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第02話 魔王は薬師の手料理が食べたい

「……申し訳ありませぇぇん! 魔王様の恩人とは知らず、あたしってばなんてことをぉ!!」


 小屋の中で頭を地面に擦りつけつつ、モニはアリーゼに謝罪をしていた。

 俺は呆れながらため息を吐く。


「お前は昔から思い込みが激しかったからな……」

「ちが、違うんスよぉぉ! 魔王様やっと見つけたと思ったら、人間の女としっぽりしてるのかと思って、だって、だって、うぇええぇぇ!」


 顔を上げて泣き出すモニに、アリーゼはしゃがんで彼女の頭を撫でた。


「よ、よしよし、大丈夫です。わたしは怪我ないし……」


 優しく慰めるアリーゼの顔を見て、モニはまた涙を溢れさせて彼女に抱きつく。


「アリーゼ、(しゅ)き……!」

「わ、わ、わ、わ、あの、ちょっと……!」

「おいモニ離れろ! そんなにくっつくな!」


 俺はアリーゼからモニを引き剥がしつつ、またもため息をついた。


「……すまん。そいつは誰にでも惚れやすいんだ。エナジードレインされてないか? 大丈夫か?」

「あはは……いえいえ、ちょっとびっくりしただけで……」

「嫌なら嫌と言うんだぞ。言ってくれれば二度とそいつはお前に近付けんようにしてやるからな」

「そんな、魔王様ひどい! あたしは魔王様の窮地を救っていただいてこんなにも感謝しているのに!」


 抗議の声を上げるモニに、俺はまたため息をついた。

 モニを指さして、アリーゼに紹介をする。


「……こいつの名前はモニ。魔王城では『思い込んだら止まらない行き先不明の暴走イノシシ』とも呼ばれていた。まだ若いサキュバスで、魔王軍の下っ端だ」

「なんて悪口! 魔王様、裏であたしのことそんな風に言ってたんスか!? あたしは魔王様一筋で頑張ってきたのに! 魔王様の第一の部下として誠心誠意尽くしてきたのに! 用済みになったらポイッスかぁ!?」

「人聞きの悪いことを言うな。俺は一度たりともお前を部下にした覚えはない。お前は味方にするのが一番怖いからな」

「そんなー!?」


 そうして泣き出すモニを、アリーゼがまた慰める。

 ――くそ、羨まし……じゃない、アリーゼに馴れ馴れしいやつめ!

 俺はモニがアリーゼに抱きつかないよう間に入るが、その様子を見てアリーゼがクスクスと笑った。


「……二人とも、仲が良いんですね」

「勘違いするな。こいつと俺はただの腐れ縁だし、こいつが勝手に部下を気取っているだけだ」


 モニのおでこを押さえつけている俺に、アリーゼはそんなことを言った。

 俺の言葉が気にくわなかったのか、モニが抗議の声をあげる。


「そんなっ!? 先代様から魔王様のことをよろしく頼むと言われて以来、ずっと魔王様にお役に立とうと頑張ってきたのに!」

「……毎日のように朝から暗殺まがいの騒ぎを起こしてたのはどういうことだ」

「魔王様が真の暗殺者に襲われても対処できるよう、日頃から鍛えようと思って!」

「……去年、落とし穴で俺を触手部屋に放り込んだのは?」

「敵からの攻撃は様々な可能性が考えられます! 快楽や不快感にも耐性を付けた方がいいかと!」

「……本音は?」

「あわよくば油断した魔王様をおいしくいただけないかな、と」

「よし帰れ」

「あー! うそうそうそうそ、嘘ッスー!」


 ちなみに全てなぎ倒したので俺の体は無事だ。

 両手を上げてぶんぶんと振るモニの様子に、アリーゼはまたも笑った。


「やっぱり二人とも仲が良いんですね。リンドさん、最初に会ったときは『余』って言ってたのに今は『俺』って言ってる」

「……はっ!」


 俺は自身の顔が赤くなるのを感じて、片手で顔を覆い表情を隠した。

 ――不覚!


