第19話 魔王は砦に潜入したい
俺はアリーゼを連れていくか迷いながらも、彼女がブルキリア帝国に追われていることを考え一緒に連れていくことにした。
俺の近くが一番だろう、と判断してのことだ。
そうして俺たちは丸一日森の中を歩き、日が沈む。
翌日には帰りたいと思っての強行軍だ。
「――フレイム・ヴァイト!」
俺の両手から吹き上がる炎が目の前のゾンビやスケルトンを挟み、溶かし尽くす。
それは跡形も無く燃え尽きて、夜の森に臭気を残した。
「ふっ……我ながら惚れ惚れする炎だ」
ゴブリンたちに魔導石を掘らせた甲斐もあって、俺の魔力量は魔王城にいたときの俺と同程度まで回復していた。
ここからは上がりにくなる為、必要な魔導石の量が増えるのだが、並の冒険者程度なら圧倒できるレベルではあろう。
そんな俺の魔術を見て、アリーゼはパチパチと手を叩いた。
「リンドさんすごいですね……。アンデッド、さっきからいっぱい出てくるのに全部一人で……」
「魔王だからな。……この辺は既にアルター遺跡の領域内だ。俺から離れるなよ」
俺のそんな言葉に、ローインが呟く。
「これは結界が張られておるなぁ」
「……結界?」
俺が聞き返すと、彼女は頷く。
「魂を逃がさぬようにする結界じゃ。この結界の範囲内では、死した後は結界に魂が囚われて停滞しアンデッドとなっていく」
「アンデッドを倒しても倒しても、ここでは魂が浄化されない為に永遠に減ることはないということか」
アルター砦がアンデッドに覆い尽くされていた理由はそこにあるようだ。
ローインはバツが悪そうに頬を掻く。
「残念じゃが、わらわでもこの結界を解くことはできんのじゃ。大方砦を落とされかけて嫌がらせで禁呪をかけたんじゃろうなぁ」
「ふん。攻め落とされて利用されないよう、誰も使えないようにしたわけか。無能が考えそうなことだ」
俺たちがそんな会話をしながら茂みを抜けると、そこに巨大な要塞が姿を見せた。
風化しかけてはいるが造りはしっかりしているようで、崩れそうな様子などは全くない。
「……うむ。やはり中に行くほどアンデッドたちは多くなるか。単純に乗り込むだけでは、物量に呑み込まれそうだ」
見れば、外から覗くだけでも数十のアンデッドが徘徊していた。
「知性を持つような高位種のアンデッドがいないのが幸いだな……」
「そうッスねぇ。高位種ってだいたい生者から転生するのがほとんどなんで、自然発生してないんだと思うッス。高位種ほど幽体に近くなるんで、結界のあるせいで出入りできないんじゃないッスか?」
俺の言葉に、モニが意見を述べた。
つまりこの遺跡の中には、下位のアンデッドしか存在しないということだろう。
「ふむ。……今度亡者に追われることがあったら、ここに逃げ込むか」
「中も亡者だらけッスけどねぇ~」
二人で軽口を叩いていると、ローインが遺跡の一カ所を指さした。
そこには格子が付いた窓がある。
「あそこじゃ、あそこ! あの格子窓、外からもはずせるんじゃよ! 人目を気にせずこっそり忍び込めるし、もしアンデッドがいたとしても出た先は狭い通路になっておるから、対処しやすいぞ」
「ほう。秘密の抜け道か。なんだってあんな場所に。もし見つけられたら簡単に攻められるぞ」
「戦争中、酒買ってくる為にこっそり作ったんじゃ」
ローインはそう言って窓へと駆けだした。
……自由人だ。
手際よく格子を外すと、手招きしてから彼女は中へと潜り込む。
「モニ、先に行け。次にアリーゼ。俺はしんがりを行く」
彼女たちを先行させながら、俺はアンデッドひしめくアルター遺跡の中へと侵入したのだった。
* * *
アルター遺跡の中は意外にもそんなに傷んではいなかった。
元の造りがしっかりしているのか、今でも掃除すればそのまま砦として使えそうだ。
俺たちは倉庫か何かに使われていたと思われる殺風景な部屋の中で、燭台に火を点した。
「このアンデッドの量、砦の中を全て見回るのは難しいな」
俺の言葉にローインが頷く。
「うむ。管制室まで行ってみるか? 魔導設備が生きていれば、多少はできることがあるかもしれん」
「そうだな……いや、待て」
俺は廊下の奥の暗がりを見て、目を細める。
「どうやらあちらから来てくれたようだぞ」
廊下の奥にいた影がこちらに気付いたのか、近寄ってくる。
短い銀色の髪に、スカウトと思わしき黒を基調とした露出の多い服。
「――お前は」
その少女は口を開く。
「魔王? なぜここに」
スカウトと思わしき冒険者の一人の姿がそこにあった。
名前はなんだっけか、えーと……。
俺が名前を思い出せず迷っていると、隣でアリーゼが声を上げた。
「――ロロイさん!」
……だ、そうだ。
俺は腕を組み、胸を張る。
「お前たちが余に助けを求めたのだろう? お前たちには貸しがあったからな。余、自らが来てやったというわけだ」
ロロイとかいう少女は俺の言葉に、困惑した表情を見せる。
……どうやら話が伝わっていないな?
