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第18話 魔王は安らかに眠りたい

 ゴブリンと村人の間を取り持ってから一週間ほどが経過した。

 冒険者――結局名前も聞いていないが――たちは何やら目的があるとかで西へ向かって旅立ち、以前と同じく村もゴブリンも平穏に暮らしている。

 諸々の調整も終わり、ゴブリンたちに掘らせた洞窟からは無事に鉄鉱石やわずかばかりの金らしきものも出て、あとは放っておいても軌道に乗ることだろう。


 そうして久しぶりにのんびりとした一日を送り、俺たちは就寝していた。

 アリーゼとモニがベッドに眠り、俺は床に敷いた藁の上に寝ている。

 ローインは木の上で寝たり屋根の上で寝たりと基本的に外が好きなようだったが、今日は雨で地面がぬかるんでいたこともあり、部屋の中の片隅で丸まって寝ていた。

 ……うむ。狭いな。

 ぎゅうぎゅうに詰まっているわけではないが、四人で狭い小屋の中で暮らしていくのは無理があるかもしれない。

 アリーゼは大勢で暮らすのが楽しいようだが、いつまでもこうして同じ部屋で寝続けるわけにもいくまい。


 そんなことを考えつつ眠気に身を任せてうつらうつらとしていると、コンコン、小さな物音が聞こえてきた。

 音は入り口の扉から聞こえてくる。

 最初は気のせいかと思ったが、コンコン、ドンドン、としだいに音は大きくなっていった。

 ――なんだこんな夜更けに騒々しい。

 生憎といつもは番犬代わりに機能するローインも、熟睡しているようだ。

 俺は半分寝ぼけつつも立ち上がり、夜中の客を迎え入れた。


「こんな夜更けに何用だ」


 俺が扉を開けると、そこには男がいた。

 男、と言ったが顔が判別できたわけではない。

 背格好で判別しただけだ。


「ああぁー……」


 客は声をあげつつ、俺に寄りかかってくる。


「――魔王キック!」

「あぁー」


 俺は反射的に蹴りを入れて、来客を追い出した。

 そのまま扉を閉めて、寝ることにする。

 まったく、礼儀のなっていない来客だ……。



 * * *



「リ、リンドさん! 起きてください!」

「……む、アリーゼ、今日はおはようのキスはないのか」

「そ、そんなのしたことありませんけど!? リンドさん寝ぼけてますか!?」

「……うむ、寝ぼけていた」


 どうやら良い夢を見ていたようだ。

 もう思い出せないので、大した夢ではないのだろうが。

 俺は体を起こしつつ、アリーゼに向き直る。


「して、何が起こった」

「そ、外に! 外に死体が!」

「死体?」


 俺がアリーゼに促されて外を見ると、そこには腐った死体が倒れていた。

 ……おお。


「そういえば昨晩、来客があったな。失礼な奴だったので追い返したが……」

「失礼というか、腐ってますけどぉ……」

「アンデッドだったらしい。非礼には代わりあるまい」


 ゾンビと言えど、無礼を働いた者を許さぬ道理はない。

 しかしなぜピンポイントにこの家を狙って訪れたのか。

 俺は少々疑問に思って、ゾンビの姿を改めて確認した。


「……最近死んだものではないな。死後数年は経っていそうだ」


 ボロボロの死体を検分していると、その手に何かが握りしめられているのを見つける。

 腐った手を切り落として、中にしまわれていた布を取り出す。

 そこには文字が書かれていた。


「『魔王様、アルター遺跡へ至急応援頼む。マリーナ』」


 ……誰?

