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第01話 魔王は薬師を守りたい

「薬師……そうか、それで毒が」


 俺が受けた(はい)魔《ま》毒《どく》は、魔術によって精製された毒だ。

 そしてそれは強力な毒性を持ち、特に魔力の強い魔族などには大きく作用して大抵は致死に至る。

 運良く助かっても、後遺症として魔力が使えなくなる――なんて症状が出ることもある毒だった。


 偶然人間の薬師が拾って治療を施してくれたのは奇跡と言っても過言ではないだろう。


「助かった。恩に着るぞ、アリーゼ」

「い、いえそんな……」


 彼女は頭を掻きつつ、俺から眼をそらす。

 ……怖がられているのかもしれない。気を付けねば――。


「――いやいや! なぜ俺がそんなことを気にする!!」


 思わず口に出してしまった俺に、アリーゼは首を傾げた。

 ……ええい、調子が狂うな。それもこれも、弱小な下等生物である人間が悪い。

 俺は咳払いをしながら、もう一度彼女に礼を言う。


「……ともかく助けられたのは事実だ。今はすぐに渡せる物は持っていないが、必ずや何か謝礼をしよう」

「い、いえいえ、それは、べつに、だ、大丈夫ですけど……」

「いや、余は魔王であるからな。受けた恩は返さねば気が済まない。そうだ、我が城に招待を……」


 そう言いかけて、城を奪われたことを思い出す。

 ――クソ、今すぐにでも逆賊から城を取り返さねば。

 拳を握り、体が正常に動くのを確認した。

 まだ少し気だるさは残っているが、十分に動くように感じる。

 毒は消え去ってしまったようで、アリーゼの手腕に感心した。


「それにしても良い腕だ。腕利きの薬師なのだな」


 ここまでの薬師は魔族全体を探してもそうそういないことだろう。

 ――是非部下に欲しい逸材だ。

 俺がそんなことを考えている彼女は躊躇いがちに口を開いた。


「えっと、それは、その、理由があって――」


 ――彼女が言いかけた瞬間、突然小屋のドアが破られた。


「あ、あ、ああぁぁー!」


 小屋の入り口から、空中を滑るようにして小さな体が侵入してくる。

 少女の体に露出が多い服、その頭には左右から二本の角が生えており、背中には羽と尻尾。

 二つ縛りの髪を揺らしつつ、その少女はこちらを指さして叫んだ。


「魔王様、発見ッスー!」

「――モニ!」


 見知った顔の少女の名を呼ぶ。

 それは見習いサキュバスの少女、モニ。

 俺の直属の部下というわけではないが、小さな頃からお互いに知っている妹のような存在だ。

 状況から見て――まさか追手か!?

 モニは俺とアリーゼの顔を交互に見つつ、その顔を歪める。


「ご無事で何よりッス魔王様っ! ……って人間!? 魔王様、そいつは……!?」

「……そ、その人間は関係ない!」


 どうやら様子からして、モニは追っ手というわけではなさそうだ。


「それよりモニ、お前はどうしてここに――!」

「――何ですか、関係ないって」


 俺の言葉に、モニは声を震わせて静かにそういった。

 ……なんだか様子がおかしい。

 彼女は俯いたまま、言葉を続ける。


「魔王様、何なんですか関係ないって。モニは関係ないってことですか? は? その女、魔王様の何なんですか?」

「何って、この女は――」


 俺の命を救ってくれた恩人で、だから魔王の名にかけて礼をしなくてはいけない要人だ。

 つまりは――。


「――大切な人、だ」


 俺の言葉に、モニは驚いたように口を開けた。


「……そっか。魔王様、そうなんですか。ふ、ふふふ」


 モニは笑い出す。

 そしてしばらく笑ったあと、アリーゼをビシッと指さした。


「――この、泥棒猫!」

「……お前、何か勘違いをして――!」

「――魔王様の初めてはあたしがもらう予定だったんスよー!」


 何やら不穏な言葉を叫びつつ、モニは呪文の詠唱を始めた。

 その詠唱には聞き覚えがある。

 ――風の呪文!


「モニ、ここでその呪文は――!」

「魔王様のバカぁ……!」


 モニは敵意をむき出すにしつつ、その呪文を解放する。

 ――ええい、あのバカ娘!


「――ウィンドカッター!」


 モニの手から放たれた数本の風の刃がアリーゼに向かう!

