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第30話 魔王は砦を整備したい

「うむ、順調順調」


 俺は二階の窓から外を見下ろしていた。

 中庭には、規則正しく整列して動くアンデッドの姿がある。

 下でその指揮を執っているのはゾンビのフィールだ。


「これならフィールの補助もいらなそうだな」


 見ればフィールは今もほとんど指示を出すことなく、声援を送るだけだ。

 アンデッドたちはそれでも命令通り動いている。

 元より出したのは複雑な命令ではなく、荒れ地を(なら)すだけの命令だった。


「……アンデッドに農耕させるって、マジ?」


 俺の後ろから死霊魔術師(ネクロマンサー)のマリーナが話しかけてくる。

 俺は腕を組んで彼女に頷いた。


「もちろんだ。これほど優れた労働力はあるまい」

「そりゃそうだけどさぁ……」

「ネクロマンサーのくせに不服そうだな」


 俺の言葉にマリーナは首を傾げる。


「いや私は大丈夫だよ? でも普通の人は嫌がらない? 死者が作る作物とか、食べたくないんじゃないの?」

「べつに商品の横に『私が作りました!』とスケルトンとゾンビが肩を組んで笑っている姿が描かれているわけでもあるまいし、問題ないだろう」


 言わぬが花というやつだ。


「それに案外、アンデッド自体が肥料になって美味しくなるかもしれない」

「……それは私もちょっと嫌なんだけど。それにしても死者を使って生きる糧を作るだなんて、初めて見た」

「合理的だろう?」


 マリーナは俺の言葉にため息をつきつつ、「どうだか」と肩をすくめる。


「……で、何作るの?」

「中庭はとりあえず、庭園として見栄えがいい物がいいな。薬草畑でも作らせるか、アリーゼに」


 そう言った俺の後ろから、声と共に金属音がした。

 みれば掃除をしていたアリーゼが驚きの表情と共に、何か落としたらしい。


「……どうしたアリーゼ、不服か?」

「え、え、え……いやちょっと驚いただけですけども……。薬草畑を作るには……ちょっと範囲が広い……ような……?」


 たしかにアリーゼの言う通り、中庭とはいえ小さな村ならいくつか入るぐらいの土地はある。

 彼女一人では広すぎるかもしれない。


「ならアンデッドやゴブリンにも手伝わせよう。お前が指示を出せばいい」

「は、はぁ……。でもわたし、家庭菜園ぐらいしかやったことないですよ……?」


 アリーゼは不安げな表情を浮かべる。

 俺は笑って首を振った。


「気負うことはない。実験のようなものだから、失敗する気でお前の好きなようにやってみて欲しい」

「は、はい……。お役に立てるように、頑張ってみますね」


 アリーゼはやや緊張するような面持ちで頷いた。

 さすがアリーゼ、素直な返事だ。


「門の内側に薬草畑があれば、籠城するときにも役立つ」

「……ふぅん、一応いろいろ考えてるんだ」

「魔王だからな」


 マリーナの言葉に俺は頷いてまた外に視線を向けた。


「……砦の周囲の平地にも畑を作るべきだな。アンデッドを使えば耕すのも容易(たやす)いことだろう」

「まあ大丈夫だと思うけど、収穫はやめた方がいいかもね。変な病気になったりしたらやだし」

「わかっている。その辺はゴブリンにやらせるつもりだ。……それに力が加減が難しいアンデッドでは、果肉が柔らかな果物や野菜の取り扱いは難しいだろうな。それも考えると、小さく固い穀物を中心と作るべきかもしれん」



 食料の自給ができるようになれば、他国に依存しないで済む。

 強力な軍を作る為にも、まずは下地を整える必要があるな……。

 そんなこの先のアンデッド農業についての展望を考えていると、振り返ったマリーナが大きく口を開けていた。


「え……。アリーゼ、どうしたのそれ」


 彼女の言葉に俺も振り返ると、その視線の先には涙目のアリーゼがいた。

 さきほど落とした金属製の篭手(ガントレット)を結界の水晶球の上に乗せようとしている。


「あ、あのこれ、落としちゃったんですけど、バランス良く乗ってたみたいで、上手く乗せられなくて……。も、もしかして壊しちゃいましたか……?」


 その篭手には見覚えがあった。

 砦のアンデッド発生の原因となっていた水晶球の上にあったものだと思う。

 てっきり水晶球の部品か何かだと思っていたが……。

 俺はマリーナへと尋ねる。


「マリーナ、これは無いといけない物なのか?」


 俺の質問に、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「いや無関係の物だけど……でもアリーゼ。それ動かせたの……?」

