第03話 魔王は薬師を仲間にしたい
「なかなかの味であった。褒めて遣わそう」
「あ、ありがとうございます……」
俺の言葉にアリーゼははにかみつつ、食器を下げる。
彼女の料理で腹を満たしたことで、体力が戻ってきた気もする。
さすが薬草が入っているだけあって、薬膳としての効果もあるのだろう。
「……さてモニ、一応確認するがここはどこだ」
「はいっ! ここは魔王城から南西に位置する、山の奥ですね。人族との国境線に位置していますが、山越えはないだろうと双方共に防衛が薄いポイントッス」
「なるほど。どちらにも見つかる確率が少ないか……」
「ですです。隠れ家には持って来いやもしれないッスね」
モニの言葉に俺は考えを巡らせつつ、言葉を続ける。
「魔王城の様子はどうだ? 俺を慕うものが今も戦いを繰り広げているのではないか?」
「あ、大丈夫ッス。魔王様そんなに人望ないんで」
「――魔王チョップ!」
「ぎゃあ! 冗談ッス!」
モニの頭を軽く叩くと、彼女は笑いながら頭を押さえた。
「……しかし実際問題、今のまま城に帰ったところで、魔王様に寝返る者が大勢いるかっていうと微妙なところッスね。みんな自分の家族や生活があるんで」
「そうだな……。余が四天王如きに遅れをとるわけはないが、魔王城の戦力を浪費しては人限共に付け入れられる隙を与えることにもなる……」
「まあ今の魔王様じゃ辿り着く前に死んじゃいそうッスけど」
「――魔王エルボー!」
「ひぎゃ! い、今のは正論だと思うッスけど……」
まったく、アリーゼの前で余計なことをべらべらと喋りおって。
俺は首を捻り、状況の打開策を考える。
「……となると、まず目下の目標は戦力を整えることだな。魔軍に無駄な消耗をさせないよう、圧倒的な戦力で急襲し城を奪い返す!」
「でも戦力を整えるって言ってもどうやるッスか」
「魔力を蓄えつつ、『血の盟約』の眷属を増やしていく」
『血の盟約』は短時間であるが俺の力を向上させることができるし、他にも契約した者の力を借用する効果もある。
契約して眷属を集めていけば、一人で魔軍を圧倒することも不可能ではないだろう。
……もちろんそれには制約もあるのだが。
「それにはまず、拠点を作りたいな」
俺の言葉にアリーゼが手を上げた。
「あ、それでしたらここ使います?」
「……良いのか? この小屋も広いというわけではなさそうだが」
「はい。しばらくしたらここから移り住む予定で……」
「……そうか」
少し残念に思いつつも、彼女の厚意を受け取っておくことにする。
しばらくはこの小屋を拠点にして準備を整えるとしよう。
「強力な契約者を探す為にも、魔力は蓄えておきたいところだ。魔鉱石や魔力草があれば話は早いが……」
「魔力草だと、この近くに群生地がありますね……」
「本当かアリーゼ」
「は、はい」
俺が彼女の顔に自身の顔を近付けると、彼女はおびえるような表情を見せた。
……いかんいかん、また怖がらせてしまっている。
「……すまん。であれば案内してくれると助かる」
「は、はい、大丈夫です。このへんは魔物も多くって、わたしとしてもあんなに強いリンドさんが着いてきてくれるなら心強いです……!」
「そ、そうか! そうかそうか! ハッハッハ! 良いぞ、思う存分に余を頼るがいい!」
笑う俺を見て、モニが口を尖らせる。
「魔王様デレデレしちゃってるぅー。はぁー、これはあたしの出る幕はなさそうッスねぇ」
「……デレデレなどしていない! せめてデレだ! 半分だ!」
モニと口論する俺の様子を見ながら、またもアリーゼはクスクスと笑った。
* * *
一晩モニの家で過ごした翌日の朝。
……ちなみに俺は床で寝て、ベッドをアリーゼとモニが使っていた。
モニが羨ましいだなんてことは、全然ない。
その日はアリーゼの案内の下、朝から三人で森へと出て山のふもとまでやってきていた。
彼女が導いてくれたのは、一面の魔力草の花畑だった。
「魔力草は花を咲く前の方が魔力を蓄えているので、つぼみの物だけ取ります」
「なるほど。……こっちは取らないのか?」
アリーゼが取り残した魔力草を指さすと、彼女は首を振った。
