第21話 魔王は遺跡の最奥部を目指したい
「ボクたちがここに来たのは、この遺跡に眠るであろう魔導具を狙ってのことだ」
ローインに先導してもらいつつ、俺たちはアンデッドひしめく遺跡の中を歩いていた。
下水を抜けて隠し通路を通り中央の管理塔を目指して進む。
そんな中で俺の前を行くカルティアが、口を開いた。
「マリーナはああ見えて、腕利きのネクロマンサーなんだ。死霊術はほとんどの国で禁呪となっているので表立って研究できないが、彼女が独自で進めていた」
死霊術は人間にも、一部の魔族にもウケが悪く、大半の国では規制されていた。
魂の拘束だとか死者への冒涜だとか様々な意見があるのだろうが、殺し合いや戦争を行っておいてよくそんな都合の良いことが言えたものである。
衛生的な問題はあるが、それさえクリアすれば忌避するようなものではないだろう。
肉体を苦痛を伴い酷使される奴隷などよりは、よほど人道的な魂の有効活用には思える。
俺がそんなことを考えている横で、カルティアは言葉を続ける。
「マリーナが進めていた研究によれば、この遺跡の中央には結界を張るタイプの魔導具があるはずだ」
「……なるほどな。魂を閉じ込める魔導具となれば、ネクロマンサーにとっては便利だろう。何せ新たに捕まえる必要がない」
しかもこの遺跡において、既に数百年レベルでその効果は発動しているはずだ。
自身の魔力でアンデッドを作るより、何倍も効率的にアンデッドの運営ができることだろう。
俺の言葉に、カルティアは頷いた。
「そうだ。それにもし手に入れられなかったとしても、破壊できるなアンデッドの無限発生を止められるかもしれない。そうなればアンデッドがいなくなり、ゆっくりと遺跡の探索ができる」
誰も居ない遺跡で隠された財宝の噂でも確かめるつもりだったのだろう。
一攫千金を狙ういかにも冒険者らしい発想だ。
「……しかし計画は失敗した、と」
「うぐ……」
俺の言葉に、カルティアはうめき声をあげた。
彼女は渋い顔をして、話を続ける。
「……スケルトンやゾンビたちが組織だって行動しているわけじゃないのは事前の調査でわかっていたんだ。だから低級のアンデッドしかいないと思っていたんだが……」
「アンデッドに親玉がいたのか?」
俺が尋ねると、彼女は頷いた。
「どこから紛れこんだのか、呪縛霊の一種がこの遺跡に巣食っているらしい。周囲のアンデッドを操り、遺跡に仕掛けられた罠へと誘導しているようだ」
……ロロイとかいうスカウトの女がはぐれたのはそれが原因だったのだろう。
こいつがダストシュートに落ちて下水スライムに捕まったのは、あまり関係なさそうだが。
彼女の言葉にローインが口を挟んだ。
「そいつ自身は何か手を出してはこんのか?」
「うん。そいつ自体は大した力を持っていないみたいだ。……頭は良いらしいけど」
苦々しい表情でそう言ったカルティアに、ローインが頷く。
「カカ、ならそんなに気にする必要はなさそうじゃ。この砦に仕掛けられた防衛機構はもちろん、後から追加で設置できそうなところも頭に入っておるからな」
ローインの言葉に俺は感心した。
「……さすが英雄を名乗るだけのことはあるな。門を破られ防衛する時の想定もしていたということか」
「いや、イタズラしかけやすいところがあんまりなくて、部下を罠にかけられる良さげな場所を探しておったら自然に……」
「……お前は幼児なのか? 頭の中子供なのか? イタズラっ子か?」
俺の言葉に、ローインは自身の頭を軽く叩きつつ「てへ」とウインクした。
……魔族は長寿で外見に年齢が出てきにくいとはいえ、俺より自称数百年年上のこいつが子供みたいなジェスチャーをすると殴りたくなるな。
とりあえずローインはふざけた奴だということは、心に刻んでおくことにしよう。
……こいつに頼り過ぎてはいけない気がする。
「しかしレイスか。幽体にはどう対処するべきか。奴ら燃えるのか?」
「熱は嫌がるとは思うんじゃが……。ちょっと厄介なゴーストみたいなもんじゃし」
ローインはそう言って首を傾げた。
たしかにレイス一匹ぐらい、ある程度の魔力抵抗があれば無害と言っても問題ないだろう。
少なくとも俺ぐらいの魔力レベルがあれば、レイスが直接干渉することはできない。
「……周囲のアンデッドを操る、か」
無限にアンデッドが発生してくるこの遺跡の中で戦えば、終わりのないマラソンをすることになるだろう。
そんなことを考えていると、先を行くローインが足を止めた。
「ここからは中庭じゃ。……この先は突っ切るしかないぞ」
ローインは小さな通用口のような出口から顔を出して、外に視線を向けた。
俺もそれに続く。
そこには鬱蒼と腰上までも草が生い茂った広い中庭があり、そしてその中央に大きな神殿のような外見の建築物があった。
