第29話 魔王は軍勢を維持したい
アルター遺跡にはびこっていたアンデッドは今や全て俺の指揮下となり、地上には平和が訪れた。
荒れ果てた遺跡内をアンデッドたちに清掃させ、それなりに綺麗にする。
アンデッドは細かな命令をしても受付けないし、融通が利かないところもあったが、単純作業をさせるだけなら効率良く行ってくれるようだった。
……それから数日経って。
「……魔王様ぁ~」
「む、フィールか。どうした」
中庭に出ると、ゾンビのフィールがぽてぽてと歩いてやってきた。
「……井戸掘りについてなんですけどー……えっとぉー」
「ああ、どうだった? 失敗か?」
俺はスケルトンたちに命令を下して、深く地面を掘らせていた。
疲れ知らずのスケルトンであれば、時間はかかっても休みなく掘り続けられる。
上手くいけば労力をほとんどかけずに井戸を掘れるはずだった。
俺の質問にフィールは首を横に振る。
「ううんー。一応ね、水は出たの。綺麗な水だよー」
「ほう。朗報だな」
「すごいよねー。魔王くんもちゃんと命令出せて偉いよー」
「魔王くん……」
どうもフィールは妙に俺に慣れ慣れしくなるときがあった。
……まあいい。好きに呼ばせてやるとするか。
「……それでどうしたんだ。何か問題があったのではないのか?」
「うんー。水が出たはいいんだけど……溢れ出た水でスケルトンくんが粉々になっちゃってー」
フィールの手の中には頭蓋骨が抱えられていた。
「……そうか。水圧に耐えられなかったか……。仕方あるまい、弔うとしよう」
古い骨だろうし、風化していたのだろう。
一度砦の結界を解除した今、アンデッドがこの遺跡内で自動復活することはない。
一人の惜しいアンデッドを失ってしまったな……。
そう思いながら俺が黙祷を捧げていると、フィールの腕の中の骨が突然カタカタと動きだした。
「……生きてる?」
「アンデッドだからー死んでるよー」
「いやそうではなくて……」
俺は頭蓋骨をコツコツと叩く。
骸骨はそれに反応するようにして、またカタカタと動いた。
「動いているな」
「うんー。どうも、居心地が良いから、成仏したくないんだってー」
「我が儘なやつだな」
せっかく結界も解除して魂を解放してやったのに、この骨は現世にしがみつきたいらしい。
……まあ中にはそういうアンデッドもいるのだろう。
俺は気を取り直しつつ、フィールに尋ねる。
「ヒーリングでは治してやれないのか?」
フィールは神官だったはずだ。
神官は治癒魔術を好んで習得する傾向にある。
彼女も俺との戦いのさなかにヒーリング魔術を使っていたので、習得しているはずだ。
ゾンビとなった今でも彼女が魔術を使えるのかは不明だが……。
そんな俺の疑問に、彼女は首を横に振った。
「さすがにアンデッドはヒーリングじゃあむりー。私の体は特殊な体質だから、ゾンビの今でもちょっとだけなら効くけどー……」
見れば彼女の首と腕の縫い目はそのまま残っている。
マリーナが雑に縫合したまま、治ることはないのだろう。
俺は考えつつ、彼女の腕の中にいる骸骨を撫でた。
「……普通に組み立て直すだけじゃダメなのか?」
「大腿骨とかのおっきな骨が折れてるんだよねー。だから元に戻ろうとしても、崩れちゃうみたい」
頭蓋骨はカタカタと震える。
……なんだか助けを求めているように見えてしまうな。
俺は頭を掻きつつ、目を閉じた。
それなら……。
「……よし、それじゃあゴブリンたちにやらせよう」
「ゴブリンさんにー?」
「うむ」
俺は数日前にゴブリンたちを呼びつけ、拠点を洞窟からこの遺跡へと移してもらっていた。
引っ越し作業は既に終わっており、今はもう既に遺跡の一画で暮らし始めている。
「ゴブリンたちはそのほとんどが非戦闘員だ。中には年寄りや女子供のような、力の無い物もいる。骨の修復ならそんな者でもできる仕事だろうし、ちょうどいいだろう」
「おー。さすが魔王くーん」
「……他の者がいるときは様を付けろよ。示しがつかん」
「はーい」
フィールは笑顔で手をあげた。
……本当にわかっているのだろうか。
「……ではフィール、スケルトンを運ぶぞ」
「らじゃ~」
そうして俺はフィールと共に、遺跡の南東部に住居を構えたゴブリンたちの元へと向かった。
散らばった骨はフィールが丁寧に回収していたおかげで、特に苦もなく運ぶことができた。
