第20話 魔王は地下水路を探索したい
「こっちは清掃用の通路じゃな。普段は閉じているので、少なくともスケルトンやゾンビはおらんじゃろ」
「随分詳しいな。長い間住んでたのか?」
「いや、たびたび抜け出しておったから罰で掃除させられていた」
「……そうか」
ローインに先行させ、俺とアリーゼは遺跡の中を歩いていた。
自称古代の英雄であるローインだが、しばしばその言動に英雄という単語が似つかわしくない節を感じる。
……まあ話半分、期待は持たないでおこう。
「……しかし助けるとは言ったが、この広い砦の中を探すのは骨が折れるな」
ざっと小さな村の一つや二つは収まる面積がある砦だ。
端から端まで隅々探すとなると、朝までかかっても難しいかもしれない。
そんな俺の言葉に、ローインは頭を捻る。
「うーむ……そうじゃなあ。下水へ行ってみるか」
「下水? 下水に何かあるのか?」
「うむ、ゴミ集積場がある」
ローインは曲がり角の向こうに敵がいないか確認しながら、慎重に先へと進む。
「今もシステムが生きているかはわからぬが、砦の中では清掃用のスライムが放し飼いになっていたはずじゃ。余計なゴミは取り込み、下水に放り込む。下水は下水で、下水用のスライムが水に流せないものを一カ所に溜め込む」
そう言ってローインは振り返り、笑みを浮かべた。
「たとえ冒険者たちが死んでいても、遺品ぐらいなら見つかるかもしれぬぞ?」
「……冒険者たちが既にアンデッドになっていないことを祈ろう」
まあアンデッドになっていたらいたで、探す手間が省けるのだが。
俺はそう思いながら、廊下の壁にある排水口に身を滑り込ませたローインの後に続いた。
* * *
アルター遺跡の地下には天然の水路があり、下水はそれを基にして作られているようだった。
長年アンデッドしか使っていないせいか、それほど腐臭がするわけではないようで少し安心する。
「あっちじゃ」
下水溝を流れる川に落ちないようにしつつ、曲がりくねった通路をローインが進んでいく。
途中何度か半透明のグリーンスライムとすれ違ったが、特に何も反応はしてこなかった。
どうやら大人しい性質らしい。
地下通路をゆっくりと歩いていると、通路の奥から声が聞こえてきた。
「――なせ! やめろ!」
どこかで聞き覚えがある声に、俺たち三人は顔を見合わせて駆け出す。
声の聞こえた方へ向かうと、そこには広間が広がっていた。
雑多な物品が多数置かれており、ボロボロに朽ちた鎧や剣、椅子の残骸や酒瓶、中には何に使うのかわからない大きな水晶球まで、瓦礫と共にさまざまな時代のさまざまな物が置かれている。
そしてその中央には――。
「くそ! スライムの分際で……!」
スライムに拘束された、女剣士の姿があった。
彼女はスライムに上から覆い潰されながら、地面に這いつくばっている。
俺は呆れつつ、彼女に声をかける。
「……何をやっている」
俺が話しかけると、以前村で見た顔の少女が声をあげた。
「お前はいつぞやの魔王……!? どうしてここに!?」
さきほど見た銀髪の少女と似たような反応をする。
面倒くさいので手短に説明をした。
「お前の仲間に助けを求められた」
「助けだと……!? ボクは魔族の助けなど……!」
「いらんなら帰る」
「待て! そこで諦めるな!」
一瞬でてのひらを返す少女に、俺はため息をつく。
「……あのロロイとかいう女は自らの身を差し出してでも仲間を助けてくれと懇願したというのに、リーダーがこれではあいつも報われないな」
「な、なにぃ!? いつも無口なロロイが……そんな……」
剣士は悔いるような顔をした後、床に這いつくばったまま頭を下げた。
「……すまない。非礼は詫びる。どうか助けてくれないか……!」
「最初から素直にそう言え」
面倒くさいやつだ。
俺は彼女の上に覆い被さっているスライムに手を当てると、呪文を唱える。
炎を生み出し、圧縮――。
「――フレア・エクスプロード」
魔力量を最小に調節し、スライムの内側に爆発を起こす。
同時にスライムは飛び散り、あちこちに破片がまき散らされた。
「ひゃっ」
爆発に驚いたのかアリーゼが声を上げ、俺は彼女にスライムの破片がかからないようにその前に立ち塞がる。
スライム特有のかび臭い匂いが辺りに広がった。
……スライムにはわるいことをしたな。
そしてスライムがいた跡地から、拘束を解かれた剣士が立ち上がる。
「……ありがとう。また助けられてしまったな……。恩に着る」
彼女は膝を着き、こちらに頭を下げた。
「ふん。スライム如きにやられるとは、器用な奴だ」