「新芽もまだ魔力が蓄えられていませんし、あまり取り過ぎると次が無くなってしまうので……」
「言われてみればそうだな。気遣い溢れる優しい女だ」
「そ、そんなんじゃないです……」
アリーゼが照れたような表情を浮かべて、顔の前で手を振った。
「……魔力草がたくさん必要になるなら、庭を造って育ててみるのもいいかもしれませんね」
「ほう、お前は薬草の栽培できるのか」
「あ、は、はい……。あまり多くは手が回らなくなりますけど、育てたことはあります」
そう言うと、アリーゼは摘んだ魔力草を一枚俺に差し出した。
「食べてみますか? 水ですすいだので汚くはないですよ」
「生で、か?」
「生の方が魔力吸収がいいって、ババ様に聞いたことがあります」
俺は疑いながらも、ギザギザした葉っぱを受け取り、口にくわえてみた。
スッと魔力草特有の香りが口の中に広がる。
「……酸っぱい」
「えへへ。そうなんですよ。いろんな薬草を食べてますけど、魔力草の味はイチオシです」
「……美味いわけではないと思うが」
口の中で咀嚼しつつ、俺は彼女に尋ねる。
「ここでお前はババ様とやらと暮らしているのか?」
俺の問いに彼女は山の方を見て頷いた。
「はい。今はババ様は死んでしまいましたけど……」
「なら一人暮らしか」
アリーゼは頷く。
俺は少し考えて、彼女への提案を口にした。
「――俺の部下にならないか」
「え?」
「余の眷属となったのだ。ついでに共に世界を征服しようではないか」
俺の言葉に彼女は少し悩んだ様子を見せながら、首を振った。
「だ、ダメです。村の人たちにはお世話になってるし……村の方にもどうしても協力して欲しいと言われていることがあって……」
彼女は目を伏せそう言った。
俺が口を挟もうとしたそのとき、後ろから声が上がる。
「――痛ったー!」
モニの声に振り返ると、彼女はふらふらとこちらへと飛んで近付いてきた。
その顔は青ざめている。
「へびが、蛇がー! 噛まれたッス!」
「む、どこを噛まれた」
俺の言葉にモニが足を差し出す。
彼女の足の指先を見ると、紫色になり膨れ上がっていた。
これは早いところ吸い出しておいた方が良いかもしれない――。
そう思った次の瞬間、アリーゼはナイフを取り出した。
「任せてください」
そう言うとアリーゼは、自身の指に向けてナイフを走らせた。
薄く切り傷が付けられ、そこから血が流れる。
「モニちゃん、口開けて」
「ふぎゅ?」
アリーゼは有無を言わさずモニの口へと指を突き入れる。
冷静な口調で、言葉を続けた。
「舐めてモニちゃん」
「んぐ、ん、むぐ……」
アリーゼの言葉に従って、モニが口の中の彼女の指を舐めた。
アリーゼは恥ずかしそうに笑って、説明を始める。
「……わたしの血には解毒作用があるんです。昔から薬草とか毒草とか食べてたら、耐性がついちゃったみたいで」
見ればモニの腫れていた足がどんどん元の大きさに戻り、その色も明るさを取り戻していく。
「……もしや余の毒も」
「は、はい。薬に少しだけわたしの血を混ぜて、寝ている間に飲ませました。気持ち悪いかもしれないとは思ったんですけど……」
「いや、そんなことはない。感謝している」
つくづく俺を拾ってくれたのが彼女で良かった。
彼女でなければ俺は今頃死んでいたことだろう。
それにしても希有な体質だ。
――ますます部下にしたい。
「アリーゼ、やはり余はお前が欲しい」
「……へ!? え? え……!?」
俺がアリーゼの手を掴むと、彼女は赤面して目を泳がせた。
「お前が抱える問題、余が引き受けた。見ていろ、すぐに全て解決してやる」
「いえ、あの、問題、だなんて……」
アリーゼは顔を赤らめたまま、俯いた。
……強引過ぎたかもしれない。
俺が内心反省していると、彼女は顔を上げた。
「……で、でも」
彼女はこちらの目を覗き込み、言葉を続ける。
「そう言ってくれるのは、とっても嬉しいです! ……ありがとうございます」
彼女が笑みを浮かべる。
――この女の為に頑張るのも悪くないかもしれない。
俺はそう思いながら、彼女の笑顔を見つめていた。