第25話 魔王は死霊の力を手に入れたい
「魔王、あんた死霊魔術に詳しいの……?」
マリーナの言葉に俺は首を横に振った。
「一通りの魔術は習ってはいるが、死霊魔術は専門外だ」
「じゃあどうやって……」
困惑する彼女に、俺は確認しておかなければいけないことを思い出して静かに尋ねた。
「――その前に一つ聞かせて欲しい」
「……なに? 何か情報が必要なら何でも聞いて」
快諾してくれた彼女の目を見ながら、俺はその質問を口にする。
「……処女か?」
「は?」
マリーナは俺に短く聞き返す。
彼女はしばし動作を停止した後、まったく同じ言葉を放った。
「……はぁ!?」
今度はさきほどより大声を上げる彼女に、俺はため息をつく。
「……だから、処女かと聞いている」
「そ、そ、そ、それに何の関係がっ……!」
彼女はあたふたと手を動かして困惑する様子を見せていた。
俺はさきほどと同じく低い声で、彼女に回答を急かす。
「いいから答えろ。ダメなら少し面倒なことになる」
「な、え、本当に、えっ!? 何が!?」
顔を赤くしながら混乱する彼女の肩を押さえ、睨みつける。
「時間がないときに冗談は言わん、答えろ」
「……はいぃ……」
消え入りそうな声でマリーナは返事をした。
……こいつこれでも魔術師か?
彼女はしどろもどろしながら、何かに言い訳するように説明しだす。
「えっと……その、私ね、昔から研究一辺倒で、男の人と接する機会はあんまりなかったっていうか……いや全然なかったわけじゃないんだけど、興味もなかったしさ、それに――」
「――処女なんだな」
「……うん」
涙目になりつつ彼女は小さく頷いた。
――ええい、男性経験の有無ぐらいで恥ずかしがるな!
そんなことよりも、おそらくはもう時間がない。
部屋に充満する瘴気は、高位アンデッドが精製されつつあることを示していた。
「……今からお前を我が眷属とする。緊急事態だ、許せ」
俺の言葉に、彼女は眉をひそめる。
「へ……? 眷属って、使い魔契約のこと……?」
「似たようなものだ。といっても多少魔力の経路が繋がる程度で、命令に強制力が発生するわけではない」
俺の言葉にマリーナが真面目な表情に戻り、頷く。
「……そうか。使役関係の契約を行えば魔力は共有できる。……でも契約には儀式が……」
「問題ない」
俺は彼女の首元のスカーフを解くと、首筋を露出させた。
マリーナは目を白黒させつつ、硬直する。
反応が忙しい奴だ。
俺はそれに構わず、説明する。
「俺の能力だ。血をもらうことで契約が成立する。……相手が清らかな乙女に限定されるがな」
我ながら厄介な条件ではある。
マリーナは未だ混乱しているのか、また赤面しつつ目を閉じた。
「え、あの、その、私、心の準備が――!」
「後でしろ」
取り合っている暇は無い。
俺はマリーナの首筋に唇を寄せる。
「――んぁっ」
触れるのと同時に、彼女が声を上げた。
俺は痛みがないよう、そっと牙を突き立てる。
「んんっ――!?」
彼女は声を抑えるようにしながらも、背筋をのけぞらせた。
俺はそのまま吸い付く。
「ひゃ、あ! これ、くすぐったい……!」
……血と魔力を吸われる感覚は、人によって若干異なるらしい。
「ん、んんん、ふっ……!」
マリーナの目から涙がこぼれ落ちる。
同時に契約が成立したようで、俺の中で魔力が増幅されると同時に、彼女へと魔力が流れ込んでいった。
俺が首筋から口を離す。
「……うわ、すっご。うひゃ、これ、くすぐったい……!」
マリーナはどうやら魔力が注ぎ込まれる感覚に敏感なようだ。
俺は手のひらに魔力を集中し、彼女の首に優しく触れる。
魔力のパスが繋がり波長を合わせることに成功したので、こうすることで更に魔力を流し込むことができるはずだ。
「……どうだ、魔力は足りそうか?」
「ひゃ、んっ、あっ、もうちょ、ゆっくり……!」
今俺の中にはアリーゼの血によって増幅された豊富な魔力があった。
その魔力が、マリーナの血を通じて彼女へと流れこんでいく。
「ん、や、ストップストップ! もう大丈夫、十分だから止め――んんっ!」
声を上げる彼女に、俺は手を離す。
マリーナは頬を紅潮させ、息を荒くしながら頷いた。
「……うん……だ、大丈夫そう。これならいけると思う」
彼女は目を閉じ精神を集中させて、水晶球へと手を触れた。
それと同時に、水晶球の表面に多数の魔術式が浮かび上がっていく。
「アンデッドの精製をストップ……。結界解放準備――アンデッドが外に出ないよう、広域移動停止命令を割り込ませて――とりあえずこの周辺から出ないようにしたら結界が発動しないようロックをかけて……ええっと次は……」
