第23話 異端魔術師は真理に到達したい
「――インタラプト・コマンド」
手近なゾンビにオリジナルの死霊魔術をかけて、命令を与える。
ゾンビを自由自在に扱えるわけではないし、基本の行動原理はそのまま。
でもこのゾンビは、本能的に東にある魔王の拠点を目指して移動するようになったはずだ。
「さあ、行きなさい!」
私の声を受けて、ゾンビは駆け足で走り出す。
……よしよし、パーフェクト!
明らかに周りのアンデッドからは浮いている行動であるが、特に襲いかかることもなく走り去っていった。
扉の隙間からその背中を覗いていると、後ろから声がかけられる。
「……大丈夫そーうー?」
心配そうな表情で尋ねてきたのは、パーティメンバーのフィールだ。
彼女は教えに背いた破戒僧だとか何とかで、神殿から破門にされた元神官らしい。
そんな彼女なので、ネクロマンサーである私の話は興味を持って聞いてくれている。
なので彼女は私の良き友人であり、同年代の弟子のようなものだった。
「まあ……あの魔王が素直に応援に来てくれるとは思わないけど、私たちが失敗した場合の保険ね。他に頼れるような人もいないし」
私は肩をすくめて、遺跡の奥へと歩き出す。
ロロイとカルティアの二人とははぐれたものの、私とフィールは二人で遺跡の中心部へと来ることに成功していた。
アンデッドは生者の魂を目指して動くので、自身の魂の輝きを抑えれば彼らの目を誤魔化して行動することができる。
魔力の消費は大きいので乱用はできないが、私たち二人で短時間行動するなら可能だ。
そうして私たちはひっそりとこの遺跡の中心部に潜入できたのだった。
ちなみにアンデッドの視界から逃れる術も、私のオリジナル魔術。ふふーん。
「……カルティアはしぶとい体力馬鹿だし、ロロイは無理はしないし、きっと大丈夫……とは思うけど、早くなんとかしないとね。さすがに三日は持たないと思う」
パーティメンバーの二人のことを考えつつ、階段を上がる。
元はと言えばここに来ようと言ったのは私だ。
偶然フィールが見つけてきたこの遺跡に張られた結界の情報を解析し、上手くいけば金になると踏んでみんなに提案をした。
一応リスク込みでパーティみんな納得して来ているとはいえ、きっかけを作ったのは私なので少し責任を感じている。
「絶対にみんなで生きて帰る……と言いたいところだけど」
私はそう言いながら、さっき既に一通り調べ終わっていた二階の部屋へと辿り着く。
その部屋には古代の魔術設備がそのまま残っており、部屋の中央には結界を張る儀式魔術に使われたと思われる大きな水晶球が台座に設置されていた。
人の頭より少し大きいぐらいのそれは、内部に数多の魔導具が埋め込まれており、今も結界維持の為の魔力を精製しているようだ。
「これ、たぶん台座から取り外すだけでも結界は解除されるんじゃないかと思うけど……まさかこんな原始的な封印のされ方をしているとはね」
私はため息をつく。
その台座の上の水晶、その上にはめちゃくちゃ重いガントレットが置かれていた。
引いても押してもびくともせず、その重さはガントレットの体積に見合っていない。
おそらくは何らかの重くなる魔術が施された魔導具なのだが、それは決して本来の使い方ではないだろう。
「まるで漬物石ね……。魔導具への冒涜だわ」
たしかに古来より知恵と工夫は美徳とされているが、重石代わりに使われたガントレットが可哀想だった。
使われている魔術式の技術水準からいって、おそらくは下の水晶球よりも上に置かれたガントレットの方が魔導具としての格は高い。
私は悩みつつ、ため息を吐く。
「うーん。やっぱり一か八か、壊した方が早いかしら」
私の言葉に、フィールが眉をひそめた。
「そ、それはやめた方がー……。アンデッドがどうなるかわからないし、下手するとどこかの国に押し寄せたり、逆に結界が強くなったりするかも~?」
「……そうね。そんなことになったら、私たち世界中から指名手配されちゃう」
フィールの言葉に、わたしは苦笑する。
今も似たようなものだけど、命を狙われるような行為はまだしていないはずだ。
「……ま、携帯食もまだあるし、私は私でこのまま解除できないかもう少し調べてみるわ」
「うん、私も手伝うよー。マリーナは天才だから、きっとできるできるー」
フィールの言葉に、私は笑みを浮かべる。
「……任せなさい。この大魔道士、マリーナにね!」
ウィンク一つ、私は魔導具の解析を開始した。
* * *
幼い頃、空が青い理由を聞いても答えてくれる大人はいなかった。
太陽が暖かい理由も、水が流れる理由も、人が生きる理由さえも。
