第04話 魔王は薬師を手伝いたい
「ご、ごめんなさい。こんなにたくさん持ってもらって……」
魔力草に加えていくつかの薬草の群生地などを巡り、アリーゼの欲しがる薬草を大量に採取して、俺たちは小屋へと帰還した。
「ふん、気にするな。これぐらい魔王にかかれば造作も無いことよ」
「魔王様が人間の荷物持ちしてるのはどうかと思うんスけどお……」
「気にするな。これもアリーゼという優秀な人材を手に入れる為の作戦だ」
俺は背中に一つ、両手に二つのカゴを持っていた。
しかし魔族である以上、特段苦になるほどの荷物ではない。
それに俺が手伝ったおかげで、魔力草だけでなくさまざまな種類の薬草類やキノコなどを採取できたようで、アリーゼは喜んでいるようだった。
そう、俺のおかげで!
「……アリーゼよ、余が役に立てそうなことがあれば気軽に言うがよい。この魔王リンド・リバルザイン三世が直々に手を貸してやろう!」
「猫の手も魔王の手もあんま変わらなそうッスね」
「魔王ラリアット!」
余計なことを言うモニに制裁を喰らわせつつ、俺は指定された小屋の前の軒先にカゴを下ろす。
アリーゼは早速取ってきたそれらを種類ごとに選別していった。
俺は彼女の前にしゃがみ込みつつ、その様子を観察する。
「アリーゼ、これは何をしている。晩飯の支度か?」
「いえ、晩ご飯の仕込みはもう済んでいて、お鍋にしようかと思ってます。……今やっているのは、お薬の調合、です」
「ほほう、薬の調合か。直接見るのは初めてだ。後学のために余も手伝おうか」
「わあ、それは是非……。助かります」
アリーゼは取ってきたキノコ類をひとまとめにして、紐で縛っていた。
モニは見よう見まねで、アリーゼと同じことをしだす。
「キノコは一度日陰で干して、乾燥させます。あとはアカネギ草は煮立てた湯に入れて煎じて……あ、魔力草は磨り潰すのが一番効果が出る処理の仕方ですね」
「なるほど。磨り潰すのは重労働だな。これは余がやってやろう」
「は、はい。とっても助かります。力が必要なことなので……」
「なに、眷属の願いを叶えるのも余の仕事のうちだ」
俺は小屋の隅に置かれていた、使い込まれた石造りの薬研に魔力草を入れて、前後に動かしてゴリゴリと磨り潰していく。
アリーゼはキノコを吊す作業をモニに任せて、次にアカネギ草を煮込む為の前準備に取りかかっていた。
アカネギ草をナイフで切っていくと、その香りが辺りに漂う。
それは少しだけ鼻にツンとくる匂いだった。
「アカネギ草を煮出した汁に魔力草や他の数種類の薬草やキノコ、ヒカリ苔にアーラ鉱石の粉末なんかをを一定の比率で混ぜてもう一度煮立てると、レッドポーションになるんですよ」
「ほう、レッドポーションか。なかなか高度な薬まで作れるのだな」
レッドポーションとは傷を塞ぐ効果のある薬品で、かなり治癒効果が高い部類の薬に所属する。
作るには二通りの方法があり、魔導を極めた魔術師が自らの魔力を注入するか、錬金術師の間に伝わる製法で調合する方法がある。
調合する方法はとっくの昔に遺失しており、今市場に出回っているほとんどの物は魔術師が作ってポーションだ。
「錬金術師の間でも調合法は喪失したと聞いていたが、まだそれを伝える者がいたか」
「はい。ババ様に教わりました。素材の状態によって分量や比率も変化するので、調合自体も結構難しいんですよね。ちょっと匂いが強いアカネギ草だと分量を減らしたり、キノコの表面の手触りによっては量を増やしたりすることが必要で……」
……少し聞いただけではよくわからない。
どうやらレッドポーションの調合は、長年の経験やスキルが必要な作業らしい。
「レッドポーションは魔術師が作ると製造に時間がかかると聞く。しかしお前ならそれを量産できるのだな……」
「え、ま、まあ材料がたくさんあれば、できなくはない、と思いますけど……」
レッドポーションは戦いの場で多く消費する。
それだけに、日頃からレッドポーションはどこも供給が追いついていない。
もしそれを大量生産できるとなれば、兵の士気も上がり軍事的優位に立てることは間違いないだろう。
……やはりアリーゼは世界征服に必要な人材。
俺は心の中でそう思いつつ、改めて気を引き締める。
「……必ずやお前をその気にさせてみせよう」
