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第24話 魔王は魔術師に借りを返したい

 俺が遺跡にやってきたのは、一枚の布に書かれた救援要請に応える為だ。

 そして今、それを達成した。


「少しやり過ぎたか。……だが殺されると救助できなくなるからな。許せ」


 アリーゼの魔力を乗せた蹴りは、たやすく少女の腕を折ってしまったらしい。

 女だからといって手加減するつもりはないが、事情がわからないままに蹴ったのは申し訳ない。

 ……とはいえ、どうにも尋常な様子ではなかったが。

 助けた魔術師の方が、ふらふらと立ち上がりつつ声を上げる。


「……フィール! あんた、裏切ったわね!」

「マリーナが悪いんだよ、結界を解除するなんて言うから」


 二人が会話をするが、いまいち状況が飲み込めない。

 どっちか詳しく解説してくれ。

 同じことを思ったのか、俺の後ろにいたカルティアが声を上げた。


「どうしたんだ……!? 何があったんだ二人とも!」


 ……いいぞ。そうだ、つっこんで聞け。

 俺が聞くと状況を把握できていないようで、かっこ悪いからな。

 カルティアの言葉に、マリーナと呼ばれた魔術師の女はもう一方の女に指をさす。


「リーダー! フィールを止めて! あの子、魔導具の力を悪用するつもり!」

「悪用だなんて人聞きが悪いなー。……有効活用、だよ。ね?」

「また大虐殺でもするつもりなの!? カルティア、あの魔導具はこのまま放置しちゃダメ!」


 二人の言葉に迷いを見せるカルティア。

 彼女は苦悶の表情を浮かべながら、その手に持つ剣の切っ先をフィールに向けた。


「……フィール。どんな事情があったにせよ、パーティに手を上げたのはリーダーとして見過ごすことはできない。それにマリーナがそこまで危険視する魔導具となれば、好きに使わせるわけにはいかない」

「……そっかー。じゃあわたしたち敵同士だね、リーダー」


 どうやらカルティアはマリーナの方に付いたらしい。

 正直、大量虐殺兵器と聞くとかなり興味はあるのだが、この場の多数決は1対2。

 魔導具をどうするかはともかく、まずは制圧して穏便に話を聞くことにしようか。


 そんなことを内心思っていると、フィールという少女は折れた腕をもう片方の腕で押さえた。

 青白い魔力光が手から放たれ、その片腕が音を立てて(うごめ)く。

 どうやら骨と筋肉が高速で再生しているようだった。

 マリーナがそれを見て声を上げる。


「リーダー気を付けて! あの子は昔、改造されてるから――!」

「わかってる!」


 カルティアが応え、前に出た。

 フィールはそれを見て薄く笑う。


「ダメだよ、リーダー」


 そしてフィールは一瞬で腰を深く落として、地面を蹴った。

 ――速い。

 彼女は一息でカルティアの剣の間合いをかいくぐり接近する。


「――私の方が、強いんだから」

「うぐ……!?」


 掌底。

 カルティアの鳩尾に打たれたフィールの一撃は、容易にカルティアの体を弾き飛ばした。


「……格闘僧(モンク)か」


 壁に叩き付けられるカルティアを眺めながらつぶやいた俺の隣で、苦い顔をしたマリーナが頷く。


「うん。私たちの中で単純な戦闘力なら一番強いの、あの子。詳しくは知らないけど、昔実験体にされてて肉体の再生力や戦闘力が大幅に強化されてるみたい。……その分寿命は短いらしいんだけど」