「……余の失態を見せてしまったな。忘れるが良いぞ、アリーゼ。だが一つ言っておくと、こいつは本当にただの知り合いであって仲が良いわけではないので、そこだけは勘違いするな。本当、マジで。よくて妹ポジションだから」

「酷い魔王様! ――でもあたしのことを女と見てない宣言、正直痺れる……! 物扱いとかして欲しい……!」


 しかも変態だ。

 ……これ以上モニをアリーゼの前に置いておくのは、悪影響を及ぼす可能性があるな。

 俺がどうモニを抹殺するか真剣に考え始めていると、当のモニが何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべ手をあげた。


「って魔王様、そんなことより魔王城、大変なんスよぉ……!」


 彼女はそう言って、しくしくと泣きながら語り出した。

 忙しいやつだな。


「バルザークたち四天王がデカイ顔して派閥争いしてるし、人間たちともいつ戦争が始まるかわかったもんじゃないし、コックのジャック・オー・ランタンが辞めたせいで食堂のごはんが美味しくなくなるし、大変で大変で! そんなだからあたしも魔王様を探して城を飛び出して来たんス!」

「主に最後の食堂の飯がまずくなったことが原因だろ、お前」


 そういえば昔から食い意地も張った奴だった。

 モニは自身のお腹を押さえつつ、ため息をつく。


「はー、言ってたらお腹空いてきたッスね。ここ数日は魔王様の探索で、ロクなものも食べられなかったし。……あ、でも持って来た奴以外の魔力探知機に記録されてた魔王様の波形パターンは全部書き換えてきたんで、あたし以外に見つけられることはないと思うッス!」


 彼女はそう言って、丸い水晶球の上に方位磁針(コンパス)のような針が付いた魔道具を取り出す。

 それは魔力探知機と呼ばれる物で、あらかじめ魔力パターンを記録しておけばそれに合う波形を探索し常にその方向を指し続けるという物だ。

 それが多く残っていれば、俺が今ここにいることもバルザークたちにバレてしまっていたことだろう。


「……それについては褒めてやろう」

「わーい!」


 俺がモニを褒めると彼女は両腕をあげて全身で喜びを表現する。

 そんなモニの様子を見て、アリーゼはぽんと手を叩いた。


「あ、あの……残り物であれば夕飯の残りがあるんですが、その……食べます……?」

「え、本当ッスか!?」

「は、はい……魔族の方にお口に合うかどうかはわからないんですけど……」

「食べるッス食べるッス!」


 ――アリーゼの手料理、か……。

 元気よく手を上げるモニに割り込むようにして、俺も手を上げる。


「余ももらおう」

「えっ!? は、はい、今用意しますね……!」


 アリーゼはそう言って、食事の準備に取りかかった。



 * * *



「これ、は……?」

「なんスか魔王様、これ」


 器に盛られたアリーゼの料理を前に、俺とモニは顔を見合わせた。

 深皿の上には、吐瀉物のような塊が盛られている。


「リンドさん、結構眠ってましたからお腹空いてますよね。全部食べてしまっても大丈夫ですよ」

「う、うむ……」


 ……見た目はあまりよくないが、麦か何かのスープだろうか。

 スプーンにすくい、匂いを嗅ぐ。

 ……薬草のような匂いが鼻孔に広がった。


「……体に良さそうな匂いだな」

「はい、いろいろな薬草が入ってますよ」


 俺の言葉にアリーゼは頷く。

 ……彼女は薬師だそうだし、当然と言えば当然か。


 俺は意を決して、その料理を一口運ぶ。

 口の中に薬草の刺激的な香りが広がった。


「――む」


 口の中で咀嚼する。

 鼻に抜ける香りのあとに広がる塩味。そしてそれと同時に、舌の上に不思議な旨味が訪れた。同時にピリリと効いた辛味。


「これは……なんだ?」


 俺の問いかけに、アリーゼは笑顔を浮かべた。


「アカネギ草とキノコのピリ辛リゾットです。薬草としては癖があるんですが、こうして食べると美味しいんですよ」


 普段薬草として扱われるアカネギ草は、辛味が強く好き好んで食用に扱う者はすくない。

 しかしこの料理ではその辛味がアクセントとなっていた。


「……キノコの旨味に穀物の甘み、そこにこの辛味か」

「はい。シロネの種は加工に手間がかかりますけど、皮を剥いて茹でるとふっくらして美味しいんです。洞窟で採った岩塩も混ぜると、食べやすくなるんですよ」

「食べやすいというか、これは――」

「――美味しいッス!」


 俺の言葉に被せるようにして、モニが叫んだ。

 ガツガツと料理を口に入れていくモニの様子に、アリーゼが照れたような表情を浮かべた。


「え、えへへ……」

「……なかなかやるではないか。悪くないぞ」


 俺も小さくそう呟いて、出された料理を口に運ぶ。

 その料理は味わい深いにも関わらず素朴で、どこか懐かしい味がした。

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