第33話 魔王は侵入者を迎え撃ちたい
「お、おい……。これヤバいんじゃないか……?」
遺跡の入り口で本隊の帰りを待っていた男たちが不安を口にする。
日も沈んで辺りが暗くなる中、先ほどから遺跡の奥より悲鳴のような声が聞こえてきていた。
しかしそれが本当に悲鳴なのか、探索に行った部隊に何があったのか、何も判断する要素がない。
「副長、本隊に万が一のことがあったとなれば……」
「だ、黙れ! 聖騎士殿がついているのだぞ! そんなこと、あるわけは……」
――ない、と言おうとしたところで、また声が聞こえた。
部隊の副官の男は悩んだ挙げ句、口を開く。
「……おい、ここはお前に任せる!」
「……は?」
「俺は――そうだな、お前とそっちのお前だ! 三人で本国へと危険ありと報告する!」
「お、お逃げになるのですか副長殿……!」
「違う! 情報を持ち帰るのだ! お前達は本隊が無事戻ってきたときの為に、ここで馬を――」
男がそういいかけたそのとき、入り口の向こうに人影を見つけ言葉を止めた。
その人影は言葉を発する。
「……あの、道に迷ってしまって……。少しだけ、お助けください……!」
それは可愛らしい少女の姿をしていた。
やや褐色の肌に背の低い肩口までのボブカットの少女。
露出の高い服を着たその少女を見て、副官の男は声をあげる。
「――総員、剣を取れ! 油断するな!」
「……えっ、えっ? あの、わたしは……」
「だ、黙れ! こんなアンデッドの巣窟で迷う女などいるか!」
男の言葉に少女はその表情を歪める。
「……あっれ、おかしいッスね……? 予定だと一人か二人ぐらいはホイホイ誘われてくれるかと思ったんッスけど」
「人間を舐めるなよ!」
「モニちゃんこう見えても清純派なんで、魔王様以外を舐めるのはちょっと」
少女はべー、と舌を出すと、その正体を現す。
角に羽、魔族サキュバスとしてのその姿を見て、副官の男は声を上げた。
「チッ……! お前ら足止めをしろ! 俺は命に替えてでも、この情報を本国に……!」
副官の男が叫んで馬に乗る。
――しかし馬は、その膝を折って地面に座った。
「ど、どうした!? う、動け! おい!」
「……いひひひ。やっぱり100匹の馬の管理は難しいッスよねぇ。隙だらけだったんで、全部エナジードレインさせてもらったッス」
副官の言葉に、少女は笑った。
「せめて10人全員で真面目に見張ってれば、こっちがつけいる隙はなかったんスけどね。気抜いちゃダメっすよ? ここは敵地なんだから」
「そ、そんな……馬鹿な……!」
「残念だけど――馬はもう使えないッス」
彼女の言葉と共に、周囲にカシャカシャという音が鳴り響く。
兵士の一人が音のした方を見てその正体を確認した。
「ひっ……! アンデッド――!」
そこにはスケルトンやリビングアーマーたちが彼らを逃がさぬように取り囲んでいた。
数百を越える数のアンデッドに囲まれ、兵士たちは剣を構えつつ恐怖の声をあげる。
それを見て、サキュバスの少女は薄く笑った。
「あ、べつに中に行きたいなら止めないッスよ。この数十倍の量が待ってるんで。どぞー」
少女は客人を招き入れるように、その身を入り口からよけた。
「進むか、アンデッドたちと戦うか……。一番のオススメは諦めることッスかね。気持ち良く殺してあげるッスよ」
その言葉と共に、兵士を囲むアンデッドたちがジリジリと円を狭めていく。
既に恐慌状態に陥った兵士たちは、ある者は座り込み、ある者はアンデッドへと襲いかかり、ある者は中へ向かって駆けだした。
――そして、悲鳴が遺跡の入り口にこだました。
* * *
「西館はスケルトン部隊に包囲して殲滅中。こっちはあとちょっとで決着が付きそうね。味方側の被害はスケルトン隊が大小被害合わせて50体ぐらいかしら。あとでゴブリンに修復してもらわないと」
砦の中央塔、水晶球の置かれた作戦室。
水晶球を操り戦場の状態を確認しつつ、マリーナがそう報告する。
「東の方は各個撃破で時間がかかっていて、まだ敵は七割生存かな。ただしこちらの被害はゾンビが四体で、ゴブリンたちはかすり傷一つ負ってないわ」
「モニの方はどうなってる?」