「ふん。人間どもの考えそうな浅はかなことだ。余ならそのような捨て駒を作る手段は()らん」


 ともあれ、フィールはカルティアが一撃で戦闘不能に追い込まれるほどの強さは誇るらしい。

 俺でもすんなり勝てるかは怪しいところだ。

 ――普段の俺であれば、だが。


「余が相手になろう」


 聖剣を構えて前に出る。

 俺の体の中には今、アリーゼの血が宿っていた。


「手加減はできんぞ」


 俺は細身の刀身の切っ先を向ける。

 フィールも拳をこちらに向け、俺を睨み付けた。

 二人の間にジリジリとした焼け付くような空気が流れる。

 ――最初に動いたのは、相手の方だった。


「――はっ!」


 息を吐くようにして放たれる拳。

 だが俺はそれを剣で受け止める。

 細い割にびくともしない刀身に驚いたのか、彼女は瞬時に腕を引いた。


「――遅い!」


 俺は剣を閃かせる。

 手応えがあり、彼女の右腕の肘から先がゴトリと落ちた。


「ぎゃう……!」


 うめき声をあげつつも、フィールは距離を取る。

 片腕を奪ったものの、彼女は戦意を消失していないようだった。

 彼女は傷口を押さえると、呪文を唱え始める。

 俺の後ろで、マリーナが声を上げた。


「気を付けて! フィールの再生力は半端ないから!」


 見ればフィールの肘の先に、何やら蠢く肉の先端が見えた。

 フィールは額に汗を浮かべながら笑う。


「ふ、ふふ……。大丈夫だよ。ちょっとだけ痛いけど……腕の一本や二本、簡単に蘇生してみせる。私は、その為に生きているんだから」


 蘇生、か。

 命を蘇らせるのは、簡単なことではない。

 大方、治癒(ヒーリング)の延長だろう。


「そんな子供だまし、余には通用せん」


 俺は鼻で笑う。

 同時に、フィールの表情から余裕が消えた。


「これ、は……」


 その腕から血が流れ、いつまで経っても再生は始まらない。

 それもそのはずだ。

 この聖剣は、トロールの再生力すらも無効化する力を持っている。

 俺は剣を構えて彼女に言った。


「どうだ。降参するか? お前では余に勝てない」


 俺の親切な忠告に、しかしフィールは拳を上げた。


「……私には時間がないの」


 どうやらその戦意は未だ衰えていないらしい。

 その目には執着と妄念、狂気の色が見えた気がした。


「まるで呪縛霊(レイス)だな。……その怨念、余が断ち切ってやろう」

「――うおああぁぁぁ!」


 雄叫びと共に、彼女は突進してくる。

 彼女の左フックを途中で腕ごと切り落として、刃を水平に構える。


「――安らかに眠れ」


 そして一太刀。

 彼女の首が胴体と離れた。


「……リンドさん! まだ!」


 俺はアリーゼの声に振り返り、再び刃を構える。

 そこに襲いかかってきた右足を剣で防いだ。


「――首を跳ねられてもまだ生きるか! 敵ながら天晴れ!」


 どうやって動かしているのかはわからないが、おそらくは死霊魔術の一種だろう。

 しかしすぐにその体は制御を失い、その場に尻餅をつく。


「……わたし、は」


 ()ねたはずの首が言葉を発した。

 俺は声の方向に視線を向ける。


「この、力、を――」


 見れば中央の水晶球に、フィールの切り落とした右手と首が貼り付いていた。

 それを見て、マリーナが声を上げる。


「――マズい!」


 マリーナは慌てて水晶球に駆け寄り、貼り付いたフィールの手と頭を引き剥がす。

 彼女だった死体は簡単に剥がれて、地面に落ちた。

 マリーナは水晶球に手を当てると、その表面にいくつもの魔術式が浮かび上がらせる。

 どうやらその水晶球は、高度な魔導具らしい。

 噂の結界を操作する魔導具というやつだろう。

 マリーナは焦りの表情のまま目をキョロキョロと動かし、浮かび上がる文字に視線を走らせた。


「……まずいまずいまずいまずい! あの子、死に際になんてことを……!」


 顔を青ざめさせながらマリーナはそう言った。

 ……俺は悪くないよな?

 俺は若干不安になりながらも、彼女に尋ねる。


「何が起こっている、端的に説明しろ」


 俺の言葉に、水晶球に魔力を込めながらマリーナが答える。


「……このままだと貯蔵されたアンデッドの魂が集約されて、最上級アンデッドが精製される。おそらくは天災クラス、国一つ滅ぶランクの高位のやつ。……もう! そんなの作ってもあんたの妹は蘇らないってのに!」


 早口で喋るマリーナに、俺はため息をついた。


「焦ってもしょうがないだろう。どうやったら防げる? 出て行く前に倒すか?」

「……現実的じゃない。それに逃げられた終わりだし、たくさんの犠牲が出る」


 一瞬魔族軍の方に追い払って崩壊させてやろうかとも思ったが、後の処理が面倒くさいので没案とする。

 元々俺の物なのだから、可能な限り無傷で奪い返したいものだ。


「何とかできないのか? 魔術師だろう」

「今やってる! あの子の出した命令に緊急で割り込みの魔術印を刻んで――ああもう、でもこのやり方じゃあ魔力が足りない!」


 マリーナはそう叫び、自身の爪を噛んだ。

 辺りの魔力が集約され、この部屋に集まってくるのが肌感覚でわかる。

 ……時間はあまりなさそうだ。

 マリーナは水晶球を睨みながら、小声でつぶやく。


「考えろ、考えろ……! 出力の直前で方向性を……ダメ、解析する時間が足りない。なら他には……他になにか……! だめ、やっぱりもう無理……私なんかじゃ、こんなのできない……!」


 彼女は奥歯を震わせながら、次第に涙目になっていく。

 ……したたかに見えて、案外脆い女だな。

 ともあれ、このまま眺めているのも薄情というものか。


 周囲にバチバチと魔力の生み出す轟音が響き、部屋を軋ませる。

 このまま上位アンデッドが精製され、未来の俺の支配地に悪影響をもたらすのは俺の望むところではない。


「……魔力か時間があれば何とかなるのか?」


 俺の言葉に、マリーナは目を丸くした。


「……へ? え、ええうん、まあ何とかなるけど……でもそんな方法は――」

「――なら余に考えがある」


 俺は彼女の言葉を遮って、そう言った。

 ぽかんとこちらを見つめる彼女は、ためらいがちに口を開く。


「何とか……できるの……?」

「貴様、余を何だと思って呼びつけたのだ」


 俺は鼻で笑って、ため息をついた。


「……魔王だからな。当然、可能だ」

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