 名前に聞き覚えはない。

 しかしもう一つ、横に書かれた文字を見つけ思い出す。


「……『貸し一つ』」


 貸し。

 最近そんなことを言ってやった奴が誰かいた。

 たしかあれは……。


「あのときの冒険者か……?」


 ゴブリンたちと村に攻め込む前、冒険者たちに村人保護の命令を下したときにたしかにそんなことは言った気がする。

 ……マジか。

 たしかに貸しとは言ったが。


「魔王様、それは……」


 アリーゼが隣から覗き込む。

 どうやらアリーゼも、文字の読み書きができるらしい。


「マリーナさん……この前の魔道士さん?」

「む、アリーゼ。あいつらの名前を覚えているのか」

「むしろリンドさんは覚えてないんですか……?」

「……人間ごときの名前など、覚えていない。それどころか聞いてすらいないかもしれん」


 そう言った俺に、アリーゼは苦笑した。


「剣士のカルティアさんと、魔法使いのマリーナさんと、スカウトのロロイさんと、神官のフィールさんの四人です」

「きちんと名前を聞いていたのか。偉いぞ、アリーゼ」

「え、えへへ……」


 アリーゼを褒めると、彼女は素直に喜んでくれた。


「アルター遺跡……たしか西にある遺跡だったな」


 アルター遺跡。

 ここから西に一日ほど歩いた先にある遺跡で、アンデッドが巣くっているはずだ。


「あんな辺鄙(へんぴ)な場所に行くとは、物好きも良いところだな」


 俺がそんなことを呟いていると、モニとローインが起き出してくる。

 話を聞いていたのか、モニが首を傾げた。


「助けに行くんスか?」

「……助けたところで得があるわけではないな」


 金にもならなければ、たった四人の冒険者ごときに恩を売ったところでそう意味があることだとは思えない。

 たしかに『貸し』とは言ったが、それにしては要求が重すぎる。


「……じゃあ、見捨てるんですか?」


 アリーゼが不安げな表情で俺を覗き込んだ。


「――ふん。そうは言っていない。時間をかけずに助けてやればいいだけだ。何せ俺は、魔王だからな。下々の者の願いの一つや二つ聞き入れてやるぐらいどうとでもない」


 俺の言葉にアリーゼはパッと表情を明るくした。

 ――相変わらず、お人好しな奴だ。

 一度会っただけの冒険者に肩入れするなど、優しいにもほどがある。


「……モニ、アルター遺跡について何か知っているか?」

「えーと、詳しくはないッスよ」


 モニはそう一つ断った上で、説明を始めた。


「あそこは古代の大戦時に作られた魔族の砦で、人間や魔族、他にもエルフやドワーフといった国に接している要所ッス。でも呪いか何かでアンデッドが無限に湧いてくるんで、今は誰も近付かないッスね」


 そう、あそこはアンデッドの巣くう放棄された遺跡だ。

 アンデッドには生半可な物理攻撃はもちろん、モニのエナジードレインも効果をなさない。

 そんなアンデッドひしめく厄介な要塞――。

 俺が攻略手段をざっくりと考えていると、ローインが首を傾げる。


「……もしやそれ、オルタナ砦のことじゃろうか?」


 ローインの言葉に、俺はモニへと尋ねる。


「モニ、過去アルター遺跡がそう呼ばれていた可能性は?」

「は、はい、その可能性はあるッス。砦として作られたアルター遺跡は何度か放棄されてるんで、その度に呼び名が変形してるかも……」


 モニの言葉にローインは笑った。


「それなら、わらわ案内できるかもしれんな。あそこの砦なら何度か防衛したことがある」

「……内部を把握している者がいるなら心強い」


 彼女の言葉に俺は頷いた。

 一応俺は今ゴブリンたちのトップなので、あまり長い間この地を留守にするのは村にもゴブリンたちにもよいことではない。

 しかしローインの言葉が正しければ、さほど時間をかけずに帰ってくることができるだろう。


「では面倒ではあるが――人間の冒険者どもを、助けてやることにするか」


 ――魔王がするような仕事ではないんだがな。

 俺はそう思いつつ、地面に横たわるゾンビを見下ろす。

 次はそれが少女たちのゾンビになるかもしれない。

 ――そうなれば、また夜中に起こされることになるか。


 俺はため息をつきつつ、遠征の支度を始めるのだった。

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