「うぐ……」
俺の言葉に、彼女は顔を歪めた。
「ボ、ボクも毒を受けていなければ、こんなスライム程度には……」
剣士の言葉に、ローインは首を傾げる。
「そもそも清掃用のスライムじゃから、こっちから手を出さねば襲っては来ないと思うんじゃがのう」
「うぐぐ……」
またも剣士はうめき声をあげた。
「……ロロイとはぐれた後、落とし穴の罠にかかって下水に落とされたんだ。そのときスライムがクッションとなって無事だったんだけど、どうやら怒りを買ってしまったらしくて……」
「それはゴミの投げ入れ口じゃな。罠ですらないんじゃけど、油断しすぎじゃろ」
「うぐぐぐ……」
剣士は涙目になっていた。
俺はうかつな少女に向かってため息をつく。
「あまり虐めてやるな。……それにしても毒か。足手まといになられても困る。アリーゼ、毒消しを持ち合わせていたりはするか?」
「ええと、すみません。あの、わたしには必要ないので……」
彼女はちらりと様子を伺うようにこちらを見た。
アリーゼの血には解毒の力がある。
それ故に、解毒作用を持つ薬を持ち歩くような習慣はないのだろう。
……となれば。
「……アリーゼ、血を分けてやってくれるか」
「はい、もちろんです」
彼女は気丈な笑顔を見せた。
……少し心配になる。
多少血を飲ませるぐらいはたしかに平気なのだろうが、何度も血を失っては体力が尽きてしまうことだろう。
彼女の血は俺の切り札でもあるので、そうそう他人に飲ませるわけにはいかない。
……それに、何か腹が立つのでできれば他人には飲ませたくなかった。
しかし現状取れる手段は限られており、足手まといを連れてアンデッドが徘徊する中を動き回るにはいくまい。
アリーゼは手慣れた手つきで、ナイフを取り出し指先を切る。
……あまり見ていて楽しい光景ではないな。
彼女は血が溢れてきた指先を、剣士の口に突っ込んだ。
「――むぐっ! な、なにほ……」
「カルティアさん、気持ち悪いかもしれませんが我慢してください。わたしの血には毒を治す力があるんです」
「わ、わはっは……。んん……ちゅ」
「――あっ」
剣士の少女は、アリーゼの言葉に従って彼女の指先に吸い付いた。
アリーゼはくすぐったそうな声を上げる。
……これでそのうち、カルティアの毒も抜けることだろう。。
「……毒が治るまでしばらく安静にしておくといい。アリーゼ頼んだぞ」
「は、はい……! 看病します」
アリーゼは役に立てるのが嬉しいのか、笑顔でそう応えた。
そして彼女はカルティアに膝枕をする。
……膝枕は正直、羨ま――。
「――おい魔王!」
「なんだ」
俺の思考を断ち切って、ローインが声をかけてくる。
「これ、魔導具じゃぞ。持っていくか?」
どうやら彼女は部屋にあるガラクタの山を漁っていたらしい。
ローインの手には、持ち手から刀身の先まで真っ黒のロングソードが握られていた。
「……魔剣か」
剣の柄の部分には髑髏の意匠が掘られており、俺好みのデザインではある。
……だが。
「……いかにも呪われていそうな外見の剣だな」
「魔剣がフリフリのリボン付きでピンク色をしていたら、そっちの方が呪われそうじゃ」
たしかにやたら少女趣味な剣があっても扱いに困るが。
俺は内心少し緊張しながらも、ローインからその剣を受け取る。
ずしりとした重さを持ちながらも、その剣は不思議と手に馴染んだ。
「ふむ、良い剣だ。……魔剣、シュヴァルツ・ブリンガー」
「なんじゃ、知ってる魔剣か?」
「いや、今名付けた」
「……意味は?」
「特に無い」
呆れ顔のローインは無視して、ぶんぶんと剣を振ってみる。
するとその刀身は思い描くような軌跡を描いた。
魔王城で剣の訓練をしていた頃の、練習用の模擬刀を振ったときの感触に似ている。
……悪くないな。
そんな会話を交わす俺とローインの横で、それまで寝ていたカルティアがゆっくりと立ち上がった。
「……アルター遺跡には古代に隠された財宝の噂があり、今でも一攫千金を求めて冒険者が訪れる。きっとその剣は、そんな冒険者たちの遺品だな」
さきほどまでその仲間入りをするところだった彼女は、毒が抜けきっていないのかまだふらふらとしていた。
「……お願いできる立場ではないが、先を急ごう。はぐれたマーラルとフィールが、助けを待っているはずだ」
まだ休んでいろと言いたいところではあったが、彼女の眼差しを見てやめる。
それは仲間を心配する目だった。
「……行き先に心当たりはあるか?」
「ある」
俺の言葉に、彼女は頷いて天井を見上げる。
「地上二階。この遺跡の中心の部屋だ」