誰しもがただ凡庸に生きる毎日。
私は――ただ、知りたかっただけだった。
でも真実を知るには、人の体では時間が少なすぎる。
だから不死の秘法を求めた。
私が専門を死霊魔術に決めたのはそんな当然の流れだったし、地元の魔術師ギルドから追放されたのも当然の流れだった。
悔いは無い。
だが、不便さは感じる。
まとまった金や、誰にも邪魔されない環境や研究に役立つ設備が欲しかった。
――そうして私は今、死霊魔術の込められた魔導具の前にいる。
「……あ、これ。いけそうかも……」
解析を始めて一日以上過ぎた頃。
時間の感覚もほとんど無くなっていたが、ロクに寝ずに解析を進めたおかげか、解決の糸口が見えた。
「ここが結界維持の魔術印だから――そこに割り込ませて……あ、ダメか。えーと……」
「マリーナ、いけたー?」
休憩をしていたフィールが駆け寄ってくる。
ようやく繋がったロジックに、私は睡眠不足のナチュラルハイも相まって興奮ぎみに言った。
「うん、たぶんいける。ここが出力制御で……うわ、これは」
「どうしたのー?」
魔術式を探っている最中、履歴に残された挙動を見て息を呑んだ。
「……設定に結界の操作履歴が残ってる。たぶん最後にこの結界が作動したのは、数百年前。その際に最大出力で結界が周囲を呑み込んで……一万人ぐらいの魂が圧搾された」
恐ろしい、と思った。
私も死霊魔術師として死後の魂や肉体を扱う魔術を研究している。
しかし生者から能動的に肉体と魂を引き剥がすなど、考えてもみなかった。
そしておそらくそれは、魂と肉体両方を素材として扱う為に特化した呪法。
「これを作った奴は……生者を魔術の材料としか見ていないみたいね」
私だって人のことを言えた義理ではないのだが、死者への敬意を忘れたつもりはない。
理屈より先に、嫌悪感を覚えた。
「その際取り込んだ魂の力で何百年も結界を維持してるようね。……そうか、この遺跡自体が大きな魂の貯水湖なんだ」
アンデッドという形で半永久的に保管される魔力。
たしかに効率的ではあるし、これを使えば魔術の研究も大いに進むことだろう。
「だけどこんなもの、あっちゃいけない……。早く結界を停止させて、魂を解放しないと」
私は水晶球を操作して、内部の魔術回路に魔術印を刻み込む為に魔力を込める。
こんな最悪の兵器、勿体ないけど破壊しておかないとたくさんの人が犠牲に――。
「――待って、マリーナ」
「……へ?」
突然、隣にいたフィールが私の首を掴んだ。
「それはダメだよ」
私の首を握る彼女の手に、力がこもる。
「フィー、ル……!? 何を……!?」
「私たちは、これを手に入れる為に来たんでしょ? こんな膨大な魂、他では手に入らないもの」
彼女は肉体強化の魔術を使っているのか、その手を引き剥がそうとするも私の腕力ではびくともしない。
この子、本気で……!?
「――ありがとうマリーナ。やっぱりマリーナは天才だね。わたし一人じゃきっとこれを解読することはできなかった」
……やば、頭が。
フィールの手にさらに力が入る。
「妹を生き返らせたら、きっとあなたのことも生き返らせてあげる。だから……ごめんね、マリーナ。感謝してるよ」
――ふざけるな。
死霊魔術を教わっていたのも、私を利用する為か――!
心の中でフィールに中指を立てながらも、その意思に反して私の意識は次第に薄くなっていく。
「助、け……!」
思わず絞りだした私の言葉に、彼女は笑った。
「……さよなら。この世の中はね、助けを呼んだからって誰か助けてくれるほど、優しくできてないんだよ。……妹のときも、そうだったから」
私の首を締めながら別れを告げる彼女の表情は、どこか悲しげに見えた――。
「――それはどうかな」
私の首を掴んでいたフィールの腕が折れ曲がり、遅れてその体が視界から消えた。
私の体は投げ出されると同時に気道が解放され、慌てて息を吸い込む。
「げっほ! うぇっへ! ……オエッ」
軽くえづきながら、空気を確保。
どうやら首の骨は折れていないようで、意識がクリアになっていった。
「……ふっ。なぜ仲間割れをしているのかは知らんが、これで借りは返した」
彼はそう言って、壁に叩き付けられたフィールに視線を向ける。
一方の蹴り飛ばされたらしいフィールは、あらぬ方向に曲がった腕を押さえながら壁を背にして立ち上がった。
「あなた、は……!」
フィールは顔を歪め、呻くように声をあげる。
その視線の先には、一人の男の姿。
彼は漆黒のマントを翻して、声を張り上げた。
「――余は歴代最強の魔王、リンド・リバルザイン三世! 何人も余の前にひれ伏し、恐れ戦くがいい!」




