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クベール・チュールという猫  作者: たかさば


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13/19

そのじゅうさん

 目が、覚めた。何だろう。とっても、ふわふわした夢を見た。起きた瞬間に揮発してしまった夢だけれど、確かに心がうれしがっていた痕跡が残っている感じ…。いい夢だったに違いない。今日もいいこと、あるんじゃないのかな?


 私はカーテンを開けた。薄暗い部屋に、明るい光が差し込む。ベッドの端で丸まっていた猫が少し動いた。眩しかったかな?もう少し寝かせておいてあげよう。私はベッドをおりて、洗濯物に取り掛かり始めた。


 昨日は帰宅してからチキンカツを作って、クベール・チュールと一緒に美味しくいただいた。揚げ物をしている時のクベール・チュールの尻尾と言ったらもう!ピチピチ跳ねる油に合わせて、ぴっこぴっこ動いて…ふふ。

 おいしい晩御飯を食べながら、いっぱいおしゃべりをした。クベール・チュールのお話はずいぶんスパイスの利いたお話で、あまり知識のない私でもわかるような言葉を使ってくれたから夢中になっちゃったんだよねえ…。夜更かしするとまた尻尾ばすんばすんが始まるから切り上げたんだけど、正直もっといろいろ聞きたかったっていうか。うーん、次のお休みは絶対クベール・チュールのお話聞きまくろう!!


「バスケット、どこかにあったと思ったんだけどな…あ、あった!」


 私はキッチンの棚の一番奥から、ちょっと大きめのバスケットを取り出した。ふたを開けて、中身を確認する…。うん、使えるな、よし!

 せっかくの揚げ物だったから、オニオンリングやハッシュドポテト、カボチャフライにささみフライなんかも作ったんだよね。今日の夜ご飯はチキンカツ丼風雑炊にして、お昼はフライもの使ったホットサンドを作って持っていこうと思ってるんだ。ちょっと多めに持ってって、上田さんに食べてもらってもいいかも。食べてくれないかもだけど…。ま、余ったら持って帰ってきてもいいしね。

 今日は仕出し弁当の申し込みしないでおこうかな。…ずいぶんぶりだなあ、あれ、ひょっとしたら、仕出し頼まないの初めてかもしれない。


 洗濯物が回っているうちにホットサンドの準備をする。ホットサンドメーカーもずいぶんぶりに出すけど…。一応プレートは洗ってと。スイッチもちゃんと入る、よし、どんどん挟んでいこう。耳カット済みのサンドイッチ食パン10枚全部を使って作る。朝ご飯の分も一緒に作っちゃうから、時間もそんなにかかんないかな。

 カボチャフライは荒くつぶして、角切りチーズとマヨネーズで和えてサンドして。ささみフライは薄くカットしてお好みソースとスライスチーズをのせてサンドして。普通のソースバージョンも作って。オムレツ作ってケチャップかけてサンドして。バスケットの中にナプキンを敷き詰めてサンドイッチを詰めていく。オニオンリングとハッシュポテトは軽くトースターで焙ってケースに入れてバスケットに詰める。ちょっとピクニックっぽいお弁当になったけど、まあこういう日もあっていいよね!


 お弁当と朝ごはんの準備ができた時、洗濯機がちょうど終わった。うん、タイミングいい。洗濯物は今日も干しっぱなしで大丈夫。私はベランダに出て、洗濯物を干し始めた。


「綾香、おはよう」

「おはよう!今日もいい天気よ、クベール・チュール!」


 猫の目が朝日を浴びて眩しそうに細められた。…笑ってるのかな?


「綾香はずいぶん表情が豊かになってきたね。とても…いい笑顔をするようになった」

「え!!そうかな?それはクベール・チュールのおかげだよ!ありがとう!」


 ああ、クベール・チュールは、今間違いなく、笑っている。尻尾がご機嫌そのものだもの。


「はじめ君は表情が乏しかったと覚えているよ。…君はこんなにも豊かな感情を、外に出すことなく過ごしていたことに、気が付いたかい?」

「私に表情を出す機会を与えてくれたのはあなたなんだよ、クベール・チュール」


 あなたが私に、与えてくれたもの。あなたの言葉が、私を変えた。


「これからどんどん、君の魅力は上がっていくと僕は思うよ。うれしいことがあったら笑う。悲しいことがあったら悲しむ。当たり前のことだけれど、それができる人は多くはないからね。…綾香はもう、感情を出せるようになっているから」

「そうかな…うん、そうだね!クベール・チュールが言うならきっとそうだと思う。ふふ、楽しみ!」


 洗濯物をすべて干し終わって、部屋の中に入る。今日は少し気温が高くなりそう。小窓は全開にしていかないとね。風通し良くしておかないとクベール・チュールがかわいそうだから。


「僕は君を見ていてとても魅力を感じているんだよ。…僕は、君の幸せを心から願っているよ」

「私だって。クベール・チュールの幸せを心から願っているわ?」


「…それはありがとう。ともに、幸せになろう、うん、それがいい」


 洗濯かごを片付けて、私と猫は食卓を囲んだ。猫のお気に入りは、ささみチーズのホットサンド、みたい。また作ってあげよう!





