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第32話 混血人狼は主の期待に応えたい

「隊長、大丈夫でしょうか……。何やら不穏な気配がしますが」

「……なに、ただの低級アンデッドの巣窟だ。心配することもない」


 先遣部隊の隊長、ダリアンは不安げな表情を浮かべる部下にそう言った。

 帝国より偵察任務を任命され、率いてきた部隊百名。

 アンデッドの巣を探索するのに恐怖を感じないではなかったが、討伐任務でもない以上さほど心配してはいなかった。


「偵察にも関わらず百人もの部隊とは……何かあるのでしょうか」

「……さあな。俺らには知らなくてもいいことさ」


 隊長である彼には、一人の人間を捕獲するという任務も追加で言い渡されていた。

 男女も定かではないが、勇者の血を引くとされる人間がここにはいるらしい。

 ――もしも反抗した場合は、殺害も許可されている。

 斥候任務がメインではあるにしろ、ダリアンとしては何とか手柄を手にしたかった。


「――それに我々には聖騎士様が付いているからな。これほど心強いことはあるまい」


 ダリアンは銀色の甲冑に身を包んだ大柄の男に目をやる。

 聖騎士ジャーディーン。

 帝国の誇る聖騎士の一人で、ダリアンの部隊に護衛役として着いてきた超人だ。

 素顔も見せないし寡黙な男ではあるが、聖騎士は帝国の最大戦力。

 ダリアンにとってそれは命綱よりも頼りになるものだった。


「……さて、馬もそろそろ休めたころだろう。行くぞ、気を引き締めろ」

「は、はい!」


 距離にしておそらくここは最後の休憩ポイントになる場所だ。

 ダリアンは部下を激励しつつ、アルター遺跡へと向かうのであった。



 * * *



「た、隊長! どうしますか、これは……!?」

「……どうもこうもあるまい」


 ダリアンは内心焦りを抱いていた。

 アルター遺跡がアンデッドが住まう遺跡であることは彼も知っている。

 中はアンデッドで溢れ、遺跡の底までも永遠に消失しないアンデッドたちが徘徊する恐怖の遺跡……そう認識していた。


「敵が……見当たりません」


 彼の部下の一人が呟く。 

 外から見る限り遺跡にはアンデッド一つの姿も見えず、その門は開け放たれていた。


「見ればわかる」


 それは彼にとって想定外の辞退だ。

 ここ数百年の間、アルター遺跡はアンデッドが溢れ誰も近付けなくなっていたはずだったのに、それが今は遺跡に来るまでの道中でもスケルトンの一つに会うこともなかった。


「……行くしかないだろう」


 何らかの原因でアンデッドが消失し、そこに勇者の血を引く者がやってきて隠れ家にしているのかもしれない。

 彼はそう思って、部下に指示を出す。

 中を探索せず逃げ帰るわけにはいかなかった。


「馬はここに置いていく。何人かは退路を確保する為、ここに残れ」


 ダリアンは部下に馬の管理を命じて、部隊をいくつかに分ける。

 不安はあったが、聖騎士ジャーディーンは別動隊となってもらうこととした。


「……決して無理はするなよ。各員何かあったら連絡に戻ること」


 ダリアン自身は東側を探索することにする。

 嫌な予感を感じつつも、彼は部下と別れて遺跡の中へと向かうのだった。


 そうして部下三十名ほどを引き連れながらしばらく歩くと、ダリアンの前にアンデッドの巣食う遺跡としては不釣り合いな光景が目に入ってくる。

 彼はそれを見て、笑みを浮かべた。


「……なるほど、そういうことか」


 そこには生活の跡があった。

 何者かがここで暮らしているらしい。


「見ろ、お前ら! ここにはアンデッドなどいない!」


 ダリアンは高らかに叫ぶ。


「大方野盗か、もしくは低級の魔物でも住んでいるのだろう。それぐらい神の加護がある我々には恐るるに足らず! 違うか!?」


 ダリアンの言葉に、部下たちは安堵の表情を浮かべた。

 ――しかし、ダリアンはそれに気付く。


「……おい、エリッツの奴はどこにいった?」


 それは先ほど道中の休憩中に話しかけてきた後輩の兵だ。

