第34話 薬師の少女は魔王を助けたい
「――我が剣の錆となるがいい!」
錆びない聖剣を振るって、鎧の騎士へと斬りかかる。
袈裟斬りの一閃はしかし剣に止められ、返す刀で打ち返される。
俺は自身の刃でそれを受け止めるが――重い!
「ち……! 馬鹿力め」
アリーゼの血の魔力をもってしても、その剣の威力を逸らすので精一杯だった。
騎士は無言で剣を更に打ち付ける。
細身の聖剣では受けきれない為、横へと逸らす。
聖剣は軽い。一撃の重さで勝てない分、手数で圧倒する――!
間合いの内へと踏み込んで、一閃。
しかしその刃は鎧を薄く切るに留まった。
「魔力付与された武具か……!」
聖剣は異常な切れ味を誇る為、その刃を防ぐとなれば特殊な素材か、魔法の武具だろう。
俺は相手の横薙ぎの刃をかわすべく高く跳んで、後ろへと距離を取った。
「なかなかいい装備だな。噂の聖騎士というやつか」
俺はそう呟くが、目の前の騎士は黙ったままだった。
ロロイより寡黙な奴だな。
しかしひとまずはこれで目的は達成できている。
後ろでは敵の中に潜り込んだローインが、雑兵を切り伏せていた。
アンデッドには元より戦果は期待していないし、反撃で貴重な労働力が削られるのも厄介なので、元より積極的には攻めさせていない。
だが敵陣の中を取り回すローインの様子を見るに、任せておいても大丈夫だろう――。
「――おっと!」
戦況を分析する俺に、聖騎士と思われるデカブツが斬りかかってくる。
――問題はこいつか。
聖剣が効きにくく、さらには俺の動きを抑えるほどの一撃の重さ。
俺以外の者ではまともに相手できまい。
俺はそんなことを考えながら、聖騎士の攻撃をよけて懐に入る。
「貴様はここで倒せさせてもらおう!」
本来細剣といったものは、対全身鎧の対策として作られたものだ。
この聖剣も、それに漏れない――!
俺は聖騎士の兜、わずかに開いた視界用の隙間へと剣先を突き入れる!
しかし聖騎士は開いた方の手でその刀身を握り、止めた。
「――甘い!」
既に詠唱は完了している。
聖剣を自身の体の一部として魔力を流し込み――その先端で魔術を炸裂させる!
「フレア・エクスプロード!」
聖騎士の兜の中で、火炎の爆発が起こる。
爆発と共に聖騎士の兜が吹き飛び、煙が上がった。
鎧の中は蒸し焼きとなっているはずだ。
焦げた匂いが漂い、俺は次の相手を探した――瞬間。
聖騎士の弛緩していた体に、力が戻る。
「――何!?」
死んだはずの聖騎士が動き出し、その剣を横に振るった。
俺はとっさに聖剣を横に構えるが、騎士のなぎ払った大剣により聖剣ごと弾き飛ばされる。
「くっ……!」
俺は数メートル打ち飛ばされて、地面に膝を着き着地した。
――この魔王に膝を着かせるとは……!
おそらく今のであばらの数本が持っていかれたが、何でもないように装う。
「――貴様、なかなか面白い体をしているな」
煙が晴れて聖騎士の顔が露わになる。
髪の一本もない頭皮に、角張った顔。
目は白く濁っており、どこを見ているのかもわからない。
その顔は骨の上にうっすらと皮が貼り付いているような異様な物で、その焦げた皮膚はぐちゅぐちゅと蠢き今にも再生しようとしている。
「な、なんだあれ……!」
「あれが……聖騎士ジャーディーン様……?」
周囲の兵士も困惑しているようだった。
当の本人は意に介さず、俺を見下ろしている。
俺は立ち上がりながら、デカブツに向かって話しかけた。
「再生しているな。ゾンビ、というわけではないのか」
「グ……ググガガ……!」
聖騎士は唸るような声と共に息を漏らす。
……どうやら意思疎通は難しそうだ。
――肉体改造、か。
俺が元帝国の格闘僧であるフィールのことを思い出していると、聖騎士はその大剣を空にかかげた。
「フシャ……グ……ァアフル」
聞いたこともない発音。
その言葉と共に、聖騎士の大剣に光が宿った。
大きな魔力波――まずい!
