人っぽくて、なんか、引っかかる!!


「淑女の着替えを見るなということで、よろしいでしょうか?」


ああ、でもまあ、もう36だし、猫だし、いいのか、なあ…。

ちょっと、もにょる。


「なるべく配慮させていただきます。ご安心ください」


こんなに紳士なんだから、たぶん、大丈夫なんじゃないかなあ。


「やだなと思うことがあったら、言います…」


どうだろう。

やだなと思うことがあっても、まず言わないのが私だったりするんだけど、言うかな?

…言わないだろうなあ…。


クベールチュールは、ふんと鼻を鳴らし、目を閉じた。


あ、ご飯とか、お水、いいのかな?

ヤバイ、この雨の中、猫缶買いにいくのちょっときついかも。


「あの、ご飯とか、どうします?」


「お嬢さんのものを分けていただけたら、それでかまわないよ」


え、でも、私、ご飯って作らないんだよね。

毎日、カロリーバーとかクラッカーで済ませちゃうし。

ヤバイな、ドン引きされちゃうかも。


「あの、私、お菓子みたいなものしか食べなくって…」


「お嬢さんは、料理が苦手なのでしょうか?」


苦手というよりも。

食べることに、興味が、ないというのかな。


昔は、そうだな、料理が好き、だったのかもしれない。

失敗したり、成功したり、楽しみながら、調理をしていた。

膨らまなかったスポンジケーキも、おいしいと思えた。


今は、何を食べても、味気なくて。


おなかはたしかに空くけれど、食べなくてもなんてことない。

美味しそうなものをみて、食べたいなとたまには思うけど、実際に食べる事は、ほぼ、ない。


すっかり食べること、作ることを、手放してしまっているんだよ、ね。


倒れないだけの、必要最低限の食事が私の命を繋いでいるという。


「苦手ではないけど、今は食べることが、苦手、なのかもね」


「人は、食べなければ生きていけないのに?」


生きていくということに、疲れてしまっている私は、たぶん、食に興味がなくなっているに違いない。


「そうですね、うん、なんていうか、うん、そうなんです」


猫に返す言葉が見つからない。

猫なのに、なんという存在感。


「ねえ、お嬢さん。あなたはもしかしたら、何か悩んでいるのではないかな?」


「悩みが何なのかすら、わからないくらい、私、頭が悪いんですよ、ははは」


クベールチュールの尻尾がぱったん、ぱったん、左右に揺れる。

何で猫って、こう、思慮深い表現上手なんだろう。

今、絶対なんか色々考えてるよね…。


ああ、そうなんですね、お馬鹿ちゃん、はははとか返してくれたらいいのに。

あ、ヤバイ、これ、やばくない?

ちょっと闇の私が、出てきそう…。


「あなたはとても聡い方とお見受けしました」


「はは、買いかぶりすぎよ、クベールチュール。私はただの、普通の人です」


そう、いい年して、毎日仕事行って、失敗して、謝って、落ち込んで…。

たった一人で、立ち直って、また、落ち込む。


ただ闇雲に、毎日同じ仕事をし、日々を過ごすだけ。

やりきれない思いがなんとなく、くすぶるものの、今の生活を変える勇気も、気力もなく。

何もない、なんだかもう、どうでも良くなってしまっている、ただの、ぼっち、なんだよ。


ああ、完全に闇、出てきた。


「私は、お嬢さんにお世話になるから、その対価として、言葉を差し上げようと思うのです」


「言葉、ですか?」


話し相手になってくれるのかな…?

私、本当に、馬鹿なんだけどな。

普通の人、ちゃんとやれてるフリだけしてる、不器用な人。


「あなたには、足りていない言葉があり、それを誰も届けていない」


そうかもね、ほとんど誰とも話、しないからね。

独り言も、得意だしさ。

一人突っ込みも、妄想も、得意なんだけどね!


「会話にならないかもですよ…?」


人と交わす会話が、とても苦手、だったりするから。

距離感がつかめず、暴走したり、無言になったり。

話せているフリをするのが、私の癖。

その実、話、ぜんぜん聞いてなかったり、ね…。


「私があなたに投げかけた言葉を、あなたが受け止めて、心の中で消化したら、それでよろしいのです」


言葉を、受け止める。


言葉を、消化する。


この猫は、私に足りないものを、くれるといっている…らしい。


外はまだ、雨が降っている。

時折ごおっっと、強い風が吹き付ける。

ガラスはぴったり閉じていて、外の風は完全に遮断されている。


けれど。


ああ、今、風が、吹いた。


普通の人のふりをしている、なーんにも持ってない、がらんどうの私の心に、少しだけ、風が吹いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 2/9 ・言葉を受け止めて消化する。どんな言葉が出るのでしょうか ・最後の一文つよい [気になる点] 作者の闇ですねこれは。天才が普通の仕事をできるわけがない! [一言] キクラちゃん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