「わあ!!何それ!!手作りのホットサンド?!すごいね、こみちゃんって料理得意なの?」


 お昼休み。私は上田さんと一緒にご飯を食べているわけなんだけど。持参したホットサンドに上田さんがくぎ付けになってる。そんなにスゴイの持ってきたわけじゃないんだけどな。


「得意っていうか、作るのは好きなんだよね。この前上田さんに痩せたって言われたからさ、ちょっと気にしてご飯作るようにしてるの。良かったら食べる?」

「ええ!!いいの!!わーい!!ありがとう!!」


 上田さんが手を伸ばす。


「お!!うまそーなもん食ってんじゃん!もーらい!!」


 上田さんが手を伸ばしたホットサンドに、藤田さんが横から手を出して、奪い取っちゃった。


「ちょ!!あんた何勝手に取ってんのさ!!こみちゃんのだよ?!泥棒!!!」

「まーまーいーじゃん、俺が食ってやるって言ってんだからさ!」


 うーん、食ってやる、ね…。今までの私なら、いいよで済ます所だけれど。ちょっと、先を考えて、会話というものを、してみようか。


「藤田さん、奪い取ったものと、どうぞって言われて差し出されたもの、同じ味がすると思う?」

「おお?何言ってんだあんた。同じに決まってんだろ?バカか!」


 相変わらず、こう、一言多いというか、人の話を聞かないというか…。


「私ご飯作るときはおいしくなるといいなって思って作ってるの。だから、美味しくなってるはずなの。それをね、食ってやるなんて上から目線で言われたら悲しいよ。そのサンドイッチは、私があなたにあげたものです。ちゃんとゆっくり味わって美味しく食べてください」

「お、おう…。もらうわ…」


 なにやら神妙な顔をして藤田さんはわたしのサンドイッチを食べながらどこかに行ってしまった。おいしいかおいしくないかくらい言ってったらいいのに。…まあそこまではいいか。


「なんかこみちゃん変わったね。なんかあったの?…つかこのサンドイッチめっちゃうまい!!」


 上田さんは仕出し弁当もあるというのに私のサンドイッチをわっしわっし食べてる!!うれしいけどおなか大丈夫なの?!ちょっと心配になっちゃうじゃん!心配しつつ、私はそっとスマホを上田さんに見せつける!


「あったあった!!ほら見てよ!!うちの猫!!かわいいでしょ?!」

「ギャ――――――――!!めっちゃ可愛い!何このイケメン猫!!あのこの前の猫だよね?!」


 私は撮り貯めておいたクベール・チュールのイケメン写真をここぞとばかりに上田さんに見せてあげた!!そうなの、めっちゃクベール、かっこいいの!!かわいいの!!もうね、ホントすごい猫なの!!!あまりにも盛り上がりすぎて、危うくお昼休憩取りすぎるところだった。


 そう。私はね、この猫のおかげで、どんどん変わっているの。どんどん、自分というものを、取り戻していっている…?ううん、自分が気付かなかった、自分という意思を、意志を、確認している?自分が楽しめる何かを見つけた感じ?ちょっと難しくてうまくまとまんない。でも、はっきり言えるのは。


 自分を、楽しんでいる感じ。


 私は、「自分という存在」が楽しいと思えるような毎日を送ることができていなかった。

 自分という存在は、人の溢れる世界の中の一人だと思っていて。

 自分は大勢の中の一人だと思っていて。


 大勢の中で自分を主張することをしないようになっていて。


 自分しかいないところでも自分を主張しないようになっていて。


 いつしか自分が自分であることすら手放してしまっていたような状態で。

 自分の感情を出せないまま、ただ周りに合わせて生きてきた、自分を無くした、自分。

 隠しきれない感情が漏れ出すことを嫌って、人の目を見ることすらできなかった私が。


 こんなにも、自分を楽しめている。


 自分の感情のコントロールをするようになっていた私を変えたのは、間違いなく一匹の猫。

 自分の感情に気が付かなくなっていた私を変えたのは、間違いなく一匹の猫。

 自分の感情を手放していた私を変えたのは、間違いなく一匹の猫。


クベール・チュールという猫。



私を変えた、私の大切な、猫。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 13/13 ・料理の描写、とても参考になります。 [気になる点] ああ、この心情の変化。読むのは良いけど書くのは難しいんですよね [一言] やっぱ味わって食べて欲しいよね
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