「――レイ」
聖騎士の声と共に、光線が放たれた。
俺はとっさにその身を翻す。
ほぼ勘でその場を離れたが、それが功を奏したらしい。
俺がいた足元には、「ジュッ」という音と共に、人間一人を余裕で呑み込むような深い穴ができていた。
――超高速の光線。
それはまともに受けたら即死するほどの魔力量であった。
……今のを避けられたのは運が良かった。
「……視線が追いにくいので避けられるかは運任せだな。あの魔力の消費量ならそうそう連発はできんと思うが――」
まるで俺のそんな呟きに呼応するかのように、聖騎士は剣を持ってない左の方の篭手を外した。
その中から、とうてい人間の腕には見えない紫色の触手が伸びていた。
触手は個別の意思を持つかのように動くと、近くにいた人間の兵士へと襲いかかる。
「ひ、な、なんだ!?」
「ジャーディーン様、これは――ぎゃああぁぁあ!!」
兵士が叫び声を上げる。
見れば触手は耳や口から、その兵士の中へと侵入していた。
ゴリゴリ、バリ、ガリ、というまるで咀嚼するような音が聞こえる。
「フシュ……グ……ア……」
聖騎士は声を漏らしつつ、またその剣へと魔力を充填していった。
「……仲間を喰らい、魔力としているのか」
――おぞましい。
これがブルキリア帝国の誇る人間兵器、聖騎士か。
……既にもう、人間とは言えないのかもしれないが。
ともかく、悩んでいる暇はない。
すぐに次の光線が放たれるはずだ。
――避けるなら右か、左か。
生死を賭けた二択に、俺は覚悟を決める。
聖騎士は俺を見据えて、剣を掲げた。
「――レイ」
――来る!
俺が跳ぼうとしたその瞬間。
目の前に、誰かが割り込んだ。
その後ろ姿は見覚えがあって――。
「――アリーゼ!?」
彼女の姿が、光に呑み込まれた。
――そして、アリーゼの体はその場に膝を着く。
「アリーゼ!」
俺が声を上げると、アリーゼは首だけこちらを振り返った。
その目には涙が浮かんでいる。
「リンド、さん……」
アリーゼは恐怖からか、ガクガクと震えていた。
「大丈夫か! 怪我はないか!?」
俺は慌てて、今にも倒れそうな彼女の肩を支える。
……どうやらその体に異常はなさそうだ。
俺は内心胸をなで下ろす。
アリーゼはその顔に笑みを作りながら、その腕の中の物を差し出した。
「ご、ごめんなさい……。頑張って持って来たんですけど、間に合いそうになくて、つい……」
それは勇者の血を引くものにしか扱えない聖遺物。
魔法の力を吸収するとされるガントレットが、その手の中にあった。
「……馬鹿者が。もう二度と、こんな無茶はするな」
俺は無理矢理、アリーゼを強く抱き締める。
彼女のぬくもりと匂いと、そしてその気持ちを受け取った。
「――ありがとう、アリーゼ。あとは下がっていろ」
「は、はい……」
俺は彼女から受け取ったガントレットを、自身の左腕に付ける。
それはまるで吸い付くようにぴったりと俺の腕にはまった。
「――リンドさん。死んだら、いやです。……絶対ダメです」
アリーゼの言葉を背中から受け、俺は頷く。
「俺は死なん」
そして今も味方の兵士を貪り喰う、聖騎士に向かって剣先を向けた。
「なぜなら――俺は、魔王だからな」
聖騎士など、蹴散らしてくれよう。
俺はアリーゼの想いを背に受けつつ、地面を蹴った。