そうして着いたゴブリンたちの集落は、引っ越してきて間もないにも関わらず、既に街の一画のスラムを彷彿とさせるような生活感が溢れていた。
「――あ! 魔王様!」
俺の姿を見つけたゴブリンの青年、ダンが駆け寄ってくる。
彼は俺たちの姿を交互に見つつ、口を開いた。
「どうしたんだ、魔王様。何か用か?」
「うむ。ゴブリンたちの生活を視察しに来てやったぞ。ここは余の第二の城でもあるのだから、変な使われ方をしていてはかなわんからな」
「大丈夫だ。壊さないよう、みんな気を付けてる」
ダンの言葉通り、建物に傷がつくような無茶な使われ方はしていないようだった。
掃除もちゃんと行き届いている。
ゴブリンは身長が低いので建物を建てるのは苦手だ。
その為、よく洞窟に住み不衛生な印象が強いが、既にある建造物に住むようなら案外綺麗に生活してくれる。
ただでさえアンデッドと同居しているので、衛生面には気を付けなくてはなるまい。
流行り病が蔓延してからでは遅いのだ。
ダンは俺たちが持つ荷物に気付くと、首を傾げた。
「骨?」
「ああ、もう一つ頼みがあってやってきた。スケルトンがちょっと怪我をしてしまってな」
「怪我。アンデッドが……?」
ダンはいぶかしげな顔をして、それを見つめる。
フィールの腕の中の骸骨がカタカタと震えた。
「どうも骨が折れてしまって、まともに組み上がらなくなってしまったらしい。だがやる気はあるようなので、どうにか治してやりたい。手の空いている奴はいるか?」
俺の言葉に呼応するように骸骨がカツカツと歯の骨を鳴らす。
それを見て、ダンは感心するように目を丸くした。
「おぉ……。たしかにやる気が溢れている。強い戦士の瞳だ」
どうやらダンは骸骨の動きから何かを感じ取ったらしい。
……だが骸骨に眼球はないぞ。
俺の考えをよそに、ダンは一つ頷くと後ろを振り向いた。
「……バン! 来てくれ! 頼みがある!」
「――どうしたの、兄ちゃん」
彼に呼ばれて近付いてきたのは、ダンより一回り小さなゴブリン、バンだ。
森で出会ったダンの弟だ。
ダンは骸骨の残骸を指さして、バンに要件を伝える。
「これを子供たちみんなで修復して欲しいんだ。お前、手先が器用だろ」
「それほどでもないけど……でも面白そう」
バンはスケルトンの身体をマジマジと見つめた。
「……木とか骨とかいろいろ使って遊んではいるけど、ちゃんと直せるかはわかんないよ?」
「良い、許す」
俺は即座にそう答えた。
「好きなようにしろ。失敗してもいい」
「おお……。それなら挑戦してみようかな。……いろいろ付け足してもいい?」
「いいぞ」
俺たちのやりとりを聞いて、フィールの腕の中の頭蓋骨が震えた。
「見ろ、こいつも喜んでいる。最強のスケルトンにしてやれ」
「……違うよー、おびえてるんだよー、魔王さまー」
フィールが骸骨の言葉を代弁した。
どうやら同じアンデッドなせいか、スケルトンの言いたい事がわかるらしい。
「だが普通のスケルトンではつまらないだろう」
「だよね。さすが魔王様だ。話がわかる」
バンは笑顔で俺の言葉に頷いて、骸骨の頭を受け取った。
フィールが名残惜しそうにそれを見送る。
「……がんばれー、スケルトンくーん。どんな体になっても負けないでー」
フィールに手渡された頭蓋骨は、なぜか少しだけ寂しそうに見えた。
まあ気のせいだろう。
かっこよく改造してもらうがいい。
「……これからもアンデッドがダメージを受けたら、ここに持ってくることにしよう」
「わかった、魔王様。我らガ族をこれからも頼ってくれ」
俺の言葉に、ダンとバンの兄弟は笑顔で頷いた。
……粉々にでもならない限りは、アンデッドはゴブリンたちに修復させることにしよう。
アンデッドを使い捨てにしないことで戦力も減らないし、ゴブリンに仕事を任せることで俺の軍の一員としての自覚も出る。
一石二鳥だな。
俺がそんなことを考えていると、フィールが俺の袖を引っ張った。
「……魔王様~、私からもありがとうねー。アンデッドのみんなも、悪い子じゃないからー」
「ふ。そんなことは当然わかっている。アンデッドだろうが我が軍の一員となった以上、最後まで面倒を見てやるさ」
「ひゅー。かっこいー」
「……魔王だからな」
フィールの言葉を背に受けつつ、俺はその場を後にする。
……新生魔王軍は、まだまだ強くなりそうだった。