それは五階ほどある高さで、小さな家が数軒入るほどの広さがある。
「あそこがこの砦の中心にある管理塔じゃ。あたりにスケルトンやリビングアーマーがうようよいるが、あそこへ行くには庭を行くしかない」
庭にはアンデッドが百や二百ではきかない数が徘徊している。
ここから身を出せば、即座に戦闘となることだろう。
「空はどうだ?」
俺が塔の上を見つめてそう言ったが、ローインは首を横に振った。
「魔族が作った砦じゃからな。仕掛けが今も生きていれば、矢ぐらいは普通に飛んでくるぞ。高速で旋回できる種族ならまだしも、わらわたちが一度に行くのはちょっと厳しい」
この中で飛べるのはローインぐらいだろう。
アリーゼたちを抱えて飛ぶわけにもいくまい。
隣でカルティアが口を開いた。
「……マリーナなら、少しの間だけアンデッドの目を誤魔化すことができる。この庭を渡ってあちらに行っているかもしれない」
彼女は希望を込めるようにそう言った。
俺たちはアンデッドを避ける為に裏道を通ってはいるが、それでも地下水路も含め遺跡の中を半分ほどは見て回ったはずだ。
それでも彼女の仲間を見つけていない以上、そこを探してみる価値はあった。
「他に探すあてがない以上、行ってみるか。……お前の仲間の言う事が正しければ、そこにある魔導具がアンデッドの魂を閉じ込めているらしいしな」
「うん。最悪、魔導具を破壊すれば多少アンデッドを抑えることができるかもしれない」
結界を解除すればアンデッドの無限湧きは抑えることができるはずだ。
……だが懸念点はある。
俺はため息をつきつつ、一言付け加えた。
「……お前の仲間が既にアンデッドになっていたら、諦めてさっさと帰るぞ」
俺の言葉に、カルティアは閉口した。
助けのメッセージが俺に届いた時間から考えると、こいつらは二日以上前からこの遺跡で戦っている計算となる。
カルティアは気丈に振る舞ってはいるが、その鎧も体も一見してボロボロだった。
まともに戦える力も残ってはいまい。
彼女は目を閉じて少し深呼吸した後、口を開いた。
「――わかってる。その場合は、見捨てるしかない」
悲しそうな表情を浮かべたカルティアに俺は頷く。
……わかっているなら、大丈夫だ。
最悪を想定しておかなければ、不測の出来事に対処できない。
俺はカルティアに頷いた後、アリーゼに目を向けた。
「アリーゼ」
「……は、はい?」
彼女をここに一人残していくわけにもいかない。
なので必然、一緒にスケルトンやゾンビの群れの中を、中央の遺跡まで駆け抜けることになる。
彼女を危険のまっただ中に置くのだから、彼女を守る力は少しでも多い方がいい。
「血を吸わせろ」
「えっ? ……あっ」
有無を言わさず、彼女の首を露出させ唇を近付ける。
俺たちの様子を見て、カルティアがとっさに目を背けた。
……べつにいやらしいことをしているわけではないが、助かる。
「ん、んんっ……!」
俺は彼女の反応を伺いながら、静かに牙を突き立てる。
痛みを与えてしまうのは、申し訳なかった。
「――んっ!」
おそらくは純粋に血だけではなく、血を通して魔力も流れ出ているのだろう。
アリーゼはくすぐったそうな声をあげる。
彼女から流れてくる魔力を感じながら、俺は口を離した。
「すまんな。……だが謝らんぞ。これもお前の力を利用して、俺たちの生存確率を高める為だ」
俺が気恥ずかしさを誤魔化す為に言ったそんな言葉に、アリーゼは苦笑した。
「……もう一言目で謝ってます、リンドさん。気にしないでください」
「……む。そ、そうか。すまん。……あ、いや、うん、なんでもない」
俺はバツが悪くなり視線を逸らしつつ、聖剣を彼女の背中から外して受け取る。
この剣の切れ味なら、さっと斬るだけでスケルトンだろうがリビングアーマーだろうが切り倒せることだろう。
聖剣を握る俺を見て、ローインが口を開く。
「魔王、使わんならさっき拾った魔剣を貸せ。さすがに見てるだけでは飽きたのじゃ」
「……それなら最初からザコの処理を俺に任せず、働いてくれ」
「わらわ派手な魔術は使えんしなぁ。どかーんってする魔術、お主好きじゃろ?」
否定できない。
俺は眉間にしわを寄せつつ、地下水路で拾った剣をローインに渡した。
彼女はそれを握って笑う。
「まあこの剣なら、乱暴に扱っても折れはせんじゃろ」
ローインはカカ、と笑って外を見つめた。
俺も彼女の横に立ち、無数のアンデッドを睨み付ける。
「俺が魔術と共に切り込む。アリーゼは俺に着いてこい。カルティアはその護衛。ローインは最後を頼む」
三人は俺の言葉に頷く。
俺は呼吸を整え、魔力を手の先に集中させた。
「――行くぞ!」




