第26話 魔王は部下をスカウトしたい
「何をしている」
「……後処理よ」
モニたちのことでも迎えに行ってやるか、と考えていると、マリーナが何やら床に向かって作業をしていた。
見れば、倒れたフィールとかいう女の死体に首を縫い付けている。
「弔うのか?」
「まさか。私はネクロマンサーよ」
縫い針を操り俺が切り落とした腕も縫い付けて、五体満足の死体を作り上げる。
「……この子、死の間際にとっさに自分に死霊魔術をかけたみたい。それで首になっても動いてたってわけね。その影響もあって、残された体が仮死状態みたいになってる」
「……生きてるのか? こいつ」
「冗談。首を切り落とされて数秒で死んでるはずよ」
マリーナはそう言うと、呪文を唱え出す。
人差し指と中指の二本で印を結び、死体の四肢に魔力を流し込む。
「新鮮な死体に、あなたとの契約で得た魔力、そして結界操作の水晶球……。こんな実験に最適な状況、ネクロマンサーとして見逃せない」
「……ふ。その貪欲な研究姿勢、嫌いではないぞ」
「ありがと。私って根っからの研究者気質みたい」
彼女はそう言って呪文の残りを唱え終わると、フィールの額に手を当てた。
「――クリエイト・アンデッド」
マリーナの手を通して、フィールの死体に魔力が宿っていく。
「……フィール! あんたがまだ近くにいるのはわかってんのよ! 迷惑かけたんだから、その魂私に使わせなさい!」
呼びかけるような言葉と共に、死体に魔力が充満していく。
徐々に魔力がその体に定着していき、そして死体はゆっくりと目を開いた。
「――よし、成功」
「……ゾンビか?」
俺の問いに、マリーナは首を横に振った。
「……限りなく蘇生に近いとは思う。保管状態が完璧の死体に、元から強靭な肉体、そして本人の魂。理論的には、死霊魔術で行える最大限の蘇生行為……だけど」
マリーナは起き上がったフィールの首元に手を触れる。
「……ダメね。あの子の再生能力は戻っていないし、体温も低い。……まあ、あなたの言った通り、普通のゾンビかも」
マリーナは残念そうな表情を浮かべてそう言った。
「……やっぱり私じゃあこの辺が限界か」
マリーナは目を伏せる。
――すると、ゾンビがその右手を動かした。
ゾンビはそっとマリーナの頬に手を当てる。
「……そんなことないよ、マリーナ。マリーナはやっぱり、天才だね」
「……フィール!?」
ゾンビは名前を呼ばれると、「えへー」と笑って首を傾げた。
マリーナは勢いよくフィールにかぶりつき、彼女の目を指で広げ、瞳孔の様子を確認する。
「あんた意識があるの!? ゾンビなのに!?」
「う、うん、そうみたいー。結構記憶はぐちゃぐちゃだけど……うが」
苦笑するフィールの口をこじ開けて舌をひっぱりつつ、マリーナはフィールの体を調べる。
「生前の記憶あり、呼吸無し、脈無し……ゾンビの上位種か、これは」
「……うーん、ちょっとした触覚はあるけど、感覚は鈍いねー。痛みは感じないかも」
フィールはコンコンと床を叩いて、自らの体の状態を検分しているようだった。
マリーナは「あっ!」と何かに気付いたような声をあげ、フィールの頭に手を当てる。
「――カース・コマンド」
「おおー?」
「……私への反抗禁止、私への命令には絶対服従……いいわね?」
「はーい」
魔術をかけられたフィールは、従順に手を上げた。
どうやらアンデッドに対する命令を出したらしい。
フィールはクスクスと笑いながら、マリーナの顔を覗き込む。
「……そんなことしなくても、もうしないよ」
「どうだか。私、他人は信用してないの。誰かさんに裏切られたからね」
「……んふふ。マリーナっていじめたくなるよねー」
「はぁ!?」
そんな二人の様子を眺めながら、俺は声をかける。
「……マリーナには何をしてもいいが、余の意には背くなよ。次は魂ごと滅するぞ」
「はーい。了解しました魔王様~」
「……ええ!? ちょっと!? あんた絶対服従の命令は!?」
声を上げるマリーナに、フィールは首を傾げる。
「……え~? わかんない。なんか魔王様の方が、言うこと聞きたくなるっていうか~」
「――そっか、主従契約……!」
マリーナは口元に手を当て、考え込む。
「魔王と主従契約を結んだせいで、魔王が魔術的に私の上位存在になってしまったのかも……。……ということは死霊術の命令系統と構築は……」
ぶつぶつと言うマリーナをよそに、俺はフィールに向かって手を出した。
「……お手」
「はーい!」
「お座り」
「わん!」
「回れ」
「きゃーん」
スカートをなびかせながらくるくると回るゾンビ・フィール。
なかなかに従順だ。
「うむ。ならばお前も余の部下だ。ゾンビ軍団の団長にしてやろう」