どうしたものか、と俺が考えていると、隣でモニが口を開いた。
「ゾンビが救援依頼を書いた布を持ってきたッスよ。マリーナって記名してあったッスけど」
モニの言葉に、ロロイは少し考えると納得したのか一つ頷く。
「……それで救援を? たかが口約束を果たす為に?」
「魔王たる余が約束を違えるはずなかろう」
俺の言葉に、ロロイは信じられないものを見たかのような表情を浮かべる。
一瞬呆れたような表情を見せた後、眉をひそめた。
……口数が少ない割りに、表情豊かな女だな。
彼女はしばし迷った様子を見せた後で、その場に膝をついた。
「……魔王、頼みがある。みんなを助けて欲しい」
彼女は頭を下げながら言葉を続ける。
「ここに財宝があると聞きつけてわたしたちは来た。しかしアンデッドの他にも罠が張り巡らされており、分断されてしまった」
彼女は手のひらを上にして、手を地面に着けた。
「こんなアンデッドの巣窟で、無茶な願いだというのはわかっている。冒険者に依頼すれば、金貨数百枚ふっかけられてもおかしくない頼みだ。残念だが、わたしにそれを払うことも、返す宛てもない」
改めて見れば、彼女の手足には包帯が巻かれ血が滲んでいた。
応急手当はしているようだが、その怪我ではまともに動けないことだろう。
「……頼む。みんなを罠から守れなかったのは、わたしの責任だ。助けてもらった暁には、この命を差し出してもいい」
どうやら仲間を守れなかったことに、パーティのスカウト役として責任を感じているらしかった。
「……ふん。くだらんな。魔王である余に命令するな」
俺は彼女の横を通り過ぎ、廊下の奥を見据える。
「元より救助に来てやったのだ。さっさと四人見つけ出し、余は帰る。お前に構っている暇など無い」
俺がそう言うと、ロロイは立ち上がり口を開いた。
「……恩に着る」
そして頭を下げる。
……ふん。礼節は弁えているようだな。
「モニ。治癒の魔術は使えるか?」
「え、ええっと……得意ではないッス」
「やれるならそれでいい。そいつに付いていてやれ」
今はここにアンデッドがいないとはいえ、怪我をしているロロイが一人で襲われればひとたまりもない。
かといって怪我人を連れ回すわけにもいかないだろう。
アリーゼは護衛にならないし、ローインは案内役に必要だ。
「モニ、他三人を連れてくるまでここは任せたぞ」
「――はいッス!」
元気よく返事する彼女を残して、俺たちは歩き出す。
その背中に、ロロイの声がかけられた。
「あの子たちのこと、頼んだ。みんな口は悪いが……悪い子じゃ、ない」
俺は生意気な人間の剣士のことを思い返す。
たしかに無謀で、言葉の割に実力が伴わない少女ではあった。
しかし村人を守る為に強者に刃向かう姿は、真実であったように思える。
「――わかっている。この魔王に、任せるがいい」
俺はそう言って振り返らずに手を振った。