「え!? あ、は、はい! すみません、触っちゃダメな奴でしたか……!?」


 今にも泣き出しそうなアリーゼに、マリーナはまた首を振る。


「いやそういうわけじゃない、そういうわけじゃないんだけど……」


 どうやら問題があるわけではないらしい。

 マリーナはアリーゼに近付いて、そのガントレットに手を触れた。


「アリーゼ、手離して」

「へ? は、はい……」


 アリーゼが手を離す。

 すると――。


「――ぐえっ!」


 ガシャン、という音と共に、ガントレットが床に落ちた。

 それに引っ張られるようにして、マリーナも床に倒れている。


「……あっぶな。腰イカれるとこだった……。こんな重い物、あんた持てるの? たぶん大の男が五人ぐらいいないと持てないと思うけど、実は怪力?」

「え、え、え……?」


 俺は困惑しているアリーゼの前にしゃがみ込み、ガントレットに触れてみる。

 しかしそれはかなりの重量があり、ちょっとやそっとでは動かなかった。

 普通に考えると、異常な重さだ。

 ……もしや。


「アリーゼ、これを持てるんだな?」

「は、はい……」


 アリーゼは頷いて、ガントレットを拾う。

 少し重そうではあったが、彼女はそれを難なく持ち上げた。


「やはりな。……ならそれはもしや――聖遺物か」


 聖遺物。

 正式な名前なのかはわからないが、なかなか良いセンスの呼び方なのでそう呼ばせてもらうとしよう。

 それは古代勇者の使っていたとされる装備で、勇者の血を引く者しか扱えない武具だ。

 ローインを封印していた聖剣ブ……ブなんとかもその一つで、アリーゼかその血を吸ったときの俺しか扱えない。

 ブルキリア帝国が勇者の血と共に収集しているものらしい。


「勇者の遺した装備……。いったいどういう経緯でここに存在するのかはわからんが、ありがたくもらっておくことにするか」

「あんたたちじゃないと使えないし、べつにいいんじゃない? ……っと、あれ?」


 マリーナが水晶球に手を触れると、その表面に魔術式がいくつも表示された。


「え、嘘。は……?」

「どうした。やはり壊れたか?」

「い、いや壊れたわけじゃない……けど。うわ、マジ……?」


 表示される魔術式に驚きの声を上げつつ、マリーナは視線を走らせてその文字列を読み込んでいく。


「うわ、全然気付かなかった……。そのガントレット、たぶん魔力を吸収する力か何か持ってるわ」


 マリーナの言葉に改めてガントレットを見る。

 白銀に輝いていたであろうそれは、今は長い間誰も使っていないせいかすっかりと色がくすんでいた。


「たぶんこの水晶球、最大出力で使ったときに魔力漏れが酷くて周りに被害が出るのね。この部屋に被害が出ないよう、魔力吸収材(アブソーバー)として水晶球の上に置いてたのよ」

「……ならやはり元の場所に置いておく必要があるということか」


 俺の言葉にマリーナは首を横に振った。


「こっちは私が改造しておくから、大丈夫。今の状態だと魔力の無駄が多すぎるってだけだし。だからそのガントレットは持っていっていいわよ」

「そうか」


 とはいえ、アリーゼが使うにはやや重すぎるし、血を飲んでいない状態の俺では持つことができない。

 ……どうやらあまり使い道はなさそうだった。


「――よしアリーゼ、とりあえずそれは宝物庫にでも入れておくがいい」

「は、はい……! ……えっと、宝物庫ってどこでしょう……?」

「まだ作っていない。……なのでまあ、無くさない場所に置いておくとしようか」

「わ、わかりました……!」


 俺の言葉に従って、アリーゼは部屋の片隅にそれを置いておく。

 かくして聖遺物である勇者の篭手は、その部屋に安置されることになるのだった。

 そんな部屋の片隅で眠るガントレットを見て、マリーナはつぶやく。


「……伝説級の古代遺産(アーティファクト)だと思うんだけどなぁ……」

「どんなに凄い物であれ、使うことがなければ無用の長物だろう」


 さて、まずは宝物庫を作らなくてはな……。

 ゴブリンたちにも手伝ってもらう予定だが、しばらくは肉体労働が続きそうだった。

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