 俺はアリーゼの前に立ち塞がり、魔法からから彼女を庇った。

 何本かの刃が俺の手足を薄く切り裂く。

 後ろにいるアリーゼも声を上げた。


「ひゃっ……!」

「大丈夫か、アリーゼ! 血が……!」


 見れば彼女の指先から血が出ていた。

 しかしアリーゼは首を横に振る。


「あ、こ、これは気にしないでください! これは今ので出来た怪我じゃなくって……!」


 どうやらウィンドカッターにより、傷を覆っていた包帯が切り裂かれたらしい。

 しかし何度も魔術を受けると彼女に危害が及ぶかもしれない。

 ――絶対に彼女を傷付けさせるものか。

 俺がモニの方へと振り返ると、小さなサキュバスは宙に浮いたまま涙目になっていた。


「魔王様どいて! そいつ殺せない!」

「――こいつに怪我でもさせてみろ。そのときはお前を八つ裂きにしてやる……!」

「なんでそんなにその女を庇うんスか!? 魔王様、自分だってまだ回復しきってないくせに!」


 モニの言葉に俺は舌打ちする。

 たしかにモニの言う通り、毒の影響か俺の魔力は回復していない。

 このままでは見習いサキュバス相手にも勝てないことだろう。

 ――なら、あれを使うしかないか……!


 俺は少し迷いながらも、後ろで震えるアリーゼに向かって声をかけた。


「……協力してくれ。あいつの頭を冷やすには、お前の力が必要だ」

「へ? は、はい、わたしなんかで力になれるなら……」


 彼女の言葉を聞いて、俺はすぐにその場にひざまずいた。


「……え? あの――」

「――俺の血には、純潔なる血を力にする能力が備わっている」


 ――『血の盟約』

 それはユニコーンの血脈が持つ固有スキル。

 俺の家系は先祖代々、清らかなる乙女の血を飲み契約を交わすことで、短時間だけ力を増幅することができる。

 他にも契約者の力を底上げしたり、その能力を借りることもできるらしいが、詳細はわからない。

 ……なぜなら俺はまだそれを使ったことがないし、きちんと聞く前に父が殺されてしまったからだ。


「お前と契約を交わすことで俺はパワーアップできるということだ。……お互いの居場所が感じ取りやすくなったりといった効果もあるようだが、それでも問題ないか?」

「え、あ、はい……! わたしもおうちをこれ以上荒らされるのはちょっと……!」

「……すまない。助かる」


 ……俺も初めてのことではあるが、最初の契約者が人間のアリーゼなのは特段嫌でもなかった。

 いや、むしろ――。


 俺は片膝を着いてひざまずいたまま、アリーゼの指先を手に取る。


「血において盟約を交わす――汝、我が眷属となることを誓うか?」

「ち……誓い、ます」


 彼女の緊張したような声色に、俺も少し体を強ばらせる。

 少しだけ躊躇いつつも、彼女の指先へと舌を這わせた。


「……ひゃんっ!」


 彼女はくすぐったそうに身をよじる。

 人差し指から流れ出るわずかな血が、舌を伝って俺の喉へと流れ込んできた。

 ――どこか薬のような、それでいて甘い香り。


 その血を飲み込んだ次の瞬間、腹の底から熱が湧き上がる。

 熱が胸を通り、全身へと行き渡っていった。

 体中にみなぎる力を感じて、俺は振り返る。

 こちらの様子を観察していたモニと目が合うと、彼女はおびえた様子を見せた。


「ひっ! 魔王様っ……! 力がお戻りに……!?」


 俺はモニへ向かってゆっくりと歩みを進める。

 モニは困惑した表情を浮かべ、こちらを見つめていた。


「……この力、もしかして先代魔王様よりも……!?」


 俺は無造作に彼女の顔を掴む。

 モニの顔が恐怖に歪んだ。


「あ、あ、あっ……! だめ、『エナジードレイン』っ……!」


 モニに触れた手から、魔力が吸い取られる。

 サキュバス種の使う固有スキル『エナジードレイン』。

 触れた者から魔力と体力を奪い取るスキルで、人間なら数秒で立てないほどに吸い尽くされてしまうという。

 ――しかし今の俺に、それは通用しなかった。


「……血の相性がいいのか」


 今の俺の体には、無尽蔵と言ってもいいほどの魔力が集まっていた。

 通常の『血の盟約』においては、せいぜい普段の数倍の力が出せる程度の効果しかないと聞いている。

 だが今は、自身の魔力が何十倍、何百倍にも膨れ上がっているように感じる。

 もしかすると俺とアリーゼの血は、相性が良いのかもしれない。

 俺の手に顔をわしづかみにされたまま、モニが悲鳴をあげた。


「こんなの、吸いきれなっ――!」

「――外で頭を冷やしてこいっ!!」


 モニの頭を握ったまま、腕を力一杯振りかぶる。

 彼女はその体を宙に泳がせながら、俺の手の中で叫び声をあげた。


「ああぁあぁぁ――!!」


 悲鳴を上げるその頭を掴み、全力でドアの外へと放り投げる。


「――あぁぁあああああああーーーー!!!」


 溢れた魔力によって増大させた勢いはモニの体を剛速球に変え、そのまま彼女は風を切って空の彼方へ飛んでいった。


「……あぁー……あー……ぁー……」


 山彦を奏でながら、サキュバスの小さな体は夜空の星の一つとなり消える。

 後には満天の星空が残り、その中の一つがキラリと輝くのだった。

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