「わーい、頑張りまーす」
素直でよろしい。
俺はマリーナに声をかける。
「フィールのことはお前に任せるぞ、マリーナ」
「はいはい、了解しましたー。……まあいい研究材料だわ」
小声で死霊魔術の理論について呟くマリーナを放っておいて、俺はその場を後にする。
フィールは格闘センスが良いので、良い拾い物だと思うことにしよう。
そうして俺が中央塔の扉を開けて外に出ると、そこには大量のアンデッドの残骸が積み上がっていた。
そしてその上に、寝転ぶ少女が一人。
「ローイン、生きているか」
声をかけると、ローインは体を起こす。
「……わらわが負けるはずなかろ~?」
「息災で何よりだ」
どうやらまだ余裕がありそうだった。
彼女はあくびをしつつ、首を回す。
「……寝起きの準備運動にしてはちと精神的に疲れた。倒しても倒しても反応がないからの」
「怪我は無いようだな」
「わらわの鱗は硬いんじゃぞー」
ローインは上半身を起こすと、カカ、と笑ってみせる。
「……してどうじゃった。レイスの奴が消えたから、成し遂げたんじゃとは思うが」
「うむ。当然だ。それに部下も増えたぞ。……む、もしかすると」
俺はあることに気付き、周囲を見渡す。
そこにはマリーナの魔術により、動きを止めたアンデッドたちがいた。
「――全隊! 整列!」
俺の言葉に反応して、スケルトンやリビングアーマーたちが一斉にガチャガチャと動き出す。
ローインは目を丸くしてそれを見ていた。
ほどなくして、俺が歩く道を作るように左右に二列のアンデッドの隊列が出来る。
……予想通りだ。
「アンデッドたちは俺の指揮下に入った」
アンデッドたちの指揮権はマリーナが持っており、マリーナは俺の眷属だ。
つまり最上位の命令者が俺ということになる。
綺麗に整列したアンデッドの大軍を見て、マリーナが言葉を漏らす。
「……すげー」
俺は気分良く、アンデッドの列の間を歩く。
そんな俺の様子を見ながら、ローインは呟いた。
「なかなか魔王らしくなってきたなぁ。さすがじゃ」
「魔王だからな」
俺はローインの言葉を背に受けながら、死者の軍勢の王として堂々と胸を張るのだった。
* * *
「あっ、魔王様! そっちは大丈夫っスか!?」
「うむ。おおむね良好だ」
最初に入った隠し部屋に戻ると、モニに膝枕されてロロイが寝転んでいた。
ロロイはこちらに気付き、手を伸ばす。
「あ、ま、まおう……たすけて……」
指先を震わせるロロイに、俺は眉をひそめる。
「……モニ、お前」
「ち、違うっス! 普通に治癒してただけっスよ!?」
「ふつうじゃない……すごい……きもち、い……ぜんしん、あまがみされてるみたい……」
ロロイは焦点の定まらない目で俺へと訴えかけた。
どうやらサキュバスのヒーリングにはそんな副作用があるらしい。
……今度からモニに治療を頼むのはやめておこう。
俺はそう心の中で思いつつ、抱き起こそうとロロイの手を握る。
「ひゃうっ」
「……大丈夫か」
握った瞬間、彼女は高い声を上げたが、気にせずに引っ張り起こす。
ロロイは肩で息をしながらも、何とか自分の足で立った。
「……だ、大丈夫。気に、しないで。体力は、回復した」
ちゃんとヒーリングの効果はあるようだ。
俺は簡単に事情を説明することにする。
「アンデッドは止めた。一つ不幸な事件はあったものの、三人とも今は無事だ。意識もはっきりしている」
「……良かった」
嘘は言っていない。
ロロイは俺の言葉を聞くと、膝をついて頭を下げた。
「ありがとう、魔王。心から感謝する」
「うむ。感謝されてやろう。――そしてもう一つ、約束を果たしてもらう」
顔を上げるロロイに、俺は口を開く。
「お前にはその恩義、体を使って返してもらおう」
「……わかった」
彼女は目を瞑ってそう言うと、自身の上着に手をかける。
「……その……初めてだから、優しくして欲しい……」
「そういうことではない」
頬を赤らめながら服を脱ごうとするロロイを手で制する。
……モニ! 後ろで楽しそうな顔をするんじゃない!
「……他の三人も、余の部下となることを決めている。強制ではないが、お前にも配下となってもらおうと思っている」
「し、失礼した……」
ロロイは服を直して、改めてこちらを見つめた。
「元よりそのつもり。この身、この命、あなたの為に捧げることを許して欲しい」
「……よい、許す。存分に我が下で働くがいい。必ずや余に仕えて良かったと思わせてやろう」
俺の言葉にロロイは微笑みを浮かべて頷いた。
「感謝する。……魔王様」
そうして俺はアンデッドの軍勢に加えて、四人の冒険者を部下とするのだった。
……これはもう、魔王軍と呼んでも問題ないな。