 ついさっきまで後ろにいたはずの彼の姿が消えている。


「……小便か何かか?」


 ダリアンの声に、部下たちは困惑の表情を浮かべた。

 こんな場所で勝手に行動するのは軍規違反もいいところだ。

 ダリアンがそう思いつつ部下たちを眺める。


「――おい、お前たち……勝手な行動はするなと言ったろう……!」


 ダリアンは恐る恐るそう言った。

 ――数が、足りない。

 最初は30人ずつ部隊を分けて、残りは馬の管理へと割りふったはずだ。

 しかし今、既に五人ほど頭数が足りていない。

 ダリアンの頭に、嫌な想像が過ぎる。


「――隊長! こっちに死体が!」

「な、なに!? どこだ!」


 部下の声に目をやると、寝床に横になる腐乱死体の姿があった。

 もしかすると、ここで暮らしていた者かもしれない。

 ――もしそれが勇者の血を引いた者であれば、死体を持ち帰る必要がある。

 ダリアンがそう思い、帝国から持って来た魔力探知機を取り出すと――。


「――ウガァァオ!」

「うわぁぁ! ゾ、ゾンビだ!」


 死体が起き上がり、近くの兵に襲いかかった。


「慌てるな! たかがゾンビだ! 同士討ちに注意を――!」


 騒ぎ剣を抜く部下をたしなめようと、ダリアンは声をあげる。

 ゾンビ一体ぐらいでどうにかなる鍛え方はしていない――はずが。


「ぐおっ!?」


 ダリアンは後ろから口を塞がれ、怪力で引きずられた。

 ――まずい、助けを……!

 声をあげようとするが、強い力に押さえ込まれてそれはできない。

 ダリアンは助けを求めようもがくが、部下たちの視線はゾンビに集中しており、誰も彼のことを見ていない。


「……むぐ、ぐ……!」

 ダリアンは力を入れるが、拘束されたまま引きずられた。

 なんとか身を捻って目を向けると――そこにいたのは獣の耳と牙を生やした少女の姿があった。

「――生かしては帰せない。主の命令だから」


 少女が小声で呟く。

 ――人狼(ワーウルフ)!?

 ダリアンは声を出せないまま、彼女に投げ飛ばされる。


「ぬおおおお!?」


 そしてそのまま、遺跡の壁に開いた穴へと押し込まれた。

 穴は深く、まるで奈落へと通じるかのように体が落下していく。


「おおおお……!?」


 悲鳴が反響してぐるぐると体が回転し……上下の感覚も無くなったところで、彼は放り出された。


「ぐえええ……! な、なんだ……!? 落とし穴!?」


 ダリアンは何とか体を起こす。

 石造りの壁に、周囲には水が流れていた。


「げ、下水……? もしやいなくなった部下はここに落とされて――!」

「――正解!」


 ゴス、とダリアンの後頭部が殴られて、彼は意識を失う。

 その後ろには、何人かのゴブリンたちが立っていた。



 * * *



「う、うわあぁぁあ!」

「どこにこんなアンデッドが……!」


 西へと進んだダリアンの部下たちは、アンデッドの大軍に囲まれていた。

 その数は百や二百ではきかないだろう。


「な、なんだこのスケルトンは――! 巨人種の骨か!? ――ふぎゃっ」


 身長三メートルほどのスケルトンに頭上から木槌を打ち付け、男は倒れた。

 そのスケルトンは接ぎ木するように骨の間に木が接ぎ足されており、身長を水増しされている。


「こ、この動く鎧(リビングアーマー)、全身にトゲがついてやがる!」

「こっちは車輪付きだ! まるで戦車――ぐわぁぁ!」


 魔改造されたスケルトンやリビングアーマーたちが、兵たちを轢き潰していく。

 そんなアンデッドの中、寄せ集めの廃材で作られた巨大なリビングアーマーの肩に乗ったゾンビの少女が微笑んだ。


「みんなー、頑張ってね~」


 元帝国出身の格闘僧、フィールがアンデッドたちに声援を送る。


「……でも、あんまりやり過ぎちゃダメだよ。その人たちも、みんなの仲間になるんだから、ね?」


 圧倒的な物量で兵士たちを押し潰しながら、フィールはまるで女神のように朗らかに笑うのだった。

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