「……アンデッドに命令をくだせるのか?」
俺の言葉に、マリーナは意識をこちらへと向けた。
「へ? あ、うん。この水晶球を通してなら一応ね。私以外にはちょっと難しいと思うけど……」
「ほう。さすがだ」
マリーナが作業を進める中、俺は一つの考えを思いつく。
「よし、このアンデッド……余の配下にしよう」
「……え」
マリーナは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
俺は自身の名案に笑みを浮かべる。
「そうだ、それがいい。おいマリーナ、命令だ。やれ」
「ちょ、ちょちょちょ! 待って!?」
彼女は作業を進めながらも、言葉を続ける。
「私じゃないと細かな命令はできないから、きっと大量のアンデッドなんてきっと持て余しちゃうわよ……!?」
「ならお前がここにいればいい。冒険者をやめてここで研究を続けろ」
「はぁ……!?」
彼女は呆れたように大きな口を開ける。
……うむ、こいつは結構有能なネクロマンサーだし、部下にしてやっても良いかもしれんな。
そんなことを考えつつ、俺は話を続けた。
「アリーゼの小屋だとそろそろ手狭だと思っていたのだ。この遺跡なら余やアリーゼだけでなく、ゴブリンたちも住まわせてやっても十分に広い」
それにこの遺跡の位置は、周囲の国々に通ずる要所となっている。
俺が魔族を再度支配したときの為にも、今から確保しておきたい拠点ではあった。
「……どうだ、アリーゼ。この遺跡に住むのは嫌か?」
「え!? えっと、わたしは……」
俺の問いにアリーゼは天井を見回しながら、考え込んだ。
そして微笑みながら頷く。
「……お掃除、わたし一人だと大変そうです」
「ハハハ、アンデッドにやらせよう。お前はそんなに働かなくともよい」
俺とアリーゼの言葉に、マリーナが頭を抱えた。
「もう何なのこの人たち……! 人の都合も考えなさいよ……!」
「……ふん。だが少し考えてみろ。何もお前に悪いことばかりではあるまい」
俺はそう言ってマリーナを見下ろした。
「味方を変えろ。この魔王に仕官せよ、と言っているのだ。今はまだ小規模の配下しかいないのは事実だが、好待遇は約束しよう。どうだ、ネクロマンサーなど他の国ではまともな仕事はないだろう?」
「……それは、そうだけど……」
マリーナは俺の言葉に言い淀む。
アンデッド数千の大軍、是非手に入れたい。
……ここはこいつを言いくるめることにするか。
「……それにロロイとか言ったか。あの娘も俺に仕えると約束してくれた。本人が望むなら、あのカルティアという剣士と一緒に仕えさせてやってもいい」
「……ロロイが?」
あいつはさきほど、『仲間を助けてくれたら何でもする』みたいなことを言っていたはずだ。
ならばもう俺の配下も同然!
マリーナの仲間を人質――もとい、こっちの協力者にすることで、この女も一緒に俺の配下に取り込む……!
俺の言葉にマリーナが悩む様子を見せていると、そこに声がかかった。
「……いいんじゃないか?」
それはさきほど、格闘僧に殴り倒されていたカルティアだった。
よろよろと起き上がりつつ、マリーナのもとへと近付いてくる。
「マリーナ、キミはずっと死霊魔術の研究に本腰を入れたいって言ってたじゃないか。冒険者を続けるよりも、そっちの方が向いているよ」
「リーダー……」
「……それに、ボクらのパーティもボロボロになっちゃったしね」
そう言いながらカルティアは苦笑する。
その視線の先には、首が切り離された女の死体があった。
マリーナは眉間にしわを寄せつつ、水晶球に触れる。
どうやら作業が終わったようで、水晶球の放つ光が薄れた。
「……わかった。細かい話は後にするとして、たしかにそっちの方がいいかもね」
マリーナはそう言って、俺の方を向いて頭を下げた。
「ご厚意感謝します、魔王閣下。……しばらくご厄介になりますね」
「急に敬語になるな。調子が狂う」
俺の言葉に、彼女は苦笑した。
「……私、長いものに巻かれるたちなの。……好待遇、期待してるからね。魔王様」
「任せろ。余は一度交わした約束は違えない」
俺は彼女の言葉に即答する。
彼女は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「……うん、知ってる。助けてくれてありがとう。正直言って、本当に来てくれるとは思わなかった」
「ふん。余はそこらの王とは違う。……魔王だからな」
俺はそう言ってマントを翻す。
そうして俺は新たな住居の中、今後の計画を考えるのだった。