マリーナは水晶球を触り、また表示を切り替える。
「入り口の陽動作戦は成功。敵はバラバラに動いてるから問題にはならないと思うけど、中に一人入った」
「手の空いたフィールに捕らえさせよう。逃がすなよ」
俺はそう言って頷いた。
砦の道を塞ぎ三方向へと誘導して、それぞれを包囲、もしくは陽動により撃破していた。
西側はフィールが改造アンデッドを使い、挟撃で殲滅。
多少の損害は覚悟の上で、正面から迅速に叩き潰して他の援護へと回れるようにしておいた。
「下水は大丈夫か?」
「問題なし。ロロイがどんどんダストシュートに放り込んでいってる」
東側はロロイとゴブリンを主体とした奇襲にて個別撃破。
ゴブリンの子供たちがイタズラで設置していたトラップをひな形に、ロロイに罠を張らせた。
個別に敵を隔離していき、ゴブリンがたこ殴りにするという作戦だ。
「入り口からの逃亡者はいないな?」
「大丈夫。アンデッドの大半がただのハリボテだって気付かれなかったみたい。外はもう暗いしね」
入り口では伏兵として隠していたアンデッドたちに、残っていた部隊を襲撃させていた。
馬はできれば無傷で手に入れておきたかったので、モニに一芝居うってもらっている。
ちなみに馬全部をエナジードレインするのはモニ一人では無理なので、彼女がエナジードレインしたのは数匹だけだ。
水晶で監視していれば、誰がどの馬を使っているのかはだいたいわかる。
「思ったより演技派だな」
「そうね。おかげでこっちの被害はほぼゼロ。相手の数が少ないとはいえ、戦わずして一瞬で崩壊させることができたわ。優秀な秘書官じゃない」
「……ふん。正確に難はあるが、能力は買っている」
モニには絶対に聞かせたくないことを言いながら、俺は横にいたアリーゼに振り返った。
彼女に近付き、その首筋に口を近付ける。
「血をもらうぞ」
「……はい」
口付け。
優しく牙を突き立てて、アリーゼから血をわけてもらう。
アリーゼは俺の頭を抱き寄せながら、撫でた。
「どうか、ご無事で……」
血を吸い終わる。
しかし少しだけ、そのまま彼女の腕の中でそのぬくもりを感じていた。
「……大丈夫だ、心配するなアリーゼ」
俺は体を離して、彼女に笑いかける。
「――余は、最強の魔王だからな」
俺は彼女から聖剣を受け取って、背中を向ける。
「――カルティア。我が騎士として、アリーゼとマリーナを護衛しろ。何かあった場合、命に替えても二人の命を優先せよ」
「イエス、マイロード……なんてね。アリーゼのことは任せて」
俺の言葉に、剣をかざしてカルティアが応えた。
非力な二人を守ってもらう為、彼女には最終防衛戦となってもらう。
俺は歩みを進めながら、もう一人の少女に声をかけた。
「ローイン。迎撃の準備はいいか」
「うむ。死体遊びは飽きたところじゃ」
俺はローインと共に階段を下り、中央塔の外へと出る。
扉の外では、百近いアンデッドが既に配置についていた。
そして向こうに見えるのは白銀の鎧の戦士を先頭にした、三十の兵たち。
「――接敵と同時にアンデッドたちには包囲するよう陣を展開する。俺は集中突破されないよう、敵の戦力が集まる場所を叩く」
「おそらく相手の戦力の基点はあのデカブツじゃな。いいじゃろう、お主に譲ってやろう」
ローインが視線を送るのは、正面の白銀の騎士。
「わらわは敵陣深くに入り込んで、戦列を乱す。あまりフォローはしてやれんかもしれんから、死ぬなよ」
「お前もな」
「誰に言うておる」
ローインは魔剣シュヴァルツ・ブリンガー(仮名)を持ち、横へと駆け出す。
相手の陣の脆い場所を探り、切り込むつもりだろう。
――ならば。
「――我が城に踏み入るとは、愚か者どもよ!」
俺は聖剣を構えつつ、帝国軍に叫んだ。
白銀の騎士が、俺を見た気がする。
――さあ来い! お前の相手は俺だ!
「――余は歴代最強の魔王、リンド・リバルザイン三世! 何人も余の前にひれ伏し、恐れ戦くがいい!」
口上と共に俺は駆け出す。
相手の兵たちも剣を構え、呼応するようにマリーナが操作するアンデッドたちも走り出す。
そして戦いの火蓋が、切って落とされた。