「えっ!? その気……その気とはいったい、どの気……?」
おびえるような表情を浮かべるアリーゼに、俺は怖がらせないよう精一杯の笑みを浮かべる。
「余の世界征服を協力させる手伝いをさせてやろう、ということだ」
胸を張って言う俺に、キノコを吊していたモニが呆れたような表情を浮かべた。
「魔王様の笑顔、怖いっていうかちょっと気色悪い」
「――魔王キック!」
俺の渾身の回し蹴りを、モニは空中にひょいと浮かび避ける。
……チッ、運の良い奴め。
空中の作業に戻るモニを無視して、俺は改めて魔力草を磨り潰し始める。
そこそこの分量を潰し終えて、俺は試しにそれを指で一舐めしてみた。
「酸味と青臭さのバランスが、酷い味わいを醸し出しているな……」
不味かった。
まだ葉っぱのままの状態の方が食べやすいかもしれない。
魔力草は魔術師が魔力回復に用いる常套手段ではあったが、味がそんなに良くない為に大量摂取するのには向かないという側面もある。
俺が渋い顔をしていると、アリーゼが笑って何かを持ってきた。
「……それじゃあ、これと混ぜてみるのはどうでしょう」
アリーゼが取り出したのは、さきほど採取のときに一緒に採ってきた果物だった。
「マルモモの実とシロアンズの実の皮を剥いて……」
アリーゼはナイフを取り出すと、慣れた手つきで皮を剥いていく。
シャリシャリとナイフが入るのと同時に、その切れ目から果物の果汁が滴りおちた。
「種を取り除いて、果肉の部分を潰します。次に磨り潰した魔力草を溶かせば……」
アリーゼはそれらを器に入れて、かき混ぜる。
「……魔力草のフルーツジュース、完成です」
アリーゼは俺へとその深底の器を差し出した。
受け取り匂いを嗅ぐと、桃と杏のフルーティな香りがして、魔力草特有の青臭さは消えている。
俺はおそるおそるそれに口を付けて、少しだけ啜った。
「……甘い」
舌の上に甘さが広がり、そして良い香りが鼻に抜ける心地良い感触。
魔力草単体では食べにくさに拍車をかける存在だった酸味も、二つの果物と混ざったことにより良いアクセントとなっていた。
「これは……普通に飲み物としても完成されているな。大変美味いぞ」
この味なら子供でも十分飲めるだろう。
俺は感心してアリーゼに頷く。
「お前は料理が得意なんだな」
「い、いえ……そんなに……。それほどでも……?」
アリーゼは照れるように頭を掻きつつ、視線を逸らした。
「小さい頃から野山に生えてる野草を片っ端から食べてて……。ほら、草って基本的に不味いじゃないですか」
「俺に同意を求められても困るが」
道ばたの野草を食べまくった経験など俺にはない。
そんな俺の言葉に構わず、アリーゼは言葉を続ける。
「だから『これとこれを組み合わせたら美味しいなー』とかやってたら自然と野草を調理するのに慣れちゃって」
「……よくそれで腹を壊さないな」
「えへへ、体は結構頑丈にできてます、わたし」
アリーゼは握りこぶしを作るようなポーズをした。
当然彼女の細い腕にはそれほど筋肉はないのであるが。
「……できることなら、もっとお前が作る魔力草のフルーツジュースを飲みたいものだ」
「え、そ、そうですか? こんな簡単なものでいいなら、また作りますね」
「うむ、よろしく頼むぞ」
俺はそうして魔力草を磨り潰す作業を続け、ジュースを飲み終える頃にはすっかり全ての材料を処理し終わっていた。
「……よし、こんなところだな。他に手伝うことはあるか?」
俺の言葉にアリーゼは少し悩んだ様子を見せた後、かまどを指さした。
「火を起こしてくれると嬉しいんですけども……」
「任せろ」
俺はかまどの前に立つと、呪文の詠唱を開始する。
炎よ、我が手に集え――!
「――フレアボム!」
ぽふん、と小さな音が鳴って、かまどの中に火が着いた。
まだ魔力は回復しきっていないが、これぐらいの呪文なら威力を抑えれば使えるようだ。
「すごい、リンドさん魔術が使えるんですね」
「うむ。――魔王だからな」
引き続き魔力を回復していけば、使える魔術の規模も大きくなっていくだろう。
……少なくとも回復仕切るまでは、この山奥で暮らすのも悪くないかもしれない。
そんなことを思いつつ、俺は彼女の薬作りを手伝うのだった。




